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リーンカーネーション 輪廻の扉  作者: あさのてんきち
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第六話「転生の牢獄」

「おじさん、しかたないから遊んであげるよ」


 美依みいは、公園で何度もしつこくアピールしてくる、一人の中年男性を受け入れることに決めた。

 お気に入りの青色のワンピース。

 無地のワンピもあったけど、ママにおねだりして、フリル付きの高い方にしてもらった。


「えいっ♪」


 美依が両手を広げ、クルリと回転すると、スカート部がひらりと風を纏い、まるで真夏に咲いた一輪の花のように見えた。


「み、美依さまぁ、まるで天使さまのようです! ぐふぅ!!」


 おじさんの手の内には一眼レフ。

 沸き上がる興奮に息を切らせながら、被写体である少女にカメラを向ける。


「ぐふうう、ぐふっううう!!!」


 武骨なまでに劣情を感じさせる、突き出たカメラレンズ。

 おじさんは、フォーカスリングに扇情的な想いを全身で乗せて、被写体にぐいぐいと狙いをつける。


「おじさん、可愛く撮ってね」


 目の前では、あざとくも可憐で美しい、文字通り、天使のような美しい少女。

 まだ身長は百二十にも満たない。


 生まれたばかりと言っていい、幼女みいのタイトな身体ヴァディに張り付くように踊るワンピースの繊維が、まるで乙女と舞うことに喜びを分かち合うように、さらさらと歌い……


 「太ももと」はまだ形容できない、美依の二本の可愛らしい「あんよ」が、この世の春を美しく演じる。


「ぶふぉおおおお!!!」


 カシャリ、カシャリとまるで一つ一つに魂を込めるように、丁寧にシャッターを切る。


「おじさん、だめだよ! 美依のおパンツばかり撮ったら~!! め! だよぉお~」


 斜めにコクンと小首をかしげて、左目でウィンクする美依。ペロリとかわいらしい舌を出して、えへへと笑う。


「美依はね、にゃんこの神様なの」 


 軽く握った手首を反るように返し、手首を舌で舐める仕草をする。

 上目遣いで、まるで夜の淑女を思わせるような視線。

 おじさんの「心の屹立」はすでにMAXである。


「おおお!!! にゃんこしんさま、なんて神々しい!! 小生はにゃんこ様のご神気しんきで、もぅたじたじでふ!!」


 おじさんは、かなり前から失禁いたしていた。


 自身が不徳にも吐き出してしまった、下腹部にまとわりつく異物に不快感を感じながら、それでも尚、目の前の被写体に食い入るように、命を帯びた活動的な写真を撮り続けようと、懸命にカメラを操る。


「小生は!! 小生は! この日を迎える為に生まれてきたんです!!」


 涙で曇る眼を拭いながら、可憐な被写体に捧げる気持ちを正直に伝える。

 感動で、がくがくと震える膝に鞭を打つように、何度も何度も位置を変えながら狙いをつける。


 最高の写真を納めるべく、小刻みに体の方向を変えて行く。

 おじさんは、本当に生まれてきた事を今日ほど感謝した日はなかった。



 リーンカーネーション 輪廻の扉

第六話「転生の牢獄」



「美依、今日も学校から電話があったよ、もういい加減にしてくんない?」


 母が、神経質そうな顔でこちらをにらみながら、中指でコツコツとテーブルを叩いている。


「………………」


 チラリと横目で母を見返す。

 ちなみに彼女は、私を産んだ「実母」ではない。

 父が、私の保護者にと「あてがった」継母の一人だ。


「ねぇ、聞いてんの? オメーの担任、まじウゼーんだけど」


 私の修学態度は悪いそうだ。


 どうやらこの「女」にも、私の悪口を言っているみたいだな……


 女は識字と簡単な計算だけできれば生きていける。

 それに、女の戦場は机の上ではない。


「ベッドの上だ!」

 

 父の「寝物語」


 気まぐれで一緒に寝てくれた時に聞かせてくれる「女たち」の話。

 その中でさんざん聞かされたフレーズ。

 ウザくて、ガリガリで、男を知らなそうなクラスの女担任に言ってやったら、その後の関係が悪くなった。


「ねえ?!!!」


 尚も女が何か言っているが、面倒なので、聞こえないふりをして本を開いた。


 私の父は、新宿でホスト業を営んでいる。

 役所通りから一本中に入った小路に「職業イケメン」と書かれた大ポスターが掲げてある。

 そのポスターの中心に、赤いスーツを着て立っているのが父だ。


 父が自慢かと聞かれれば、まぁ、やや微妙な感じではあるが、私が綺麗な顔に生まれたのは、間違いなくあの男の遺伝子なので、それなりに感謝はしていると思う、きっと。


「食えよ、ガキ」


 読んでいる本にぶつかるように、女がわざと放り投げて寄越よこすコンビニ弁当。

 気を付けないといけない。

 時にはレンジで熱した物を当ててくる、全くもって陰湿な女。

 火傷もそうだが、私が大事にしている本を汚されたら堪らない。


「カギ、かけねーから」


 そして女は、大好きなホスト遊びに出かける。

 一応は、会社勤めをしているそうだ。興味はないけど。


 それで、ストレスがどうとか一人前なことを並べては、全く意味のない散財を繰り返している。


 父は、歌舞伎町の人気者ホストなので、安いサラリーでは簡単に会えない。

 仕方なく、仕事を始めたばかりの駆け出しの小僧を買って、浅ましい欲求を満たしている。

 安い人間の性根はとことん安い、これは父からの受け売りである。


「…………電話番号」


 私は、おじさんから渡された電話番号のメモをポーチから取りだし。

 家に備え付けの電話、いわゆる「家電」で番号にかける。

 携帯もあったが、履歴の表示されない黒電話モドキは便利な事もある。


「……はい」


 陰気そうな声。

 一回、二回、三回かけ直してようやく電話に出た。

 リダイヤルが面倒なので勘弁して欲しかった。


「セールスは……」

「美依たんです♪」


 電話を切ろうとしたおじさんの声に、相手が驚くほど、わざと大きな声で発声した。


「み、美依ちゃま!! 小生の女神さま!!! まさか、本当に!!!」


 だらしのない声。

 肥えた男性に見られる醜い息切れを時々おこしながら、私からの電話にがっつく様に応対する。


「信じられませ……」

「美依をね、助けて欲しいの」


 前口上の多そうなおじさんの言葉を遮って、用件だけを伝える。

 住所を教えると、まだ興奮していて何か言いたげなおじさんを受話器で切る。


「小生、ただいま参上致しました!!!」


 兵隊さんが着るような、妙な色彩の上下を着たおじさんが私の家に来たのは、意外にも結構待たされた後だった。


「美依ちゃまに、食べて欲しくて、その……

 とりあえず家に上がらせて、大事そうに持ってきた小さな箱を開けさせる。


「き、吉祥寺の有名店で!」

 おじさんが、顔を真っ赤にさせて語るその小さなケーキ。

 嬉しいけど、同じものが小岩のヨーカ堂でも売っている事は言わないでおいてあげる。


「あのね、継母が……」

 おじさんに分かりやすい様に説明する。


 雑然と衣類やら、宅急便のダンボーやらが置かれている部屋に視線を巡らせる。

 そして、わざとらしく、軽く「ふぅ」っと溜め息を吐つく。


「小生、直ぐに分かり申した、直ちに業務を遂行します故」


 おじさんは、話半分の所で深く相づちをし、すっと立ち上がる。

 すぐさま、その肥えた体に似つかわしくない程、テキパキと仕事を始めた。


「洗い物がたまっていて、臭くなっておりますね」


 綺麗に食器棚を整頓して、洗い場に積み上げられた「不浄な物」を次々に清めて行く。

 継母が、私の背が届かないのをいいことに、次々と汚い物を並べるんだと話した。


「ぶほほ、小生が来なければ大変でしたね」


 小一時間の作業の後、部屋は見違える程きれいになった。

 それと、おじさんに家事能力が有ったのが意外で、冷蔵庫の中にあった物で簡単なスープを作ってくれた。


 女たちが投げて置いていく「豚の餌」とは比較できない。

 人の心が入った温かい食事だ。


「申し訳ありませぬ、まさかここまで美依ちゃまが酷い目に遭っているとは……」


 女が買って寄越した鮭弁を私の代わりに処理しながら、おじさんがは私の境遇に目を潤ませていた。


「ネグレクト…… ここまで愚劣な仕打ちであるとは小生、くっ!! くそぅ!!」


 ギリギリと歯を噛み締めて、涙をこぼすおじさん。

 整頓を始めて見れば、恐ろしくも「美依の物」の少なさに驚いた様子。


 更に良く見れば、昼間来ていた青のワンピースも、所々がくたびれており、いつも同じ服を着ることを強要されていたことをつぶさに物語っていたのだった。


「ならば小生、魔女を斬り申す!」


 感極まったおじさんは、低い声で決意を語る。

 痛そうな程、拳を握り締めている。


「ありがとうおじさん。でもね、美依がして欲しいことはそんなことじゃないの」


 おじさんは、長らく放置されていた浴槽を洗ってくれて、私にお風呂を入らせてくれた。


 それと、またまた意外だったんだけど、私の頭を優しく洗うことができた、上手だった。

 聞けば、亡くなったおじさんのお母様の髪を良く洗って上げたそうだ。

 

 何人か、私に「あてがわれた」女たちにやらせたことがあったが、ジャガイモを洗うより下手だった。どうすればこうも雑に出来るのかと嫌になった。

 そう、二度とあいつらに、髪に触らせることはしなかった。


「美依を支えて欲しいの」

 嬉しかったんだと思う。


 だから私は、おじさんに切実な思いを伝えた。

 暖かい家庭なんて望むべくもない、きっと、幸せなんてこの先にも訪れない、けれども……


「生きていかないと、いけないのだから」


 部屋の片付けをしていたら自然に目に入った。

 赤いランドセルと黄色い帽子、平仮名で書かれた名札。


 おじさんは、美依が幾つなのかは理解できていた。


 だが、真夜中を思わせるような深い憂い、悩みを帯びた睫毛しゅうもく

 目の前にいる少女は果たして何者なのか、おじさんは更に惹かれて行くのだった。


この六話はもう少し、書き足したいと思います。

あさのの力不足です。すみません。


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