第七話「魔導師としての輪廻」
お船が目指すのは、遠い遠い、ずーーっと遠い、空の向こう。
テアステルと言う名のお星さま。
その、お星さまを知るきっかけとなったのは、実はとっても悲しいお話。
ある日、空が裂け、その亀裂から現れた大きな「門」。
私たちの世界は、突如としてその門を通って来た様々な人々から、深刻な侵略を受けました。
それまで、地球の住民として、それぞれの生活圏で暮らして来た多くの人が、「向こう側」の侵略者に住処を奪われ、奴隷同然の生き方を強要され、更には、彼らが声高に喧伝する「平和の為の同化政策」の名のもとに、無理やりに急速に混血化を進められ、異星人達の統治が行い易いような社会構造が作られて行きました。
然しながら当然、そのような行為に抗う者は少なくなく、各所で暴動や反乱などが多発しました。
武器を取る者、生産活動に応じない者、団結しサボタージュを行う者。
そして中には、彼らの子供を産むのを拒み、大きなお腹を抱えながら自爆テロなどを行う者なども現れ、悲劇は加速して行きました。
……それでも、時代が進んで行き、「向こう側」の人達も、「こちら側」の人達も、そして混血児達も同じ「地球育ち」だと共に価値観を有し、次第に馴染むようになりました。
一緒に「地球人」をしようと手を携え。
然しながら、新地球暦が二百年を迎えた時に大きな変化が訪れました。
空に依然として存在していた門の喪失。
突然の亀裂の消滅と、それと同時に姿を消した門は、二度と空に現れる事はありませんでした。
それは……
悲劇の再来。
分裂の物語。
リーンカーネーション 輪廻の扉
第七話「魔導師としての輪廻」
「うわーーーん、もういじめないで! 痛いよぉ!!」
数人の男たちが、寄って集って、一人の女の子を引っ張り回しています。
着ている服は引き裂かれ、引き裂かれた部分から見える白い肌には、明らかに殴打で出来たアザが幾つも見てとれる。
「痛いよぉ! やめてよぉ! 僕が何をしたって言うの?」
良く見れば、女の子は異星人の血を強く後世に残した種族の一つ、人猫族です。
比較的、早い時期に門から現れた種族であり、彼女らが残した混血児たちは「猫の子」と呼ばれ、長く蔑みの対象となりました。
但し今、暴力を受けている彼女は、その「猫の子」ではなく、人と交わらなかった純血種の様です。
そして、暴力を加えているのは……
「犬の子を孕ませてやるよ、猫さんよ? うれしーだろ?」
「子だくさんのママにしてやるよ、うちらと同じ貧乏長屋だ、あっはっは!」
人犬族……の雑種達。
人猫族が従える奴隷階級。「首輪付き」として、門を潜って来た者達の末裔。暴力を奮っているメンバーの中には、犬なのか他の動物の亜人なのかもう分からないくらいの混血が進んでいる。
それでも、二百年の時を経た今でも、「犬の子」らの怨嗟は尽きない。
「さあ、脱ぎ脱ぎしようね白猫ちゃん。ムフフ」
「おお、綺麗な白い肌ですね。ショーターイム、と行きましょうね。あはは」
人犬族は所謂「子だくさん」な種族であり。
種を落とされた番は「五つ子」や「六つ子」を産むが当たり前である。それは、至極自然に生活を逼迫する原因となる。
しかしながら、父親である犬の親は、対象が子を成すと同時に姿を眩ましてしまう。
従い、お腹を大きくした母親が、生活の保護も受けられず、五人も六人も育てなければならず。
……気が触れて自死を選ぶ者さえ珍しくない。
犬族が人猫族に行う報復として、これ以上の愉悦はないとの事である。
「離して! いやぁああああ」
「大丈夫、大丈夫」
「あはは、大丈夫、大丈夫」
正しく今、雄たちによる※凶行が為されようとされた瞬間……
「ぐわ、このぉ!!」
「いでぇ、やりやがったなこの!!」
犬達が頭に鈍痛を感じ、振り返る。
「ユウおねぇちゃんを離せ! 犬コロどもぉおおお」
震える小さな姿。
手には木製の野球用品。
両手でも重そうな、今にも落としそうな……
「ユア! 来ちゃだめ」
「ユウおねえちゃんを! うわーん」
姉とは対照的な黒猫。
黒髪の人猫族の少女が、緊張と恐怖でその場にへたり込んでしまった。
「姉妹か、おもしれぇ」
「狩れ、捕らえて嬲ろうぜ、兄弟達」
黒髪の援軍は、簡単に腕を捻り上げ、捕らえられてしまった。
…………
僕たちは
幾度の輪廻を伝われば
本当の自分にたどり着くのだろう
偽りの時間
偽りの傍流に流され続ける
終焉は見えない
このまま
苦しみ続けて行くんだね
…………
ウォオオオオオン ウォオオオオオン
「警告します! 移民船プロメテウスは現在、目的の航路から逸脱しています」
ウォオオオオオン ウォオオオオオン
「繰り返します。 現在、本艦は予定航路グリーンを離れ、危険航路レッド上にあり。従い、移民船プロメテウスは約五時間後に、星間航行を強制解除致します。各クルーは…………」
「ふぅ……」
少女が一人、移民船の主艦橋の中。
伝送装置たちが示す危険情報の文字を眺めていた。
「ミィちゃん、お船の事、分かんないんだけどぉ」
艶のある長い黒髪。
どのような美しい夜を束ねても、彼女の髪の一筋にも叶うまい。
「表に出て見てみようか? 良いよね艦長」
少女は傍らの座椅子。大きな背もたれがある座席の人物に許しを請う。
「行ってきます」
お転婆な性格なのか、座席の主の返事を待たずにタタタと駆け出す。
…………
「あは、涼しー」
ミイはうーんと、両手を上げて身体を伸ばした。
「ここならゆっくり考えをまとめれるね」
移民船の外部ハッチを手動で開けて、よいっしょと身体を宇宙空間に投げる。
凧さんみたいだ、あはは
船外の「手すり」から、作業者用の命綱を身体に縛り、文字通り「凧」状態を楽しんでいる。
目の前に広がるのは深淵。
真っ黒な宇宙空間。
まして今、移民船プロメテウスは星間跳躍航路の真っ只中である。
船の周囲はエネルギー磁場が膜状に発生しているとは言え、人の体では一瞬にして外気温で凍結するか、跳躍航路の重力で姿形を失っているかの何れかだろう。
「でもね、ミィちゃんは平気なのだぁ」
再生計画の成功例としての存在。
それが彼女。
「後、五時間だっけ。何とかなるかな」
命綱を引っ張っり戻り、移民船の展望デッキに腰を落ち着かせるミイ。
大気がある世界なら、乗組員たちが日光浴や、食事などの活動を楽しむ場所。
その中の固定された長椅子に座る。
腕を組んで目を閉じる。
首を傾げ、うーん、うーんと、まるで冗談の様に考え事をする。
その、わざとらしくも可愛らしい姿を幾度かした後、文字通り「パチリ」と目を開くミイ。
「マイン、私の歌、聞きたい?」
ミイは、外部マイク越しに、プロメテウスの主電脳「マイン」に語りかける。
マインとは、先程から移民船内に異常事態を伝達している存在だ。現在も、移民船の航行に関わる全ての事を委任されている。
「是非、お姉さま」
「マインはお姉さまの歌が大好き」
アラームを告げる無機質な声でなく、明らかに感情を湛えた声が船外スピーカーより応えた。
…………
空いっぱいに
広がれ幸せの歌
いつまでも
みんながいつまでも
楽しく暮らせる様に
私は歌うよ
どこまでもつながって
迷わない明かり
誰も彼もが
嬉しくなって
踊り出したくなっちゃう
そんな歌を
…………
ウオオオオオオオオオンンン
ウオオオオオオオオオンンン
当艦はレッド航路を回避
繰り返す、当艦は航路をグリーンに修正し、中継惑星の衛星軌道上に「着地」する
繰り返す
…………
「止めなさいね、そこまでよ」
僕と妹は、生まれてから見たこともない、めちゃめちゃ美人な女性に助けられた。
「にゃああ」
「みゃああ」
緊張の糸が切れ、僕たちは人の姿を維持できなくなった。
僕たち人猫族は、生まれ持った魔力で人型を形成する。
「あらら、可愛い猫さんたち」
「ふふ、あなたたちさえ良ければ、ウチに来ませんか」
抱き抱えられた僕たち。
お姉さんからとっても良い匂いがした。
「にゃああ」
「みゃああ」
是非もない。僕らは助けられたんだ。
だから行こうよユア。
この人の乗るお船に。
※凶行とは
滋賀県産の鮒寿司をゼロ距離で嗅がされたり、奈良漬のサクサク感を体験させられたりする……
乙女には耐えがたい行為の事を言います。