雪の歌
歌シリーズの一作目「雪の歌」です。
外伝ではなく、この「リーンカーネーション 輪廻の扉」の副次的な枝葉の一つ一つ。
それが「歌シリーズ」になります(なると思います。汗)。あさの
空から届く真白い音楽
それを人は雪と呼び
冬の到来を知らせる者だと
語り継いで行く
真白く真白く奏でる
死に似た静寂の歌
暖かい大地のぬくもりを消し去り
弱きものに最期を贈る
吹雪は視界を奪い
冷気は体力を奪う
それでも
不思議なくらい
見上げる空から
舞い降りる君達を
愛おしく思わずにいられないのだ
冬を告げる小さな結晶
死を届ける妖精達
リーンカーネーション 輪廻の扉
「雪の歌」
「異常なし、ですね」
……そう言葉を発した少女は、厳寒な冬場に適した外套を纏い、顔をすっぽりと隠すように被るフードを右斜めからずらし、辺りを念入りに二度ほど見回した。
「冬は苦手さ」
フードの隅から流れる銀髪。その錦糸の様な繊細な髪のいく筋かが、彼女の目尻をさらりと撫でる。
年は、まだ十代後半か、二十歳くらいか……
けれど、その幼さも若干残る表情に似つかわしくない、大人びた鼻筋と、眉間に入った一本の縦皺。
──そして、深海を思わせる深い藍色。
これまで彼女が見聞きしてきた事柄の深度。
難問を解決する度に本来、澄み切った「青色」であったはずの双眸。アクアマリンとさえ評されていた彼女の瞳は今……
力を得た神竜のように佇む、深層の藍色の瞳。
「ずっと、変わらずにそこに居れば良い……」
願いの様な、独り言のような彼女の言葉を投げ掛ける相手……
凍てつく金属製の巨大な壁。
一枚一枚が十数メートル四方もある、その見上げる高さの金属壁が、城壁の様に規則正しく並んでいる。
当然、意味があってここに並べてある訳であり、地域としての名称も存在する。
「はい、マイン様! 今日も外壁区画に異常は見られませんでした」
……が、特に今、それを思い出す必要はない。
自分を伴する一人の従者に、心地良く思考を妨げられた。
「ご苦労さまだったな。助かっている」
銀髪の女性に付き従う、こちらもまたうら若い一人の女性、名をシルディと言う。
「あ、ありがとうございますマイン様」
名を呼ばれた銀髪の彼女が、シルディの肩に積もり始めていた雪をポンポンと払う。
その仕草を受け、マインより随分年上の筈のシルディは、まるで撫でられ慣れない子犬の様な、おずおずとした反応を見せる。
「憧れだったんです。マイン様とこうして公務に就く事が」
うっすらと、頬を赤らめてマインを見るシルディ。
恥ずかしそうに、頻りにパチリパチリと瞬きをする紅毛緑眼。
人を選ぶ容姿ではあるが、醜くはない。
「シルディは、白猫のトコの者だな、まぁ上から下まで真っ白だ。見れば分かるよ」
私達の祖国※“リデア”。
国民の八割が、ほぼ何らかの魔導の心得のある国民性の中で、今、目の前にいるシルディの様な、厳格な審査・基準を以って見い出された魔道士達は、各方面の軍団長が更に「鍛えた」上で、“正”魔道士として任命、権限等も付帯される事となる。
初々しい、まるで生娘の様な振る舞いのシルディであるが、木っ端魔道士が幾ら束になっても、彼女のその赤髪の一筋にすらダメージを与えられぬ…… ストイックに魔導の研鑽に貴重な青春の殆どを賭した。
……彼女はその様な存在。
──白は、白魔道師ユウ・クリステリア旗下の証拠
シルディが袖を通す、幾重にも抗魔力を織り込んだ純白のローブ。その胸元には、白魔道と相性抜群な白耀石。余りお目に掛からないほどの高価な大粒が嵌め込まれたチョーカーを下げ……
両手首には、これもまた見事な瑪瑙の腕輪。相当の魔力を感じ取れる逸品である。
彼女の上司である、軍団長ユウが見出した特A級の魔道士に間違いない。
「は、はい! なんか、ちょっと恥ずかしくなりました。マイン様と一緒だと聞いて、一番良いものを」
ジロジロと見るつもりはなかったが、装いがわざとらしく見えたと言う事だ。
遠目にもわかる程に、シルディは顔を赤らめている。
「ま、まぁ、腕は立つんだろ?」
悪く思ったので、話を逸らしてみた。
「ふふ、ユウ様は優しすぎるんですよ。私なんかに、こんなにも過分な待遇を」
実力のないものが付けていれば、首ごと、腕ごと奪われかねない高価な装い(まぁ、正魔道士相手に挑む愚か者など滅多に現れないが)。それが、冬の乏しい日の光をキラキラと贅沢に照り返している。
ここまで、念の入った「白魔導士」が、白猫の手の者で無いはずがない。
「はい、導師様の所で治癒専門職を、それとバステト隊の組長を拝命してます」
実は、少しだけ腑に落ちていなかった。
組長クラス。シルディが具えている魔力を見過う事など私に有り得ない。
彼女そのものは、その存在自体は間違いないのだろうが……
──崩壊して久しいユウからの支援
彼女らに、人を回している余裕など無いはずだ。
それに……バステト隊
「ずっと、憧れていたんです」
私が長考するを察したのか、先ほどまで見せていた、少女の様に赤らめていた頬は……
青く……
様変わりをしていた。
「マイン様、シルディはずっとずっと、マイン様をお慕い続けておりました」
ゆっくりと、フードを外し、強く降り始めた積雪にその……
──死人の 艶のない白髪を曝け出す
先程まで、美しい物と認識していた紅毛も、緑眼もすべて「白色」に。
先程まで、可愛らしいと想っていた、血色の良い肌も、唇も全て「白色」に。
「迷い出たか亡者め、そこまでこの私に会いたかった等と、恐れ入るが……」
全てを察し、シルディに応じる様にフードを払う。
──ここは知る人ぞ知る、外壁地区の古戦場
──数多の命が潰えた地点
──多くの青春がその色を失った空間
積雪が更に強くなり、大気が唸り出す。
「シルディ…… いや、亡者よ、このリデアのマイン。マイン・グランダートの魔導を見て行くが良い」
静かに、構えを取る。
……………
メリア皇国の揚陸艦サルディニア、キプロス、スラウェシ……
更にはサンジュリアン、マデイラ……
魔導学校の教科書に書かれていた、(憎き)メリア皇国の艦船達。そのほとんどが領土を侵し、揚陸に成功……
今、その総力を以って、私達を滅ぼさんとしている。
──メリア皇国の聖女 彼女が奏でる“聖歌”
海峡を守護してきた我等リデアの誇り、空からの遺産。
プロメテウスの主砲が、聖女の歌声に呼応するかの如く悲鳴を上げ、全ての砲台が爆発、四散した。
──長きに亘った均衡は失われたのだ。
皇国が誇る、一騎当千の猛者「白銀騎士」達は、猛然と鉄馬を駆り、私達リデア聖国の騎兵達を紙屑の様に跳ね飛ばして行く。
………………
「守れ! リデアの子供達!! 悪鬼のメリア人に国土を汚させるものか!」
「時間を稼げ! もうすぐ魔導師様が駆けつけてくれる!!!」
怒涛の如く押し寄せた敵騎兵を押し返そうと、砦に籠ったリデアの騎士達が反撃に出るが……
体躯の差が?!
まるで、大人と子供ではと思わせる程の実力の差が……
恵まれた国土で育ったリデアの騎士達に比べ、厳しい自然環境と、時に人に仇なす獣人すらも素手で制圧できるメリアの騎士とは!!
無慈悲な殺戮が其処彼処で、真っ赤な血色で大地を染めて行く。
「うえええええ」
私はその様、まるで赤く染まった水溜りにもがく、砂虫の如く姿を変えた幼馴染の姿に、無様にも胃液を戻す惨めさを見せていた。
「ユア様が負傷された!! 早くヒーリングを!!」
誰かが私を急かしている様に思えたが……
それどこれではない、逃げなければ、今すぐここから逃げ出さなければ!!
死にたくない
死にたくない
死にたくないの
だって!
死にたくないの
……………
──雪は降り続ける
──空の涙がかたまって 私の心に降りてくる
──貴方の手の中で失われるのは私の気持ち
──でも 忘れないで
──冬がくるたび 会いにくる
──ずっとずっと ずっとずっと
高度な魔導の詠唱は歌に似ている。
そして朗々と、猛吹雪に微塵も負ける事なく周囲を圧倒し、制圧する。
私はあの時、メリア皇国の歌姫を見た。
歌が、彼女らのその歌が、この世界を滅ぼす兵器であるとは聞いてはいたが、目の当たりにするまで信じる事は無かった。精々が誇張の類かと……
──貴方の手に落ちる、ひとひらの雪は
──貴方を想う最期の希望
──雪が降る度、会いに来て
──春を知らない私を愛して
「これは、この魔導は、この声は! 忘れもしない!」
私は震えながら、目の前に立つ銀色の少女。
リデアの護りの要である、一人の聖女を見つめ直した。
「このシルディ。あの時の、貴女のご恩を一度も私は忘れた事はありません」
幽鬼となりとて。
未だ、未練がましく彷徨い続ける。
そんな、罪深い私を、優しく温かい魔導の詠唱が包む。
あの歌姫が歌い綴った死の歌とは、全くの反対である、血の通った歌声が……
「ああ、ずっと会いとうございました」
だから、もう一度私は想いを伝えた。
あの日、あの時、多くの同胞を救ってくれた貴女だから。
「今度は迷わず逝くが良い、シルディ組長。あの日に失われた貴殿の同胞達と共に」
私の魔導「鎮魂歌」に応じる魂はシルディだけではない。
傍で散った。
あの日ここで散った、多くの魂達が呼応し、天に還って行った。
…………
「マスター」
「…………」
「マスター、まだ、生きていらっしゃいますか?」
大きな椅子にしがみつく様に、一人の老人が広すぎる空間の中に居る。
少女の言葉に反応する様子はない。
「マイもミイも連絡がありません。どうやら駄目だったようです。致し方ないので、今度は私が降下します」
宇宙移民船プロメテウスの艦橋、艦長室である場所にいるのだから、その老人は何らかの役目を帯びた者である事は間違いない。傍の銀髪の少女がマスターと呼ぶのだから、彼女の雇い主かも知れない。
「テラフォーミング、第四期。スケジュール通り実施いたします」
老人の反応がない様子に些かも動揺もなく、少女は黙々と準備をする。
「ユウと、ユアを連れて行きます」
一見は、マネキンの入ったショーケース。実は、そうではなく。
「さっさと起きなさい、五番目、六番目」
急速解凍された二体の「同僚」を文字通り叩き起こす。
「星に降下します。準備なさい」
むにゃむにゃと、目を擦る仕草をする「彼女等」を急かす。
「…………」
「…………」
二度寝を決めようとする二人。
マインは、長時間就寝機を筐体ごとひっくり返した。
「にゃあああ!!?」
「ふにゃあ! 痛いにゃ……」
どのような魔導なのか、皆目見当がつかないが……
先程まで、確かに人であった二人の姿は「二匹」の猫に変わっていたのだった。
「さあ」
行きますよと、二匹の首根っこを。
右手に黒猫と左手に白猫を……
そして、まるで寝室のドアを開けるかの如く自然な動作で「船」の外部ハッチを開放し……
そのままふわりと、眼前の惑星に「飛び降りて」行った。
※リディア聖国を愛称でリデアと呼ぶ。
マイン「後付けです(きっぱり)!」
ああ、マイン君、バラしちゃイヤん(汗)