第二話「異界、世界」
第二話アップします。
スズカ君への応援と、作品への点数、宜しくお願い致します。あさの
わたしの嘆きを聞いてください
冷たくなった
我が伴侶
半身を失う意味と有り得ざる苦しみを
わたしの涙を拭いて下さい
手を離せば
永久に消え去る
あなたの思い出と
この両手に残る温もりとを守り続けたいから
リーンカーネーション 輪廻の扉
第二話「異界、世界」
「我は其の嘆きを理解する者なり、暗き闇夜の下で、永遠に永遠に妄執の糸を紡ぎ……」
坑道の奥深く、むにゃむにゃと独り言のような「詠唱」を行う少女。
暗い鉱夫だけが徘徊を許される世界に在る、明らかに異質で場違いな存在。
場違いと言えば、彼女が着ている真紅の魔導服。「ローブ」と言えば理解出来るだろうか。
普通であれば、たっぷりとした長めのコート。
その上、大きなフードが付いて、必要に応じて目元、口元を隠す事が出来る黒装束が「お決まり」の衣装なのだが……
彼女が着ているそれは、やや様相が異なる。
「めんどくさ、何でアイちゃんがこんな事を!」
その派手な色だけでなく、各所に可愛らしい花やら、動物やらの刺繍が縫われた上着と、スカート部に大胆なスリットが入った悩ましい(?)デザイン。
その、スカート部からのぞく白い左脚を恥ずかしげもなく振り回しながら「地団駄」を踏み、「キレる」赤髪の女導士。
「調査だけって言ったじゃない!!!」
周囲には誰も居ない。
坑道に居るのは「アイ」と自称する彼女だけなのだが、彼女はまるで、舞台に立って演劇でもしてるのかと思うほど大きな声で一人で喚き散らし、辺りをトコトコと歩き回っている。
「ぐぬぬぅ、みてろよおお!」
激昂する「感情」は多分、彼女自身のモチベーションの問題がほとんどだと思うのだが……
実際には、彼女がこれから行う事、「魔導の生成」にも影響を及ぼす効果がある(らしい)のだ。
──我が名、アイ・フォルゼ・ラーツェルの格を以って、この地に異界へ繋ぐ回廊を誂える!!
右手を真っ直ぐに挙げ伸ばし、坑道の奥深くの闇を掴む様な動作。
左手には、リーザスの調査団を消滅させた魔導具。
高位の魔導士にしか所有を認められない、タンバリン。楽器の姿を模した「戯器」と呼ばれる存在。
それ(以下、普通にタンバリンと称す)をカチカチと震わせて鳴らしながら、身体を左右に軽くステップさせている様は、それこそまるで演劇、歌謡の様に……
「我は悲しみを知る、我は憂いを知る、来れ異界の淑女よおおお!」
リズミカルに魔導の詠唱を高めて行く。
これが、リディア聖国に生まれ落ちた天才。
リディア七公家の長、ラーツェル家の魔導!!
「来たれ!!!」
アイは右手を振り上げる。
その動作に応じる様に、坑道内部は大きく揺れ、「おおおおお」と、まるで生命のある空間の様に吠える。
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「スズカよ、ところでお前さんのそれは何なのだ?」
グゼは自分の得物を使った「演舞」をスズカに見せた後、彼女が抱きかかえている、スズカの背丈より長い木製の棒を指差す。
「ああでもそう言えば、チビの寝床の脇に立て掛けてあったな、物干し竿か」
毎朝スズカを起こしていたグゼは、思い出した様に一人で合点した。
坑道に下りる前に、色々と準備をしておきたいだろう。
スズカは女の子である。
身の回りを整えておきたいのだろう。
下着くらい新しい物にしたいよな……と。
「これは僕の守り神なんだよ」
グゼ翁の一人合点に構わず、スズカは頭の上で、グルグルとそれを回して見せた。
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「下着くらい、新しい物を買ってやる」
「良かったな竜人。俺たちゃ優しいからよぉ、へへへ」
兵隊の宿舎や、傭兵相手に食事を出す食堂は通常、残飯を専用のドラム缶にまとめて出し、養豚業者がロバ車を曳いて回収に来る。
腹を空かせたスズカが「それ」を狙って、他の浮浪児達と一斉に、食堂の勝手口から出された残飯に殺到する。
「食い物だ、まだ温かい」
「急いで口に入れろ! 見回りが来る」
浮浪児達は我先にと、残飯の入ったドラム缶に手を伸ばしている。
「僕にも僕にも!!」
背丈の大きくないスズカは、ドラム缶の中を覗き込むので精一杯。
肉が付いている鶏の骨を目の前で、他の浮浪児に横取りされた。
「返して、僕のだよ!」
「ふざけた事言うなよ、これは俺のだ!!」
普段は軒下などで、共に肩を寄せ合い、暖を取り合う間柄であったとしても……
事、食べ物の取り合いに関して言えば、言わば敵同士。
「返して!!」
「触るな! お前はこれでも喰らえ!!」
男の浮浪児から突き飛ばされて、そのまま後ろに倒れ込むスズカ。
……飛ばされた弾みで、強く頭を打った。
「!!!」
(逃げなきゃ……)
チカチカとする視界の隅に、数人の衛兵が見て取れたが、スズカは立ち上がる事が出来なかったのだ。
「ほうら、綺麗にしような」
スズカの意識が、だんだんはっきりしてきた。
「髪も洗ってやる、お、赤毛なんだな」
泡の立つ洗い粉でグリグリと、まるでジャガイモを洗うかの様に、髪の汚れを洗われる。
「ほれ!」
そして、盥に張った温水を頭から流され……
スズカの、本来の艶のある髪が、室内の電灯にキラリと映える。
「!!!」
そこでスズカは、完全に醒めた。
天井の高い部屋の中に、居並ぶ屈強な男達。
恐らく最後の視界で見えた、自分を捕らえに来た衛兵達の仲間であろうか……
「あ、あの」
スズカは反射的に、自分の身を案じた。
残飯の回収は、食堂と養豚業者との契約で行われている。
掠め取れば、勿論有罪となる。
「ようこそ、ウルザ海軍の宿舎に、残飯泥棒のトカゲちゃん」
自分の身体を洗ってくれた男が、口元を歪め、にいっと笑う。
……スズカの故郷はリーザスではなく、リディア聖国のある北カンザス地域の西の辺境。
西方諸国と呼ばれている、小国家が群生している地域の一つである。
(これ以降、物語に登場する事はなく、名前を敢えて覚える必要もない)
「ウルザ海軍?!!」
その名を聞いて、ようやく暖まり始めたスズカの肌は、まるで氷点下の世界に放り出された様に、身体中の皮膚が全て一瞬に「鳥肌」変わる。
ウルザは北カンザスと、カンザス大陸と対をなす「アメリア大陸」との玄関口。
かつては、自由港ウルザ国と言う独立地域であった。
泣く子も黙る「海賊ウルザ」とは、彼等の二つ名である。
「あのあの、僕、僕! 何も持ってません!! どうか命だけは!!!」
そう、早口で言い逃れを試みるスズカであったが、自分を眺めている男達の視線に、異質な物を感じた。
「……僕、嫌です」
にじり寄る屈強な男達を前に、スズカは弱々しく、そう口を開く事しか出来なかった。
お立ち寄り下さり、ありがとうございました。
ほれ、スズカ……
「スズカ、からだ張ってます(赤面)!!次回も読んでね!!」