外伝「メリアの歌姫①」
小生の聖書「グインサーガ」にも、たくさんの外伝が出ていますね。
物語の辻褄を整えるのに、この「外伝」と言うものは、本当に有り難い存在です。
お母さんは強かった
僕たちの故郷へ侵入した敵兵たちを
まるで羽虫を手で払い除ける様に
難なく
幾度となく退けたんだ
そして遂に
母さんの奮闘に呼応して
長く他の竜族と仲違いしていた土竜さんたちが参戦
メリア皇国の後方を撹乱してくれたお掛けで
母さんたちの兵隊さんたちは大挙して海峡を渡り
メリア皇国の南方の要
ラスワンヴェイ要塞を占領する事に成功しました
そこから十数年の間
要塞は僕たち竜族が統治する事になりました
これは
その要塞を取り返す為に苦心した女性たち
メリア皇国の「歌姫」と
その親衛隊である「コーラス隊」のエピソード
本来なら世に出ないはずの物語
リーンカーネーション 輪廻の扉
外伝「メリアの歌姫①」
「カーミラちゃん、どこかなぁ?」
見渡す限りの見事なる赤色。
ここは、とある有力者の邸宅にあるバラ園。
ちょうど、成人の胸辺りに届く程度に整えられたバラの木には、零れ落ちそうなほど見事な花弁を広げたバラの花たちが、文字通り競うように咲き誇っている。
「カーミラ、愛しいカーミラ。お姉ちゃんだよ」
その花々に負けじ劣らず咲く、一輪の大輪。
「うふふ、ここかなぁ?」
美しいプラチナブロンドと、絹のような肌。
ガーネット色の双眸と形の良い唇。
シルク地の青い、メリアの民族衣装。
ツーピースに似た、動きやすそうな装いを涼しそうに着こなしている。
見目麗しい成人女性である彼女が、バラ園の木々に隠れた妹を探している無邪気な様は、まるで天国で戯れる女神そのものの様に映り、ここが本当に現世かと見紛うことであろう。
「みーつけた」
探し人は、庭園のベンチの後ろに隠れていた。
見事な程に「頭隠してお尻隠さず」であった。
私のカーミラ
栗色の髪と、栗色の瞳
とっても小さな女の子
そして
その可愛らしい二つの眼で
悲しい涙を
たくさんたくさん流してきたのね
だから
私が世界で一番
貴女を幸せにしてあげる
メリア政府の戦災孤児救済計画の一環として行われている「里親制度」。
カーミラは、正しく竜族に奪われた南方、ラスワン地方の出身であり、同地域の撤退戦を指揮した騎士団「白銀騎士」三番大隊長たっての要請により、カーミラはこの邸宅の新しい家族となった。
竜族の反抗戦は苛烈であり、特に「非情の赤竜」とメリア側が仇なす竜族の首魁が一、レッド・ドラゴンが放ったアトミックブレスは、カーミラの生まれた土地を人族が住めない荒地へと変えてしまった。
「きゃあ! お姉ちゃん!」
見つけられた事に、嬉しそうな悲鳴を上げる少女。
さらに逃げようとする彼女に回り込んで「通せんぼ」する。
カーミラは、ここに来て漸く一年近くが過ぎた。
最近は食事もちゃんと摂るようになって、以前のような痩せ細った身体ではなくなり、元気いっぱい。
……姉に構ってもらえる事をまるで、至上の喜びにでも感じているようだ。
「カーミラに何かようかしら? ヴァゼリアお姉ちゃん」
淑女になる為に行われる養成講座然に、恭しく首を垂れる妹。
釣られて礼を返すと、隙アリ!と逃げてしまうので、姉は、そのカーミラが取る可愛らしいカーテシごと両手でいっぱい最愛の妹を抱きしめた。
「お母様が?」
カーミラは、小さな小首をコクンと傾けた。
「カーミラ、まだ悪戯してないよ」
ベンチの後ろに隠してあった青色の染料。
思うところ、カーミラ作の「青いバラ」の材料か……
「私たちにご用事があるそうです。一緒に行きましょうカーミラ」
にっこりと微笑みかける淑女ヴァゼリア。御年十七歳。まさに花も恥らう天使なお年頃。
「まだ何もしてないよ……」
不安そうに小さな眉をしかめるカーミラ。
屋敷に来た頃は、良く母に特別な「教育」を施されていた。
最近は家の者に「それ」は引き継がれてはいるが、天真爛漫に育てられた南国の少女には、時折見せる母の神経質そうな眼差しが怖い。
居辛さを感じた時は、一人庭園の隅でぼんやりと南方の空をながめていた。
そんな様子を幾度か目にするうちに、姉は心から妹の力になりたいと思った。
ヴァゼリアは皇国の所謂「歌姫候補」と呼ばれる一人であり、実はけっこう忙しい身の上であった。
然しながら、頼る者もなく、ここで生きて行く事を強いられているカーミラの事を不憫に思わぬ事はなかったが……
「ごめんなさいカーミラ、私、ちゃんとお姉ちゃんするね」
起床時間を守れぬカーミラが、いつもより厳し目な「教育」を受けたその夜、コッソリと邸宅を抜け出そうと……
したものの、不審者避けの意味も備えたバラ園のトゲで、言葉通り、血塗れになった状態で発見された。
ヴァゼリアは、人任せであった妹を思い、恥じた。
それからは、侍女たちに遠慮せず、積極的に妹の私室に顔を出すようになった。
「お姉ちゃんに見て欲しいのがあります」
未遂の脱走事件から三月が過ぎた頃、カーミラは姉の手を引き、庭園の北側にある庭師の詰め所を案内した。
「誰もいないから大丈夫」
以前であれば、住み込んで庭の手入れなどをしている庭師も居たらしいのだが、今では余り人が寄り付かない場所になっていた。
「これは……」
ヴァゼリアは絶句し、涙を零す事を禁じ得なかった。
詰め所の外れにある低木。
恐らく、この場で寛いでいた植木職人たちが「戯れ」で植えていた一角。
「青いバラ、南方原産の。こんな所に……それと」
木製のイーゼルに立てかけられた一枚の絵。
「お姉ちゃん、ありがとう」
拙い肖像画。
でも、一生懸命描いてくれたのが分かる一枚。
「ラスワンちほーのお花言葉で……」
カーミラの説明が終わらぬうちに、飛び込む様に妹を抱き締め姉。
「終身の絆ね、そうよね」
止めどなく溢れる涙をすすり、強く最愛の妹を抱き締めるヴァゼリアだった。
………………
「ミラージュ様が敗れました」
母は、明らかに不機嫌であった。
「口惜しいかな、現在はリディアの虜になっていると言うことです」
二人の母たる、シルヴァイア子爵夫人は、直情型の元女騎士であり、皇国の白銀騎士団に所属した時期もある、自他共に認める「女傑」であった。
「私が自ら戦地に赴けないのがまた……」
膝に矢を受ける。
毒矢であった為に、左足ごと処置をするしかなかった。
二度と戦場に、戦友たちと共に轡を並べる事は出来なくなった。
「ヴァゼリア、カーミラ、良く聞いて頂戴ね」
母は無念な胸の内を語り始める。
ミラージュ様。
皇国の第一皇女であり、元シルヴァイア夫人の同期の騎士でもある。文字通り、幾つもの戦場を駆け抜けた夫人の「戦友」である。
「ナイア様が親征の準備をされています」
まるで、遠くを見ている様な引き締まった双眸。
夫人は今尚、戦場に立っているのかも知れない。
「お願いだ、二人とも。母の友人を取り返してくれ」
姉の奪還をと声を上げたナイア皇子は、未だ十歳に満たない。
政治的な何かを感じなくもないが、すでに計画は発表されている。
「近々、ヴァゼリアには歌姫としての正式な叙任があると思います」
目を閉じ、何かに思いを馳せる様な「間」のあと、思い切った様に口火を切る元騎士。
「カーミラにも従軍してもらいます。そのつもりでいなさい」
唐突な母の言に、凍り付く姉妹。
「ははは、ビビるんじゃない。それでも我が家の子か?!」
両手で、硬直する姉妹の肩を同時に叩いた。
「何も、魔女の首を取って来いとは言っていない。楽勝だよ」
かつて、戦場でたくさんの友を癒やした豪放さで、子らにも激を与える。
「時間もある。精々しっかりと準備をするように……」
母は、カラカラと笑いながら、私室に退出して行った。
……………
「カーミラ、お歌は余り上手じゃないよぉ」
歌姫になる。
それは、一軍の旗頭になる事を意味し、長く戦場に従事する兵士達に癒しと、助言を与える存在となる使命を帯びる。
「うふふ、大丈夫よ。お姉ちゃんがお歌を頑張って勉強するから」
後に、空から贈り物と呼ばれた、リディア聖国の砲台を沈黙させるに至った彼女の「壮行歌」は、まだこの時は冗談にも存在しない。
「新しい先生が見てくれるそうですよ」
不満げに頬を膨らませている妹を優しく撫でる。
「どんな人が来るのかな」
約束の時間は午後の二時半。
お気に入りの帽子と、水色のブラウスを引っ張り出してきた。
「いい先生だといいな」
カーミラの小さな胸は、緊張から、震えるように小刻みに動いていた。
せんせい あさからおはようです
私はねるので さよーなら
あさひは私のよーぶんですから
カーテンを少し開いて
おへやに光を入れて
お天気が赤くかわるまで
ゆっくりゆっくり過ごします
おかーさんが
コラって言っても
おふとんバリアで たいこう(対抗)です
「あらあら、可愛らしい歌声ねん」
「??」
カーミラが、聴きなれないバリトン・ボイスに振り返ると……
「みぎゃあ!! せかいが夜になったぁああ」
いきなりカーミラの視界が無くなってしまったのだった。
「うふふ、ユリア先生の“特製ご挨拶”、気に入って頂けましたかしら♪」
ふかふかでいい匂いのする。
「……お母様」
「あらあらあら」
自身の胸元が染みるのが理解出来た女教師。
彼女は知る由もない、カーミラの実母も、実はこうして娘をあやしていたのであった。
キュッと腰元のブラウスを握りしめ、うえぇえと咽び泣く教え子に、一番最初にするユリアの授業はカーミラを泣き止ませる事であった。
ほんのちょっとでも「いいね」と思われましたら……
点数。どうか入れて行って下さい(一点だっていいんですよぉ)。




