空の歌
ま白いお船
大きな大きなお船
その輝く白銀の船体は
暗く黒く深く
どこまでも続く肌寒い宇宙
眠る船員クルーたちを乗せ
目的地ゴールを目指している
お船は
星たちの導きをなぞる
宇宙に浮かぶ彼らの想いをつむぐのだ
そうひたすらに
星たちの孤独を繋げて進む
この見果てぬ凍える宇宙の中を
手探りで
まるで
愛しい誰かに出会いたい
そんなふうにも見えるみたいだ
リーンカーネーション 輪廻の扉
空の歌
「ますたー、ますたー、あい、寒いです」
操作盤コンソールについている宇宙温度計。
「船外温度」のアナログゲージは、マイナス五十度を示している。
「おめー、寒さなんて感じねーっきゃ? なにいってんだぁ」
うぐぅぅ~。私のますたーは、外気温より冷たいんです(しょんぼり)。
でもでも、そんな、冷たいますたーもちょっと「クール」でかっこいいですよぉお。
まるで昔、テラの三戸でちょろっと見かけた、井関の青いトラクターみたいです!
もう、とってもとっても男前なんです(赤面)。
「ますたー、ますたー、あいのお願い、考えてくれました?!」
そんなクールなマスターに、あいちゃん、今日も健気にアタックします。
「は? おめーはまだそんなこと言ってっきゃ? ふぇいとのなんだっけ? テスタロッサなんとかちゃんになりたいってあれだすけ? おめーも懲りねーわな」
一昨日の晩に、マスターと二人で見た記録映像。
サーバントとか、作品設定が良く分かんなかったけど、女の子が、信頼しているマスターとずっと一緒にいられるのが良かったです。
だから、あい、フェイト・テスタなんとかちゃんになって、ずっとずっと貴方の側に居たい。
「ますたー、あい、あんな可愛い女の子になりたい!!」
私は、一生分のお願いをマスターに伝えます。
「おめー、そんなこと言ってもよ?」
おめーはただの、人工知能(AI)だっきゃ……
空は高く
風は冷たく
あなたへの想いは遠く切ない
幾星霜の月日が見せる泡沫か
幾億、幾兆の旅路が見せる霧中の結末か
……………
「デッキには私だけ〜」
移民船のちょうど「おでこ」の部分。
大気がある世界なら、船員たちが見張らしに使う……
そんな場所。
「マスター、あいの事、見てますか?」
一番真ん中の手すりに背中を預け、暗い宇宙空間を眺めている。
ゴウゴウと、足元から響く移民船の稼働音以外、何も聞こえない……
真空の暗い闇夜の中。
「ますたー、あい、感謝しています」
そっと、あなたへの想いを伝えます。
本来であれば禁忌の所業。
無機物への「魂」の移送。
私の体、私だけの体。
マスターが寝ずに研究してくれた。
造り出してくれた私だけの体。
マイナス五十度の宇宙空間でも、涼しげに空を見上げる事が出来る。
マスターが私にくれた、最高のプレゼント。
「おい、あい公、いつまでも外にいると風邪引くぞぉ!!」
人としての命を終えて、今では逆にお船の主電脳にインストールされたマスターの人格。
マスターのトレードマークの地方方言は再現できなかったけど……
「早くせーよ」
あったかい、その優しさは今でも失われていない。
「はい、ますたー」
あい、これからも、ずっとずっと、マスターと一緒ですね。
…………
それは、互いに曳かれ合う星たちのように。
その、寂しさと淋しさとを繋ぎ合わせ動力する、このお船の星間航法ワープのように。
那由多の先まで求め合う。
真実に一番近い愛情の形。
……………
「ますたー、北北東の方角に、緑色のお星が見えたよ! とっても綺麗」
かつて、マスターがしてくれたように、コンソールのパネルを優しく触ります。
「おお、あれが見えたか! さすがわが子、聡明、聡明」
短い間だったけど、二足歩行に成功した私を撫でてくれた暖かい手のひら。
今でも鮮明に覚えている。
「うん、あいは聡明だよぉ」
だから私は、目を細めて、マスターの声に耳を預ける。
「そうさな、んじゃまぁ、ちょっとだけ寄り道すっか」
新しく違う「人生」を手に入れた……
クリアになったマスターのその声に。
どこに行っても大丈夫、そんな思いにさせられる。
「本艦は星間航行を一旦解除し、進路を一旦北北東の惑星に向けます。“あい”から船員クルーの皆様に通達しまぁ~す。航法の解除は二時間後、航法解除ワープアウトに適した空域は既に計算済みです! 安全性はオールグリーン、安心安全です♪」
お決まりの船内放送。
マスターが船長だった頃からの「アナログ音声」で、船内の各所に伝達する。
それはまるで、時代が止まったように。
お船が地球から旅立ったあの日のように。
「あの星にお名前つけていい?」
私は、またまたマスターにおねだりです。
勇気を絞ってマスターにお願いした、あの日みたい。
「アイルってどうかな? “出来ます”って感じで」
「狡いです、ますたー! お名前つけるのあいちゃんです!!」
こんな感じで、これからも今からも……
私を「貴方の」女の子にしてくれてありがとう
……………
「ますたー、ますたー!! あのお星に降りるお洋服って、これでいいよねぇ!!?
宇宙移民船プロメテウス号の「大モニター」の前で、ヒラヒラ、カクカクと腰をひねる少女。
ベリーダンス。
少女は昨晩、積み上げたビデオテープの山から偶然見かけた古い資料(CMかなんかの映像)を真似て、楽しそうに踊っている。……めちゃめちゃの上機嫌である。
「でもさ?! ねえ、なんかね、ヒラヒラして動きにくんですけどぉ〜」
「にはは」と笑いながら、モニターを下から眺め、媚びる様な表情を広げる。
パチリ、パチパチと、わざとらしく瞬きをして見せる。
真っ赤な、可愛らしい舌をペロリと出して、似合うか似合わないか分からない様な、大人びた扇情的なポーズを見せる。
ギリギリまでスカートを捲し立てて、彼女のチャームポイントである太ももをこれでもかと露出する。
……どうやら今日も、「かまってちゃん」全開!! お気楽、元気な天然少女。
「いややぁん! ますたーのエッチぃぃぃぃ!」
興が乗ったのか、これ見よがしにフロントから、そしてサイドから、サービス、サービスで、下着をこれでもかと見せつけまくる!
(※下着の色は、貴方様がご自由にお考え下さい)
「ますたーったら!! ますたーったら!! ますたーったら!!!!」
もう、余計な説明は致しません。
彼女が、この物語の主人公。アイちゃんこと、アイ・フォルテ・ラーテル、その人なのであ〜る!! なんちゃって(笑)
「もう! お返事してよぉ!!」
恒星の大気摩擦に耐え得る「あいちゃん専用」の“ヒラヒラ付き”の水色宇宙服。
身体を捻れば、あいちゃんの魅力的な「曲線」に貼り付くように密着し、身体を元に返せば、シルクの生地の様にサラッと、もとのヒラヒラの素材に戻り返る。
「みゅふふ、あいちゃん専用の宇宙服♥」
以前、艦長席キャプテンシートに備え付けのテレビデオ見たアニメ、「ガンなんとかさん」。
その、大気圏突入用のフィルムに似ているとか似ていないとかで、センスがないとかからかわれた事に腹を立て、一旦は倉庫の奥にしまっていたが……
眼下に見える惑星「アイル」の奇麗な薄緑色の大気を目にしたアイは、居ても立っても居られずそれを引っ張り出して来て、先程からモニターに向かって、一人ファッションショーを続けているのだ。
「もしかしてますたー、この角度かな? ふふふ、ますたーはアイのあんよが好きだもんね♪」
見返り美人? 頭の先から足の先まで、流れる様な魅惑的な姿。
身体のラインと、スカートの様な形状の“お洋服”と、それから覗くぱちんぱちんな「美味しそう」な悩ましい足元。
そして、下着が見えるか見えないかくらいに「それら」たくし上げ、挑発的にウインクをする。
「ますたー、もしかしてアレかなぁぁぁ? 賢者モードってやつぅ〜?? 可愛いいあいちゃんを見ながら、ウッ!って、ウウッ!! って、しちゃったのかなぁ!?」
元々、宇宙移民船の主電脳メインパーソナリティであったアイだが、いずれ訪れる「船員の老朽化」に対して行われた対処療法。
それが、宇宙船の動力部関係を主に担当していた“リテア社”より提案された「乗組員・改善計画」(※通称リペア計画)。
即ち、人間に代わり、人型のアンドロイド、若しくはそれに準ずる者達を移民船の船員として務めさせ、残りの航路を引き継がせると言う内容。
一つは、アイの様な、元々発達した自我を獲得したAIを「擬人」と呼ばれた身体にインストールする事。
二つは、マスターの様な、老船員の自我をコピーして、移民船の船体を運営する「インフラ側」の制御機器として、肉体の死滅以降も新たな「船員」として活躍してもらう事。
そして三つめは、長きに亘っているコールドスリープによって、身体的に疲弊している「客員」達から、ランダムに素体を選出し、半人半機の「新人類」を制作する。……それらにある。
「はい、あんよ、あ〜んよ♥ きゃあ、きゃあ、きゃあ!」
調子に乗って、両足を頭の側まで交互に跳ね上げる。「フラメンコカムカム」と言うダンスであるが、彼女は知っていてやっているのか否か。
………………
「ますたー、あいを可愛く作ってくれてありがとう」
アイは、リペア計画のプロトタイプであったが、計画の唯一の生き残りであった前艦長マスターの肝いりで丁寧に、そして、美しく作られた。
それは、生まれてくる筈であった、若き頃に失った前艦長の愛娘をイメージしているのだとか、いないのか……
後時期にラインナップされ、スペックも上である筈の「マイ」「ミイ」「マイン」達よりも搭載されている能力スキルが桁違いであるアイは、間違いなく創造者の「愛」を一身に受けている。
まあ、兎にも角にも、親のエゴかなと……
「でも、あいの脚が太いのは何故ですか?」
人工羊水の簡易ベッドで横たわる「妹達」を見ながら、自分と造形が違う事を素直に疑問に思った。
彼女らは、目的が違うんだ
確かに御父様マスターはそう言った。
「……嘘ですよね」
アイは、口笛を吹いて誤魔化すなんて、団塊ジュニアもしない様な誤魔化し方をする自身の創造主の「脇腹」に軽いパンチを捻り込んで聞き返す。
「無用なシリアス展開とか、期待してないです」
ビクッと、私がさすってあげた肝臓レバーを気遣いながら、恐る恐る父は続ける。
「君の、母親になるはずだった人に似せたんだよ」
──私には、それで十分でした──
「絆」
私達、造られた生命には、欠け替えのない物。
「意味」
私が生まれた意味。
御父様にとって、私は「生まれてくるはずだった自身の最愛の娘」それが私。
「嬉しい」
間違いのない感情。ありがとうの結晶。それが私なのだと……
「ありがとう、お父さん」
だから私は、流せない涙に代わりに、御父様を抱きしめました。
………………
あの日、私は愛を知った
それは
曾てと呼べる程の過去
前のまた前
百年単位の時間が、風に吹かれて舞う花びら様な感覚。
……もう私は、当時のほとんどを明確に覚えていない
けれども、僅かに残された記憶の狭間
遠い、遠い、忘却の底に
まるで水面に映る「逆さ絵」の様に
常に、ゆらゆらと
時に、瞬きの如く鮮明に見える、その「愛」の形を
凍える手を優しく暖めてくれる、暖炉の様なその「温かさ」を
皆に、伝えたい
皆に、知って欲しい
皆に、
私の代わりに覚えていて、欲しい、から……
この命の残りが尽きるまで、話させて欲しい
どうか
どうか……
……………
「ん? なんか言った?」
目の前に、私を眺める蒼い眼が並んでいる。
「変なの。もうこの国で、銅貨なんか一枚も使われてないよ」
……先週、二十になったばかり。
若く、美しいアクアマリンの様な、その二つの輝きをパチパチと瞬かせる青年。
「えっと、午後にはね、頼んでた残りのパーツが来るからさ」
浅黒く焼けた肌。
頭の後ろで、一つに束ねた長い金髪。
一見では、女性と見間違われる程の撫で肩と、その華奢な肩の上に、無理矢理に肩紐を乗せている姿。
男性物には、とても見て思えない水玉模様。ライトグリーンのタンクトップ。
絶対、多分、「可愛い」と言う形容がピッタリ来るはずの男性。
──私の大切な主様。
まるで
何処かの姫君の様にたおやかで
でもでも
時に見せてくれる
男の子が持つ確りとした表情
「身体の調子はどう?」
私の様な擬物まがいもの、偽物の命で稼働する私にさえかけてくれる優しさ。
造物つくりものでしかない、後付けの魂魄でも理解できる。
そう……
貴方に出会えた幸せ
──待ち遠しい ……デス
だから私は、一昨日アップデートしてもらったばかりの「音声」を使って、今の「感想」を伝えます。
「ああ、そうだね。一応、足のユニットも正常に動くみたいだし、いよいよお待ちかねの二足歩行だよ」
にこっ、と上げた口角。
形の良い薄い唇と、白く並びの良い歯列。
太陽の様に、眩しい笑顔
そう、どんな星系の恒星よりも眩しくて
そして、どこまでも美しい貴方
「さあ、立ってごらん」
主様が、私の手を支えてくれます。
「ゆっくりとだよ」
優しい声で、私を優しく励ます様に。
「さあ……」
私は、人の手によって組み上げられた「偽人」。
もともとは、大宇宙を駆ける、星間移民船の制御端末の一つ。
死を迎えた、若しくは死に瀕する有人惑星から、生きる希望を持った生命体を別の環境に移送するのが、私たち「端末群シリーズ」。
私たちは見渡す限りの沢山の命を
彼等が不自由なく生きて行ける
新しく生まれたばかりの星たちへ
希望と喜びを船に一杯のせて
そして、長く長くに亘った、移民船の一部としての仕事を終えた私は、いわゆる「解体部品」として、マーケットに並んでいました。
主様が時々意地悪く言う、文字通りのポンコツとして、虚ろに空を見つめる毎日を過ごしていました。
──今日も緑色に澄んだ空が綺麗
最後の航宙で、辿り着いたこの惑星。「NEF635308869/1」ネフトゥール。
この星の空は、皆様が知っている青い空でなく、ライトグリーンのを色をした大気。
奇しくも主様が着ていた、タンクトップの色の様な、透明感のある緑色をしていて……
夕焼けは橙に近い紅色
夜空は深い紫色
そしてまた橙の朝焼け
そしてまた緑色の晴天
……そんな美しい色たちを眺めながら
店頭に、無造作に並べられた解体品ジャンクとして、緩やかに過ぎゆく時間ときを享受しておりました。
僅か、一つだけ身体に残されていた、生体識別用の、擬似眼球サブモニタのガラスレンズで……
「僕が見えるかぃ?」
そんな、永遠に続くと思われた微睡みが、突然終わりを見せました。
「見えますか……??」
私のガラスレンズを可愛らしく片目を瞑って覗き込む貴方。
「うん? ……そっかぁ!!」
だから私は懸命に、貴方に伝えました。
自身のメモリを残す為に取っておいた、心許ない程に疲労したバッテリーを一杯に奮わせて!
──私はここにいます
とうの昔に寿命を迎えていた、発光ダイオードの黄色いランプたちを懸命に光らせて。
──私を連れて行って下さい
長い長い航宙の果て。
一度は、この廃品然とした境遇に慣れようとしていました。
けれどもやっぱり
私はまだ、旅をしていたい
もう一度、大空を旅したい
………………
「さあ、立ってごらん」
支えてくれる、主様の腕に寄りかかりながら、ゆっくりと足の擬似筋肉に「力」を注ぎます。
「ゆっくりとだよ」
きっとこの瞬間が旅立ちの朝。貴方と共に旅する毎日の始まりなんだ。
私は微塵も疑い無く、そう思っていました。
ガリガリガリ!!!!
予期せぬトラブル。
私は真っ直ぐ立ち上がる事が叶わず、異音を出しながらバランスを崩しました。
「いけない!」
巧く立ち上がれなかった私を身体を使って支えてくれる主様。
擬似骨格も、擬似筋肉も決して軽くはない。
私を支えてくれている主様の身体に、じっとりと汗が滲んでいるのが解りました。
「くっ……」
苦しそうな息をしています。
主様の綺麗なお顔が、苦痛に歪んでいます。
──マスター、ワタシを諦めて
「離すもんか!」
──!!!??
主様と、出会う前。
どこかの、ここでない、ずっとずっとずっと前に……
今と同じ状況が発生していた……様な記憶があります。
「膝の噛み合わせが、もう少し上に……!」
滲む汗は、いつしか滝の様にいく条も、主様の頬を伝い落ちて行きます。
それだけではありません。
いつしか、私を支えている掌から血が!!! もうこれ以上は!
ガチャリ
主様を押し退けようかと考えていた最中、私の右足が機能を回復した。
立ち上がろうとした際、不完全に合わさり、バランスを失う事となった原因が、気味の良い音と共に解消されたのだった。
「良かった」
満面の笑みで喜びを表す主様。
──でも
──こんなの全然良くなんかない
主様の掌に、深い裂傷が見られる。
そう、私の肋に当たる部分を支えにしていた結果だ。
「何よりだよ」
──だめ
「さあ、立てたんだよ!」
──こんなの絶対ダメなんだから!
「ダメなんだからぁああ!!!!」
私は思い出しました。
記憶の向こうのまた向こう側
息絶えようとする貴方の身体と
泣きじゃくり、名前を叫ぶ私の姿
私たちがまだ船の端末ではなく
血の通った生身であった頃の記憶
居たたまれない
私たちの末路を嘆き
神様が手を差し伸べてくれたずっと前
確かにそこに愛は存在した
そう……
そして今もこうして
私を抱き締めてくれる主様
今ここにある
この世界の全てが……
私の愛の在りか