第二十話「二人の旅芸人の少女」
世間は連休ですね。
小生は仕事の合間を縫って、久々に一本上げる事が出来ました。
時を知らせる船出の汽笛
あなたにはもう会えない
思い出は巻き戻せないように
二人の距離は離れてしまった
今は目を閉じ
じっと耐え
波止場を後にする客船
あなたを連れ去るそれの姿を見ないように
見ないようにうずくまる
本当は
すぐにでも
あなたの元に駆け出してゆきたいのに
思い出は
確かに
巻き戻せない
けれども
余りの多くの時間をあなたと過ごした事を
思い知る事になった
帰りたい
あなたの胸の中で過ごした瞬間に
リーンカーネーション 輪廻の扉
第二十話「二人の旅芸人の少女」
「皆さま、ご清聴ありがとうございました」
カテリーナが身体に合わない程の声量で、バラードを一気に歌い上げた。
その短くて整えた艶のある赤髪から、汗が滴っている。
「ありがとう……」
姉のカテリーナの見事な歌に少々当てられたように、ぽんやりとした表情で周囲を見回す妹とヒルデ。
姉とは対照的に、癖っ毛のあるプラチナ色の巻き毛を指でクルクルと解しながら、自分らの演目を最後まで見ていてくれた二人組に目を配る。
「いい歌だった」
シュッとした、端正な出立ちの剣士。
動きやすそうな、小さなリングを繋ぎ合わせた真鍮色の帷子と、その真鍮色そのままの束ねた長いブロンドが人目を引く「美公子」が目の前でパチパチと軽く手を叩いている。
「そうそう、本当に素敵な歌をありがとね、お嬢さん。なんか、言葉にリテア地方のアクセントがあったみたいだけど、あっちの方から来たのかなぁ」
連れの黒髪の「拳士」。
隣の美公子と並んでも恥ずかしくない、こちらも美しい見た目の好青年。
ただ、その見た目とは似つかわしくない 、たどたどしいリーザス訛りは、聞き手に妙な優越感を抱かせる。良く言えばリーザス訛りだが、悪く言えばど田舎のお百姓訛りである。
「えへへ、ぼくと妹は、リディアのルジェ地方から来ました」
ルジェは、リディア聖国の「隔壁向こう」と呼ばれた貧民地区の総称なのだが、今は説明を割愛する。
「お姉ちゃんと旅とお芝居をしながらです。武闘会と舞踏会をぜひ見たくて」
カテリーナとヒルデは、黒髪の青年から渡されたリーザス紙幣を3枚に、目をキラキラさせながらそう答えた。
「もし宜しければ、もう一曲……」
「……お二人が、たくさん下さったので」
潮らしく、姉、妹の順番(この姉妹は例外なく、姉から話を始める)に演目の追加を提案する。
歌の報酬に頂いた高額紙幣、一万リーゼル紙幣3枚は、恐らく武闘会が終わるまでの期間、姉妹が文字通りホテル住まいで遊んで暮らせる上、毎日三食、リーザス王国内で高いと不評な出前業者「リーザーイーツ」で、特製ピザにドリンクを足して注文しても、余裕でお釣りが来る額である。
「ちょうどよい、これから昼をと思っていた。店主にも一曲聞かせてやってくれ」
「お歌を歌ってくれれば、きっとお嬢さん達のお昼、出してくれるよぉ」
金髪の青年、黒髪の青年の順番に口を開く。
「……大丈夫だよヒルデ」
「だよね、お姉ちゃん」
二人は目を合わせ、頷いた。
……彼女らを拐かし、「※いかがわしい行為」をと考える輩は、星の数ほどもいる。
それこそ、先ほどまで、人通りから睨めつけるような複数の不審者の視線が、遠方から来た旅芸人の姉妹を狙っており、それが他の客を寄せ付けない原因となっていた。
「宜しくお願いします」
「お願いします」
ペコリと、小さな頭が二つ下った。
旅先で、芸を披露する場所を提供してくれる「恩人」にはキチンと頭を下げなさい。と、二人に芸を仕込んだ師匠からの言であった。
「そんなにかしこまらなくて良い」
「寧ろ、店主さん、喜ぶと思うよぉ」
それと、自分達と同じ、まるで姉妹にように順番に言葉を発する二人を見て、カテリーナ達は共感のようなものを感じていたのだ。
…………
良い思い出も
悪い思い出も
いずれも些末な泡沫と化して
遠い昨日に置き去りて行く
思い悩む事はない
思い苦しむ事はない
定命の者たちよ
全ては時間が見せる幻
皆、一様に土に還る
皆、一様に塵に還る
まるでそよ風のように
まるで何もかもなかったように
身に訪れる全てに感謝を
喜びにも
辛く苦しい日々にも
瞬きが見せる刹那と
それが人の世の全てと思って……
目を閉じて下さい
あなたは戦った
勇敢に戦い続けた
身体には傷のない所はなく
そして
心の傷はその倍を遥かに超える
皆あなたを知っている
あなたの努力と苦悩を知っている
だから
もう休んでください
目を閉じて下さい
……………
姉のカテリーナとは違い、妹は姉のゆっくりした絃楽器の音色に合わせ、静かなバラードを歌った。
姉が、パンチの聞いたロック調の歌を披露したのに変わり、妹のしっとりとした曲調は、聞き耳を立ていた聴衆たちをシンと黙らせる。そして……
おおおおおおおおおおっっおおおお!!!!!
「うおおおお、聞かせるじゃねーか!!」
「若い頃を思い出したぜお嬢ちゃん、ありがとな」
文字通り聴衆たちに揉みくちゃにされる二人。
「うわああああ、ぁああああん!!」
「きゃあああ、きゃあ、きゃあああ!」
小さなカテリーナたちの「※お洋服」の隙間隙間に、大判硬貨やら紙幣やらをねじ込まれる。
想像を越えた量の「芸人冥利」に、二人はなりふり構わない嬉しい悲鳴を上げる。
「良かったよ二人とも。さぁ、うちの特製をお上りなねぇ」
女店主が、二人用に誂えた簡易テーブルに、熱々の大オムレツをドカンと乗せ置く。
居酒屋食堂「このみ屋」は、リーザス王国の東街区、セティア門大通りから、住宅地側の入り組んだ界隈に入り込んだ一角にあり、リーザス地方の家庭的な田舎料理から、果ては遠方のアーセナル大陸から取り寄せた食材で作った、本格的なエスニックな料理まで多数取り揃えている。
真っ当な「リーザスっ子」なら、必ず一度は足を運んでいる有名店である。
「女将さん、これを」
カテリーナが、男たちにこれでもかと胸元に捩じ込まれた何枚かを店主に渡そうとするが、女店主は首を横に振り……
「うちらの国のお祭りを見に来たんだろ?そんじゃあ、あんたたちも客みたいなもんじゃないかぃ」
女店主は、小さな手で握っているお金を「料理屋で食ってきた」少々ゴツい掌で押し返し。
「それにさ、所場代を払うくらいなら、ちょくちょく歌いに来てくれよ?そう、お互いwin-winってやつさ」
片目を瞑り、冷めないうちに食べよと、カテリーナを席に座らせる。妹の方は、待ちきれずにオムレツとの付け合わせで出ていたガーリックトーストに齧り付いていた。
「これ、ヒルデ。騎士様たちを差し置いて」
カテリーナはこちんと、軽く握った裏拳で妹の頭を小突くが、その妹は意に介した様子もなく、モグモグと顎を動かしている。
「良い、構わぬ」
「カテリーナちゃんも、たーべよ?」
二人のやり取りを微笑ましく見るように、剣士と拳士は姉の方にも食事を促す。
「これ、美味しい!!」
店主に勧められるように、ガーリックトーストの上に豚の角煮を薄く切った物と、このみ名物のオムレツを塗し乗せて、オープンサンドにした。
「まだまだあるからね!はい、これも特製のトマトスープ」
大盛りの野菜と、大きく切った牛肉片が煮込まれたスープの寸胴を一堂が座る簡易卓の隣りの卓に、これまた「ドカン」と備え置く。
「なんとこれはこの一卓分だ」
騎士はニコリとしながら、自ら木製のレードル(「おたま」のこと)で牛肉の塊ごとスープを器に盛り付けてる。
「凄い量だよね、ああ、僕らに任せて」
慌てて手を出そうとするカテリーナを制しながら、黒髪の拳士が銘銘に配膳して行く。
「二人は、以後どうするのか」
「泊まるところとか、あるのかなぁ」
「………」
「………」
カテリーナとヒルデは、スープのスプーンを咥えながら、顔を見合わせた。
この騎士たち、お人好しにも程がある。
充分に報酬を受け取り、仕事の宛てまで紹介してもらい、尚、住む場所の施しを?
何か良からぬ事を考えている可能性もある。
そう、これ以上の過ぎた施しは、姉妹には耐えがたい物があった。
幸い、こには人目がある。
物別れを装い、彼等とは離れた方が良いと判断する。
長く旅をして来たカテリーナ姉妹には、当然と言える感覚である。
「ありがとうございます。実は、親戚の姉が先にリーザス入りしていて」
「私たちはそこでお世話になる事になっているんです」
二人は、よそよそと言葉に嘘を混ぜる。
遠慮していますよと、顔に「恐縮」を浮かべて、相手の出方を窺う。
「そっか、じゃあ大丈夫だな。もしもの事があれば……」
「二人とも気を付けてね、南の砦はいつでも二人を歓迎しているよぉお」
騎士はリーゼロッテ、拳士はサーシアと名乗った。
男だとばかり思っていたが、二人とも自分たちと同じ性別であったのだ。
「性的に」警戒する必要はほぼ皆無だった。
「俺たちも大会に参加する」
「応援にきてね」
二人の背を見送ったカテリーナ姉妹だったが、事情はやや複雑だった。
──リーザスの虎と鷹
南方守護職リーゼロッテ第二王女と、その親友にして従者の黒拳士サーシア。
カテリーナとヒルデが狙うはずの。
リーザス王国の重要人物。
「マイ」を通じて誼を交わす「アレイシア第一王女」の政敵の巨頭の一。
──リディア聖国の暗殺のターゲット
※いかがわしい行為
カテリーナ、ヒルデ姉妹を同時に「ブリッジ」させ、南部鉄器の土瓶を二人のお腹に載せる。
「へそで茶を沸かす」事が出来るまで、衆目の生暖かい視線に晒され続ける。
南部地方(岩手県)の私刑行為であり、少女二人の精神には取り返しのつかない「傷」が刻ま
れるのは間違いない。
容赦のない仕打ちである。
※お洋服
カテリーナ、ヒルデ姉妹の所謂、ステージ衣装のような物。
師匠から「女だてらで芸人やってんだから、衣装の一つはね」と送られた。
衆目の視線を挑発する、ちょびっと胸の開いた…
姉は赤が基調、妹は白基調。紅白でおめでたいですね(笑)
……でもまぁ、育ち盛りの二人はもうすぐ着れなくなるかも、デスね。




