1 彼女
「なぁなぁ紫苑、もうすぐさ彼女と付き合って
3ヶ月なんだけどさ、ほら記念日的な?
何あげりゃいいと思う?」
「朝っぱらから何かと思えば・・・
知らないよ、そういうのは自分で決めろよ」
「分かんねえからお前に聞いてんだろ!
なんかいい花とかねえ!?なあ!?」
「うるっさ」
大学の教室で座って本を読んでいると後ろから
思いっきり飛びつかれて肩を組まれた
(こいつの肩組むやついてんだよな〜
さすが、中高と運動部だったやつは違うね〜)
朝から、耳元で叫ばれ顔を顰めながら
友人の質問に答えた
「全く・・彼女の好きな色は?」
「お!やっぱり答えてくれんのか!
やっぱおまえいいやつだよなー!」
「聞いてやるからさっさと答えろよ
いい加減無視するぞ、拓海」
「悪い悪い、えっと確か青だったか?
服とかも青の系統の服着てること多いしな」
「ふーん」
拓海、と言われたその男は、「なぁなぁ」と言いながら
紫苑の方を前後に振っていた
紫苑は、やっぱり無視すれば良かったと思いつつも
頭の中にある花の記憶から、ふさわしい花を思い出していた
「じゃあ、[カキツバタ]は?」
「かきつばた?」
「そ、青色の花で花言葉が[幸福が来る]
[幸せはあなたのもの][高貴][思慕][贈り物]」
「めっちゃピッタリじゃん!」
「だから言ったんだよ」
「ありがとな!流石花屋の息子!」
「はいはい」
紫苑が何故花に詳しいのか、それは彼の家が花屋を営んでいた。それしか言えない
まぁ、花屋を営んでいるからと花言葉まで覚えているのはどうなのかと思うだろうが
それは彼の探究心のおかげだろう
彼は気になったことを全て調べ尽くすという癖というか
まぁ勉強熱心すぎるところがある
(おかげで今では大体の花の花言葉は頭に入ってる
まぁ、学校の成績はいいとは言えなかったけど・・)
欠点と言えば、記憶のメモリーの容量が極端に
少ないことだろう
「いやー!助かったわ!あんがとなー!」
「はいはい、ちゃんと前見ろよ」
「おー!」
だから、前見ろよ。そう思いながらため息をついた
ドンっ!
「わ!」
「あ!」
だが、遅かった。
「おい!だからちゃんと前見ろって!」
「ご、ごめん!わー!大丈夫!?ほんとごめん!」
「いえ、大丈夫です。お気になさらず」
ぶつかった拍子に落としたのだろう、彼女のものと思われる
参考書やルーズリーフが床に広がっていた
「手伝うよ」
「・・・ありがとうございます」
(まぁ、落としたのはこいつだけどな)
後ろでアワアワとしながら立っている拓海を横目で睨みながら落ちているルーズリーフを拾ってまとめた
「はい、こいつがごめんね」
「・・いえ、大丈夫です。拾っていただいて
ありがとうございます」
「いやいや、悪いのこいつだからさ!
ほら!」
「は!ほんとごめん!」
「いえ、大丈夫なので。では失礼します」
先程までは彼女の長い髪で顔に影がかかっていたので
よく見えなかったが、今のお辞儀で少しだけ顔が見えた。
白い肌に、赤い目、薄くてピンク色の唇、小さな鼻。一般的に言えば美人というのは彼女のことを言うのだろう
「いや〜緋花さんとぶつかっちゃったよ〜
明日から俺、大丈夫かな」
「緋花さん?」
「おま!知らねえの!?めちゃくちゃ美人で有名なのに!?」
「あぁ確かに美人だったな」
「なー!でもさ、結構言葉きついんだよな〜
告白した先輩とかめっちゃボロクソに言われたらしい」
「ふーん」
美しい花には棘がある
その言葉がピッタリだった。
話を聞く限り、この言葉はどんな花よりも彼女のための言葉だと、紫苑は思った
「バラみたいだな」
「あー!確かに!言えてるかも!」
だが、紫苑はこの言葉をのちに後悔することになる
何がバラだ。
彼女のことを紫苑は心の中で赤いバラのように美しい
と思っていた。
この日、手伝ったのがいけなかった。
バラのようだと言ったのがいけなかった
この日以降、紫苑の平和な日常は崩れ落ちる
「紫苑くん・・か、まるでイベリスみたい」
緋花はその綺麗な唇を上にあげ、嬉しそうに笑っていた
イベリスの花言葉・・・「心を惹きつける」「甘い誘惑」