第十八話「痛い痛い痛い」
久しぶりの「スズカ」君です。
空を飛べるように
なりたくて
羽をたくさん集めて造った
色取り取りな
僕の翼
あの
この街で一番綺麗な橋の上から
自由を
手に入れるんだ
まだ見たことのない
世界を見たくて
そう
それは
風を受けて
散り散りになって行く
命の散華
むしり取られるように
巻き上げながら
翼は形を失って行く
そして
僕の命も
リーンカーネーション 輪廻の扉
第十八話「痛い痛い痛い」
僕が僕である事に気付いたのは
真っ白な天井と
真っ白な白衣を着た看護婦さん達に
囲まれていると
理解した時。
「目が、見えますか?」
??
おかしな事を聞くんだね。
当然、目があるんだから見えるに決まっている。
「対象はこちらを視認。意識もはっきりしている様です」
ざわざわと、僕の様子に一喜一憂?するような、そんな少しだけ腹立たしい彼女らの「動き」を目で追っている。
「ようこそ異世界へ」
一頻り「見世物」になった僕に、やや見かねた様に、スッキリした背丈の青年が話し掛けて来る。
年齢は高くないが、はっきりと彼がこのメンバーのリーダーである事は一瞬で理解できた。
それくらい、判断を迷わせないくらいのしっかりした眼差しを有している。
でも何?
異世界??
僕は、聞き慣れない言葉である
その異世界と言う文言に
素直に不審感を表そうと思った
けれど
声が出せない
「声帯はまだ機能を発揮できていない様です」
「見れば分かるよ小夜子さん」
青年の脇から、青年よりやや年上のような雰囲気のある女性が、じっと僕を覗き込むように近付いて来る。彼女の首すじから香る、フローラル系の香水が心地よい。
「喋る事は出来なくても……」
「どうやら僕らの言葉を理解しているようだね」
女性の言葉に割って入るように、再び青年が話を振り戻す。
「ようこそ異世界へ……便宜上、私達はあなたを竜と呼びます。卵から、文字通り孵化したあなたをその様に……」
もしも、呼び方に……
「お名前があるなら、私達に教えて下さい」
再び女性が青年に割って入る。
仲が良いのだと思った。
……仲良し??
そんな語句が頭をよぎった。
二人は仲良し。
そして、運命を共にする同胞。
そんな「想い」が……
僕の中に生まれていた。
………………
「移植手術、始めます。宜しくて?」
お祖母様は、私にいつも優しく話し掛けてくれる。
「大丈夫、大丈夫だよ」
私は精一杯、虚勢を張る。
本当は怖い。
とても怖い。
「頑張ってね!舞」
私は、先天的に、身体の多くの部位に異常が見られた。
重度の身体障害者。
生きていること自体に、疑問が持たれるくらいの。
「大丈夫、私、強いんだから」
世間一般では、母の行動に問題があったと言われている。
娼婦としての母。
その娼婦の客であった父。
私は、両親の馴れ初めなどに興味はなく。
母の過去にも特段、……意見はない。
そんな刹那の逡巡を遮るように「それ」は、運ばれて来た。
──ウニョウニョと気味の悪い「何か」──
「舞、頑張って」
お祖母様の声が、遠くなって行くような錯覚を覚える。
「お祖母様……」
私は「それ」をなるべく見ないように努力した。
……………
「ぎゃあああああ!! 痛い! いたぁあああいぃいい!!!」
ミチミチと、筋肉が千切れるような鈍い音を立てながら「それ」は、僕の中に入って来る。
「止めて!! 痛いの!! 痛いのぉおおお!!!」
あの、物乞いの生活。生きることの延長で「乙女」を失って以来の……
屈辱的で、耐え難い苦痛。
こんなにも、こんなにも耐え難い痛み!!
「助けてぇ!! 助けてぇえええええ!!!」
痛みで視界が反転する。
こんな異質な痛みを受け入れるなんて、どう考えても出来ない。
「煩いな、お前。それでも竜の子か?」
目の前で、ニヤニヤと笑いながら、時より罵声を投げかける少女。
彼女が、炭鉱の所有者であるリーザス王国に敵対している勢力の首魁。アイ・フォルゼ・ラッツェル、その人だと言う事は、人伝でかなり後に知ることとなる。
「お前の身体に馴染むようになってんだ。ぎゃあぎゃあ騒ぐな」
今、現状で、坑内爆発の煽りを受け、爆散した四肢の代わりに、見たこともない奇妙な生命体が切断面から無理に身体を繋ぎ合わせようとしている。
騒ぐなと言われても、苦痛と恐怖に声を上げずにいられない。
「ふふん、ざーーこ♪」
その様子に満足気なニヤリ笑いを見せながら、ガスっと、苦痛に呻くスズカの頭に蹴りを入れるアイ。
刹那、ローブのスリットから下着がチラリと見える(ラッキー!!今日は、水色のストライプだ♥♥)。
──精々苦しめよ、弱き竜の子
四肢から生える異形の疼きに身悶えながら、去り行く少女の声と、その背中を眺めていた。
…………
スズカさんに、市民権を
…………
「這這の体」で坑道から戻ったスズカは、先ず、坑夫組合に情況を報告した。
「よく知らせに戻ったなスズカ。其奴は恐らくリディアの上級職の魔導師。良くも命あって戻れたのものよ!! うむ、グゼも草葉の陰できっと喜んでおる……」
以前、グゼに紹介してもらった伝手で、組合に面識のあったスズカは、グゼ氏の訃報を報告する為にと、取るものも取らず、組合本部のある官舎に飛び入った。
「グゼは、儂の一期後輩でな、良く一緒に悪さをしながら、お互いの夢を語ったものよ」
目を閉じ、思いに暫し耽る老人。
……堪え切れなくなったのか、目尻に涙を浮かべる。
「グゼ叔父さんには、お世話になりました」
組合長だけでなく、グゼには友人が多いと聞く。この飯場で「過ごしやすく」なったのも、偏に、グゼから配慮があってのことだった。
スズカは、可能な限り、グゼ氏の最期を関係者に伝えたいと思った。
「で、その人の事。魔導師について、もっと知っている事を教えてくれませんか?」
スズカはぎょっとした。
先ほどから、組合長と二人きりで会話をしているとばかり思っていた。
「え?! 彫像さんが喋った!」
部屋に香っている高価な香水も、組合のインテリアなのだろうと高を括っていたスズカは、その香りの正体が見目麗しい、部屋を飾っている「女性像」からしている事に大きく驚いた。
「あはははは」
「スズカ〜! この阿呆!! こ、こちらの方をどなたと心得ている!!」
組合長が血相を変える。
その様子を手で制す、女性像さん(笑)。
「我らリーザス王国の第一王女、アレイシア・リーザス様であるぞ!!!」
「!!!!!」
スズカは、組合長の言葉が終わるや否や、文字通り転げ落ちるように、自分が座っていた椅子から平伏する。
「あはは、面白そうなお嬢さんね、ふふ、良かったら貴女の事も、詳しく教えてくれませんか?」
白磁か漆喰か、アレイシアの真っ白な頬に赤みが差す。
女神像のような第一王女は、確かにスズカに興味を持った様子に見えた。
そこのあなた(様)、点数を入れて行って下さいませ。
さもなくばスズカ嬢が、大久保の夜街で客を取らされてしまいます。




