表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リーンカーネーション 輪廻の扉  作者: あさのてんきち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/32

夕立の歌

今日、ここに来て半年が経ちました。

最初は少し怖いところかなと思ったんだけど、色々と皆んなが教えてくれたり、励ましてくれたり……

いつの間にかに、慣れている自分に気が付きました。

お友達もたくさん出来ました。

皆と、これからも仲良しでいたいです。

特に、

あいちゃんが好きです。

あいちゃんと一緒にお勉強をしています。

とっても可愛い、黒髪の綺麗な人です。

とっても大好き。

とってもとっても。




 リーンカーネーション 輪廻の扉

 夕立の歌



「ぎゃあああああああああああああ!!!!!!」


 郊外の軍需工場跡地に作られた建造物、通称「白亜の箱」。

 剥き出しのコンクリートと、ジェラルミン製の重厚なシャッターが並ぶ、周りの風景に馴染まない「胡散臭げ」な建造物。


「え、いまの何?!」


 学校の推薦枠を利用して、山形の「普通校」から、日本政府が支援する、この神奈川は横須賀の「特別校」に転校する事となった少女は、先ずは同行する引率者に事の次第を尋ねた。


「……私から話す事は何もない」


 夜汽車に乗って、東京まで同行してくれた地元の先生は、折り返しの盛岡行きの汽車に乗って帰ってしまった。

 代わりに上野駅で待っていた、学校までの引率だと話す初老の紳士は、挨拶もそこそこで、横須賀行の汽車に乗り換えるよう「ぶっきらぼう」な言い方で私達「上京組」を汽車に乗せたのだった。

「…………」

「…………」

 そこから特に会話もなく、二度ほど汽車に乗り換える。上野から更に三時間ほど車窓を眺める事となった。

 山と海だけが風景のこれまでの寝台車の旅と違い、都会に来たのだと言う事を理解するのに程よい時間ではあった。

 そして、上野とはまた違う感じで垢抜けた駅前、横須賀駅に着いた。


「新庄女学校一年、“元宮雪乃もとみやゆきの”と申します。宜しくお願い致します」

 言葉通り「ペコリ」と頭を下げて、おずおずと元の姿勢に戻る。

 そのまま、やや上目遣いに相手の反応を見る形になる。

「あらら一年生さん、挨拶も出来ないのね?」

 施設の周りをぐるりと、高い壁が敷設されている。その壁を潜る事の出来る、恐らく一つしかない鉄製の門扉の前で女性が一人、雪乃たちを「待ち構えて」いた。

「すみません……」

 わざわざ期待して出迎えに来た相手に対して、わざわざ評価を下げるような真似はするものではない。

 ……と、暫く経ってから目の前の本人に聞かされる事になった。

「こうよ」

 “夏木かなこ”と名乗った女性は、スカート姿ではなかったが履物の縁を軽く摘み、すっと姿勢を下げる。

 カーテシー。

 外国の礼節だと思うのは浅はかである。

 日本の同盟国に欧州の国々がない訳ではない。現実的に、雪乃の学校でも欧州式の礼節を学ぶ機会はありはした。……恐らく、地方いなか出身の自分を揶揄からかっているのだろうと思った。

「申し訳ないが、立ち話は後にしてくれないか」

 ここまで様子を見ていた同行者が、施設の中に入るよう一同を促した。

「先程、雪乃君が聞きたかった事も、かなこ君に聞けば分かる」

 それだけ言うと、背中を向けて元来た道に向き直す。

「長らく、お勤めご苦労様でした。施設長……」

 その背中に声をかける。

「所員を代表して、夏木指導員他、先生のお見送りを!」

 不動の姿勢で去りゆく老紳士を見送る夏木と、事態が飲み込めないその他一同。その姿が見えなくなったのを合図に、夏木が口を開いた。

「本当は”ようこそ”と言いたいのよ、でも、聞こえてしまったのでしょ?」

 一同は、再び「一番の疑問」に向き直ったのだった。


…………


「あらあら、こんなにしてしまって……」

 やれやれと、首を斜めに振る夏木。

 聞くよりも実際に見た方が早いと、雪乃とあと二人、上野駅で初めて面識を得た、同じ「候補生」と言う肩書きを持つ転校生たちは、施設内をどこをどう歩かされたか、奥まった一部屋「修練室」に案内された。

 施設の外周区に聞こえていた悲鳴の元は、此処だとも夏木に聞かされる。

「大丈夫……なんですか、彼女?」

 雪乃は疑念を口にした。

 一見は、背もたれ付きの座椅子でグッタリとしている少女が一人。

 然しながら、その少女の身体に幾本も「接続」された配線ケーブル群が、ただの休息用の座椅子などではない事を素人目にも理解させた。

「貴女たち、ここまで来る途中で水場があったでしょ、あそこから……」

 少女はひどく汗をかいており、そして、室内に篭るアンモニア臭。……シートの下に小さな水溜まりを作っていた。

「なるべく早くね、私も一緒に行きます」

 座椅子は精密機械の一部であり、速やかに清掃が必要だと言われる。

「あ、あの?」

 まだ何かを聞こうとした雪乃に構わず、夏木は早く行動に移るよう、一同を急かした。

 神崎春香かんざきはるか

 候補生ではなく、「正式」に、この施設に在籍している女学生との事。

「ここに招かれる人員は皆、”適正”を持っている者と考えられている。当然、春香君はその適正を見出され、”訓練生”として日々、訓練に打ち込んでいる」

 担架で運ばれて行く神崎を横目で見ながら、夏木は尚も続ける。

「皆様はもう理解されたかしら?」 

 ここに、この施設に招聘された意味。

「転校」などとは似ても似つかぬ「転属」、即ち「特殊学徒動員」としての……

 ある程度の予感はあったが、学舎での新しい女学生的な生活を期待していた雪乃は、目の前の事実に軽い目眩を覚えた。


───妖怪、妖怪、元宮の三女は狐憑き───

───禍いの三女、元宮雪乃は人でなし───


 私が幼少より持っていた特別な力は、私をいつも不幸にしていた。

 

 幼き頃は、石を持って追われ……

 学生になっても奇異な眼差しと、「特別」と言う名の「差別」を受け続けた。

 そして、普通の女学生の様に人を好きになっても、蛇蝎だかつを避ける様に「拒否」されるのであった。

 

──そう、だから私は、ひたすらに勉学に時間を費やすしかなかった


 口寄くちよせの術

 この世の者でない「彼等」との交流

 それが私の

 差別を受ける「人と違う」能力


 曽祖母が恐山の魔女いたこであったらしいとか

 実は元宮の子ではなく、魍魎ばけものの「取り換え子」であるとか

 とにかく嫌な陰口ばかりに振り回される、悲惨な少年期であったが……

「我が校より特待生が選ばれた事は実に光栄である」

 校長先生から話を聞かされた時は、素直に心が躍った。

「はい、元宮雪乃、この学院の代表として……」

 夏休み明けに、東京から越して来た校長先生は、とにかく私に目をかけてくれていた。

 それ以降、無用なトラブルは発生頻度を大きく減らしたのだ。


 だから、私は、そのご恩に報いるよう頑張るのだ、とも、当時は思っていた。


「あれを……、私たちもするのでしょうか」

 夏木が口を開く前に、雪乃は聞けなかった事を率直に聞いた。

(先生は、この事もご存知なのだろうか)

「そうよ」

 その答えに動じる事もなく、雪乃は覚悟を決めた。

(学院の代表として、あはは……)

 心の中に、小さな隙間すきま風が吹いたような気がした。


…………


「ちっきしょう……よりによって新人の前で」

 俺は自己嫌悪に陥っていた。

 医務室で目を覚ました時には、同室組ルームメイト雨霧あまぎりに覗き込まれていた。

「笑うなよ、次はお前の番だかんな」

 にまにまと笑う雨霧の頬をつねくる。

「(…………)」

 俺が何をしてもその笑顔は崩れる事はない。悲鳴も上げない。

 例え、千切れるほど抓り上げたとしても……

 よくわかんねーけど、そんな、生まれ持った病気らしいんだ。


「(大丈夫、春香は強い人だから)」

 代わりに直接頭に響く雨霧の「声」、こいつは口が利けないんだ。

「(あの椅子、一子いちこも嫌だよ)」

 だが、驚くべき事に、特定の「波長の合う」人々の脳内に、直接言葉を飛ばせる事が出来る。

 それが、こいつ雨霧一子の能力。

 俗に言われる念話テレパスって奴だな。

 こいつはその能力の発展の為、ここに居る。


「ばーろーが、次はお前の番だって言ってんだよ、おめーも漏らして新人たちに笑われろ」

 俺もこいつも、いわゆる「発展途上」って事で、基礎能力を上げる修練が必須なんだ。

 ……そして残念ながらあの椅子は、俺らを強化するのに打ってつけらしい。


「(…………)」

 雨霧の能力がもしも「複数人」に同時に展開され、距離も無関係に、それこそ東京大阪間でも良いから飛ばせる事が出来たら。

 傍受されない無線局?無音声ラジオ局?まぁ、どちらでもいいけど、すげーのになっちまう。

「(一子、ラジオでも無線機でもないもん)」

 俺の顔をじっと見ていた雨霧だったが、不満を「頭の中に」述べられる。

 俺がいつも口癖のように言う、こいつの為人ひととなりへの言い方に文句があるようだな。

「とと、次の授業に遅れちまうな」

 俺の頭の中に、次の行動を促す雨宮の声に相槌を打ちながら、こいつが用意してくれていた着替えに袖を通す。


 俺ら所謂「二年生」。

 研修生として進級した俺と、成績不良で一年「ダブった」と聞く雨霧。

 他にも二年や上級生は居るらしい。

 当然、雨霧の元の同班組クラスメイトのも居るはずだ。

 然しながら、久しく俺達は自分たち以外の「訓練生」の顔を見た事がない。

 油断していた訳ではなかったが、新入生の話も懐疑的だった。


──休戦中ではあるが、俺達には「敵国」が存在する

──予備役扱いである俺達も、いつかは国に招集されるのさ


 夏木に聞かされていない(とぼけている)だけで、「先輩」達も、前線に手伝いに出されているのかも知れない。

 学生気分で雨霧とバカやっているのも、いつか終わりがある。

「(春香、そろそろ行かないと……)」

 その時がもし来るのなら、俺は全力でこのクラスメートを護りたい。それが、どんな姿であっても。


………………


豊穣を

民草を潤わせる恵みを


いつまでも

いつまでも

全てに行き届く幸せを


この星に辿り着いた

全ての子らに慈しみを

………

……………


歌を歌っていた

この瞬間も

ずっとずっと、歌っていたようにも思える

ほど、

長い憂鬱と微睡み


もう

醒めないと思っていた目が

開こうとして

もがいている


ああ

もう一回だけ

もう一回だけ試してみるよ

もう一回だけ


………………


「挨拶とかさ、だりーんだけど」

「だめよ神崎さん、上級生でしょ」

 夏木のやつが俺を責付せっつくのを無視して、雨霧に「コール」させて見た。

「(皆様、初めまして、雨霧一子と申します)」

「うわぁああん!!!」

「!?」

「のょぉおお?!!」

「えええ?なに?!!」

 新入生四人は四者四様に驚いて……って、確か、聞いていた話だと三人だけだと?

「ああ、ビックリしたぁあ!ビックリしたぁああ!」

「直接頭に聞こえたぞ」

「にょおん!風子、彼奴きゃつらは敵じゃな?!じゃな?!」

「違うよ違うよ、上級生さん、先輩さんですよ〜」


 してやったり。俺の醜態を眺めてやがった仕返しだ。

「(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!)」

 それと雨霧はもう少し落ち着け。

 

「こほん、神崎さん、雨霧さん、改めて、お願い出来るかしら」

 夏木が新人達を収拾させるまで、少しの時間を要した。

 ここに来る奴等だから、多少の怪異にも対応出来なきゃって感じだけど、まぁあれだな、雨霧の「声」が思いの外、大きかったんだな。雨霧の阿呆めが。


「俺は神崎春香。能力は加速だ。陸上競技かけっこで日本記録を持っている。運動が好きなら仲良くしようぜ」

「(私は雨霧一子です。さっきは驚かせてしまってすみません。その、皆に会えて嬉しくて。)」

 阿呆が顔を赤らめて、たどたどしく念話を行なっている。

「(一子、阿呆じゃないもん!!)」

 長くバカやってると、表情だけで相手が何を考えているのか分かるらしい。

 新入生らにも「阿呆ぉじゃないそうだ」と、丁寧に補足してやる。皆に苦笑いされた。


「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます」

「ふん……」

「どこが丁寧じゃ、適当なのじゃ」

「だめだよそんな言い方しちゃ」

 新入生らは、目を離すと勝手にピイチクパアチクと騒ぎ立てる。

 これはあれだな、「クラス長」が必要だな。


「おい、お前」

「あん?あたしの事か?」

 俺は、四人の中で恐らく一番落ち着いた感じでセミロング、背丈の高い後輩に提案した。

「おう、お前がクラス長だ、自己紹介」

「初対面で命令っすか先輩? ま、多分それ正解。私は御堂みどうあかり。ヨロシク!」

 ノリが良いな。本人も言っているが正解。俺が選んだのだから当然だな。


「いえ、神崎さん、クラス長は元宮さんにやってもらいます」

 夏木がしゃしゃり出てきた。

 彼女曰く、どうやらこの地味な感じの元宮ってのは優等生らしい。本人は首をぶるんぶるんと振るわせて否定しているが。


「いや、クラス長はこの伊立風子いだちふうこじゃ、ワシが推薦人じゃ!!」

「ええ?いいよ僕は、むしろチイちゃんが良いと思うよ」

 控えめに恐縮するちびっこい奴の脇にいる、更に一際ちびっこいのがピョンピョン跳ねながら、話の流れに抗議をする。

「ワシは厳島知衣華いつくしまちいかじゃ、風子の力を知ったらヌシらなんぞ皆、風子さま〜って平伏じゃぞ!」

 伊立は天に「祈り」を届けることが出来るそうな、厳島もそうとのことだが、どこぞの神主の娘らしい。

「ワシと風子は二人で一つじゃ!!あの、元寇の夷狄どもを追い払った神術をヌシらに見せてくれるわ!!」

 おずおずとしている伊立の腕を取り、脇で抑える。あれだな、ここで教えている「合術ごうじゅつ」をやろうとしているのだな。

 今、皆が集まっている教室は普通の木造の部屋であり、ちびすけ二人がしでかすであろう悪戯には対応出来ない。

 ここは上級生として教育するべきだな。

「雨霧」

「(はい!!)」

 合術には合術で相殺するのが良い。これも、彼女たちがこれからここで学ぶ中に存在する。


「おやめなさい」

 ここまで、成り行きを見守っていた夏木が、ついに間に入って来た。

 後は、仲裁されるのをぼんやりと聞き流していれば良いのだな。そう思っていた。

 然しながら、その夏木が発する次の言葉を聞いた時、危うくこけそうになった。


「では、クラス長は決闘で決める事にします。総当り戦です!!!」

「(!!!??)」

 いや、訂正。

 阿呆の雨霧は、古典芸人コメディアンみたいに盛大にズッコケていた。


…………


空はどこまでも続く

青く

広く

希望を見せてくれる


この惑星ほしに生まれて良かった


朝日の美しい輝き

力強い真夏の雲と夏空

ちょっぴり寂しくなる夕焼けまで

全てが

ワクワクさせてくれる


この大好きな世界

…………


「貴女さまも是非イベントに参加して下さい」

 唐突にではなく、ある程度は話の流れから察する事が出来た。

「あい、高校生じゃないんだけどぉ」

 制服もまだ新しく、昨日今日にここに来た風体。


 見た目は十二、三歳。

 人目を引く程の美しく、夜闇を織り上げた様な黒い艶のある髪。

 個性的な長いまつ毛と、強い意志を感じる二つの蒼い瞳。

 そして、年齢に相応しくない、ある種の「うれい」を纏った少女。


「本国からはるばるのお越し、研究室を代表して御礼申し上げます」


──アイ・フォルゼ・ラーツェル様

………

……………


 雪乃は気が立っていた。

 高等な学業に専念出来る環境だと聞いて来たはずなのに、当てが外れるにも程がある。

 あの妙な機械にしてもそうだろう。

「決闘って、私たちは一体何をやらされるのですか?!!」

 挨拶代わりのHR。それからの休憩時間を縫って、雪乃は食い入るように夏木に迫る。

「言葉通りよ、貴女たちの中の一人がクラス長を手にするの」

 夏木は涼しそうに雪乃の「熱」を交わしながら……


──ここはね雪乃さん。臆病者に務まる場所ではないのよ


「…………」

 戦い、喧嘩、勝者と敗者。

 雪乃が思い出すのは、陰湿であった友達からの執拗なイジメ。

 堪えても背筋が震える。

 腕や脚が恐怖でゾワゾワする。

 負ける事へのひたすらな怯え。

 あの山形に赴任して来た「先生」によって救われた自分自身。蜘蛛の糸が目の前で断たれるような感覚……


「雪乃さん、落ち着いて。襟が曲がっていますわ」

 夏木は、興奮している雪乃の肩に手を掛ける。

「サイズが合ってないのかしら、何なら新しい……」

「私は私闘なんて御免です!!」

 雪乃は荒々しい態度で、その手を払い、そして、そのままの姿勢で夏木を睨みつけた。


「あら、あらあら……」

 夏木は少しだけそれに驚いた。

 大人しい子だと聞かされはいたが、彼女の様子に考えを改める必要があるのかも知れない。


「新人に手を焼いているのかな、かなこ」

 夏木の私室である「指導員室」にはもう一人女性が居た。

「ふふ、甘く見られているのかも知れませんね」

 夏木と並んで見ればまだ、女の子。

 だが……

「貴女は!」

 雪乃は冷静さを取り戻した。

 人目をはばからず怒りを顕にした事への恥ずかしさもあったが……

「おや、この、“あいちゃん”が誰だか分かるのかな、ふふん」

 立ち上がった彼女に対して、雪乃は反射的に両膝を畳んで平伏した。

「だいじょぉーぶ、あいちゃんは怒ってないぞぉ」

「夏木さん!この御方は!!!」

 少女に支えながら、立ち上がろうとする雪乃。

 肩が震えている。

 脚もガクガクと収まりがつかない。

「さすが、東北にあって京の陰陽にも劣らないと称された家系の子。あいちゃん様のお力が見えるのね」

 意地悪そうにニヤリと夏木は笑い、続ける。

「貴女達を指導する為に英国から来て頂いたのよ、そう……

──この国での御名は確か


「言うな夏木。それに雪乃だったか? もう、泣くんじゃない、おお、よしよし……」

 片膝を崩して、感極まって「ぼとぼと」と涙を零している雪乃をあやしながら、優しく頬に手を当てて……

「あいちゃんはあいちゃんだぞ。これから宜しくな雪乃」

 雪乃は、涙と鼻水でグジュグジュな顔をハンカチで拭いながら、「うんうん」と何度も相槌を打つのだった。


──先生、ありがとうございました

──ここに推薦して下さって本当にありがとうございました

──雪乃は、とってもとっても感激です!!!

──だって

──だってこの方は間違いなく……


…………


迷うのは当たり前です

だってあなたが行く道は

あなたが歩く足下は

何処までも続く新雪の

真っ白い

真っ白い平原

前人未踏

行く人のなかった

いっぱいの

いっぱいの初めて


だから

私がいます

見上げる空に

変わらぬ軌跡で

あなたを照らします


せめて

あなたが凍え

震えないように

…………


「あんた達も一緒に授業受けんのか?」

 取り敢えず、クラス長(仮)として号令をかける事になった御堂は「学級名簿」を眺めながら、妙に楽しそうにしている上級生二人とを見比べながら軽く首を傾げる。


「(授業内容によっては合同授業です)」

 いわゆる実技系の座学は、初中級と高級と、そして「特殊」の三等級があり、それぞれクラス編成が違う。二限目になるこの時間は「初中級」の時間ではあるが、初日の指導員の顔見せもあり、ニ学級の合同となっている。と、雨霧は念話で「皆」に詳細を伝える。


「慣れないな、それ」

 そう言いながらも、行動に余裕のある御堂は、名簿にある名前とメンバーとの顔と合わせるべく、ぐるりと教室内を見渡す。

「…………」

 一番前の廊下側。「クラス長」の席に御堂。隣に神崎。その隣に雨霧。さらに自分の席と真反対に当たる窓側に雪乃が座る。

 チビ助二名は、入校手続きに不備があったようで事務棟に行っており不在。

 今のところ、これだけの人数だが、日を追って編入者が増えて行く予定らしい。

 風子について来た知衣華のように、同行者の推薦で急遽編入の決まる者も珍しくなく、社交的で変化を好む御堂にとっては、人が多くなる事は彼女にとって「楽しみ」になる。

 

「てか自分、何? 緊張してんの?」

 御堂の目が、雪乃に止まる。

 先程、ドアが吹き飛ぶほどに勢いよく教室を出て行った彼女が、文字通り「潮らしく」なって帰って来て、それからずっと妙に「大人しい」のだ。


「御堂さん、あのね」

「あかりでいい」

「あかりさん、あのね、もうすぐ分かるよ、あはは」

「あん?」

 御堂は、神崎と雨霧の顔を見るが、二人とも首を振っている。

 雪乃の意図する事は、分からない模様。

「えへへ、じゃあ、サプライズだね……」

 まだ短い付き合いだが、恐らく本調子な雪乃の満面な笑顔。

 笑顔を零しながら、ソワソワと、廊下と教室を隔てるドアを見ている。

 そして……


「雪乃以外は”はじめまして”だな諸君」


「えええええーー??!!!」× 四人

 余りに予想外な講師の登場。

 一同は四者四様に悲鳴か怒声か、いずれにせよ衝撃を受けた。

 

──まずドアを開けたのは首無しの人であり

──その胴体の主人くびは、締切られている窓を音もなく「通り抜け」教室に入り込み、空中浮遊を楽しんだ後、教壇にトコリと降り立つ

──そして、ゆっくりと教室内に「侵入」して来た首無し胴体が「それ」を装着する

──更に、その「合体少女」は、何事もなかったように自己紹介を始める。と思いきや、その姿は一瞬で砂の彫像に変わり、「ザー」っと音を立てて崩れ去る。後には何も残らない。


「アイ•フォルゼ•ラーツェルだ。皆に”魔道”を伝授する為に”時計台ロンドン”から来た」


 皆の肝を冷やした張本人は、普通に首無しが開いたドアをくぐり、トコトコと歩き教壇に立つ。

 艶めかしいほどの黒髪と、美しい碧眼を持つ少女はわざとらしく目を瞑り、先ず名乗った後。

「でも、あいちゃんの事はあいちゃんって呼んでね!!」

 クルリと横に一回転し、魅惑的チャーミングにウインクをする。

 そんな、お茶目な「あいちゃん」に対し四人は、着席したままそれぞれ各自見事に「気絶ロスト」するのであった。


…………


「にょおお?!教壇に、めちゃくちゃチンマイのがおるぞよ」

「止めなよチイちゃん。てゆうか、多分チイちゃんより背は大きいよ」

 何も知らない風子と知衣華が、教室の後ろのドアを潜って室内に入って来る。


「先生、伊立と厳島さん。所用で遅れました」

「手続きがあっての。って、何故に皆は魂が抜けておるのじゃ?」

 ちょうど、神崎の後ろにチイが座り、雨霧の後ろに風子が座る。奇しくもうるさ組と大人し組が線対象に分かれた。


「手土産にちょっとしたマジックを見せたんだ。……それから、先生の事はあいちゃんって呼んでね」

「はい、あいちゃん先生」

「guten Morgenじゃったか?あいちゃん」

 側から見ると、仲良し小学生三人が「学校ごっこ」をしているように見える。

 風子が百五十センチ、アイが百四十センチ、そして知衣華が百三十センチ。大体そんな感じ。


「そろそろ戻って来ぬか、未熟者ども」

 アイが指をパチリと鳴らすと、先ほどから「呆けている」四人にビクリと意識が戻る。

 それが、初級の覚醒魔道だとアイは付け加えて。

「皆が揃った様なので、改めて伝えるが、あいちゃんは君らが”魔導師(ハイ•ウイッチ)”と呼ぶ存在であって、特殊技能の授業と、高級戦術理論を担当する。他の教員の事は余り良く分かっていないが、手が足りなければ、他の授業の応援とかもするはずだ」

 背丈が足りず、踏み台に乗って教壇から話を続けるアイに対して、雪乃は興味を持った事がある。

「あいちゃん様、何故貴女様も私達と同じ学生服なのですか?」

 やや空気も読まず、雪乃は興奮気味に質問した。

「おお、これの事か、実はあいちゃんもな、受け持っていない授業は”生徒”として参加するつもりだ」

「えええ!ああ、夢みたい……本当ですか?」

 上位的存在と共に学舎で学ぶ。

 感激で、目が潤んでいる雪乃をアイは手で制す。

「それと様付けはなしだ。皆が不可思議に思うだろう」

 今のところ、他のメンバーには自分自身の「格」が露見している様子はない。アイは片目を瞑り、雪乃のにだけ聴こえる念話を用いて伝える。

 雪乃が、無言でぶるんぶるんと首を縦に振っているのを横目で見ながら。

「まぁ、非常勤講師兼、交換留学生みたいな感じかな。学生の方のあいちゃんもよろしくぅ」

「ようこそ白亜の箱へ、歓迎するぜ」

「(よろしくね、あいちゃん!)」

 長いこと、同じ講師のヘビーローテーションだった環境に飽きていた神崎と雨霧は、いの一番に喜んだ。

「宜しくな、因みにクラス長は渡さない」

 と、御堂。

「え、あいちゃん様、じゃなくてあいちゃんと喧嘩しなきゃダメなの?!」

 クラス長決めの決闘に前向きなあかりと、異を唱えた雪乃の表情は見てわかるほど違う。正確な比喩ではないが、まるで昼と夜。


「クラス長は風子じゃ!」

 と、相変わらず「風子推し」の知衣華。


「もう、寧ろあいちゃんで良いんじゃない?」

 風子は、級友達は皆、「何らかの」実力者だと理解している。

 ほぼみな初対面であり、実際に能力を以って”手合わせ”をした訳ではないが、「見れば分かる」物もある。

 軽量級のファイターが、いかに常人を凌駕する俊敏性を持ち合わせようとも、ヘビー級のファイターには及ばない、「見れば分かる」のだ。

 更に、壇上にいる「魔導師」。厳密に言えば風子や知衣華も歴とした道士の端くれではあるが、経験の大小、まして国家級の能力者までもが参戦するとあっては、二人組手タッグ・マッチを得意とする風子らには分が悪い。

 故郷の島根から「二つ返事」で、苦労のない生活を止めてまで一緒に上京してくれた朋友に対し、済まないとも思いながらも、無駄に怪我でもしようものなら、ここまで学びに来た事自体に意味が失われる。

 

 しかしながら、風子のような控えめな女性であっても、わざわざ英国から来た客人に対しての「礼」がある。


 勝てずともこの「私闘うでだめし」、辞退するつもりはない。あくまでも「補助系」の能力者である知衣華の参加は見合わせてもらいたいだけなのだ。

 故に、出雲から来た巫女は控えめに「宣言」する。


「私は大社の巫女”伊立風子”、遠方より来たりし魔導の巫女よ、日ノ本の巫女が尋常な勝負タイマンを所望致します」


 事態が理解出来ず、目をまんまるくしている知衣華を見ず、ニヤリと不敵に笑うアイの視線を正面に受け、風子は尚も続ける。

「もしも私が、貴女に土をつけたのなら……」

「七番目が空席だ、推薦してやってもよい」

 壇上のアイは楽しそうに答える。

 その言葉に満足そうに相槌をする風子。

 話の内容は恐らく、当人同士にしか理解できない高次な取引。


「日本は面白いな、来て良かった」


 アイは心から、今のこの瞬間を喜ばしく思った。

 その表情は、かつての友であった仲間たちを見ているようにも窺えた。

 ……悠久の彼方に存在する記憶。

 自分以外、ここにいる誰もが辿り着く事の出来ない世界の果て。

 必ずそこで待っている、アイが仲間と呼ぶ者たちの笑顔が重ねて見える。


「わ、私も! アイちゃん様に喜んでもらいます! 戦います!!!」

 ここまで空気だった雪乃が、突然話に割って入る。

「俺も!!」

「(私も)」

「アタシも!」

「知衣華も!!」


 わずかな時間であったが、クラスが一つの方向に向かおうとしていた。


……………


──今日はいろんな事がありました


 雪乃は、神崎ら上級生に伴われて、学生寮に案内をされる。

 白亜の塀の中にある一角。

 プレハブの建物である平屋の学生寮。雪乃は一番奥の部屋に通された。

「(確か、元宮さんは個室。じゃなくて、ルームメイトさんがいるはずなんですが……)」

「ビビってここに来れなくなる奴もいるし、いずれ来るのかも知れんし。ちなみに、我らが雨霧お嬢様も、嫌だ嫌だって両親様に泣きついたそうさ」

「(そんな話、元宮さんに言う事ないでしょ、神崎さんだって!!)」


 やかましい二人(直接頭に響く雨霧の声に随分慣れてきた)の声を他所に、充てがわれた部屋内を見回す雪乃。

「方角は良し。丑寅には塩を盛って……」

 旅行鞄に忍ばせてある、元宮神社特製のお清め塩を袋から一つまみ……

「お、流石は巫女さん、俺っちにも分けてくれよ」

 隣の部屋だという御堂あかりが、盛り塩用の袋に勝手に手を入れる。

「ワッチらの部屋の分も頼むのじゃ」

 廊下を挟んで反対側の部屋の住人、風子と知衣華が残りを袋ごと持ち去って行った。……盛り塩はもう一袋あるので問題はない。


──ここで新しい生活が始まる

 まるで台風のように、クラスメイトたちが去った部屋はがらんとしていた。


「夕立が来そうだな。雪乃。頑張れそうか?」


 気配を感じなかった。

 まるで影から話かけられたように、アイは雪乃の印象に構わず話を続ける。


泡沫うたかたか、それとも実を伴うか。何れもお前たちの頑張り次第だ」


 世界を真白いカンバスに帰する稲光。


 そして、堰を切ったように地面を叩く豪雨の飛沫。


 気が付けばアイ・フォルゼ・ラーツェルの姿は、自室の入口から姿を消していた。



 夕立の歌

 終わり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ