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リーンカーネーション 輪廻の扉  作者: あさのてんきち


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第十二話「故郷を目指す少女」

 私たちの住まう銀河系より、気の遠くなるほどの彼方にあるネフテゥール星系。

 恒星を中心とした「陽光」の存在する星の繋がりとして、太陽系と割と酷似したその環境下において、かつて私たち人類より高度な文明を持っていながら、星系内の内戦により、その歩みを止めてしまった星々の連なり。

 長きに亘る停滞と退廃が、星系全体のストレスとなり続けている環境。

 そこから抜け出したいと願う、生命活動を行う全ての者の願いは「星からの脱出」であったのだが、資金的、資源的な問題がスムーズにクリア出来なかった彼らは、幾度か挫折を経験した。


 あの頃は良かった

 あの頃に戻りたい


 自分らが環境を破壊しておいて、誠に見上げた根性ではあるが、多くの科学者たちが研究と試験を重ね、遂に、低コストと言えなくもないレベルまで下げた「宇宙移民船」が完成する。

 星系内の資源採取が主なであった輸送船を改良して、航続距離を延ばす事に成功したのだった。


──空間をたぐり繋ぐ

 さながら「糸巻き機」のように

「全ての物は一つに戻りたい」と言う、物質回帰論(※)を礎に

 宇宙そらに瞬く星々の海を泳ぎわたるのだ──


 船に搭載した人工知能が「糸」、或いは「綱」と呼ばれた星系間の繋がりを見つけ出し、それをなぞるようにして「跳ぶ」。それを星間跳躍航行(通称「ワープ」)と人々は呼んだ。

 

 新天地を目指し、重力を離れた数多の船が、未来を目指し宇宙を行く。


 無人の船

 有人の船

 そしてさながら

 冷蔵庫の様な「生命の種」を満載した船


 様々な方向からアプローチを試み、渋る民衆から税を巻き上げては新たな移民船団が出港する。


 ………………


 然しながら、そのような、途方もない時間を要し、宇宙を彷徨い続ける試みにも「飽き」がやって来る。

 輸送船のほとんどが、その目的を果たせなかったからだ。

 当然、内戦は再開され、一度は見た夢も希望もなくなったかに見えた。

 けれども、神はいたのだろうか

 内戦の最中、テアステル本星の「王都」において、従来より遥かに短時間で、長距離間の「行き来」を可能とした超理論スーパーりろんが誕生した。


 そう、まるで悪戯にように歴史に登場した新技術。


 しかし、それがその後、やはり多くの移民船を就航させる事に至った原因とはなるが……

 擬似地球圏テアステルと太陽系との間で生まれた奇跡的な交流。

 僅か数十年ではあった、門を通じた人の流れ。


──そしてそれが、この物語の始まりになる──




リーンカーネーション 輪廻の扉

第十二話「故郷を目指す少女」



 日本の関東エリアに突如として現れた「門」。

 それは、何超億光年も離れた異星人が作成した技術の粋。

 然しながら、門の出現場所が余りに辺鄙な場所であった為、地球人類(以下人類)と異星人(以下異人)との出会いは数年間のいとまがあった。

 環境への対応に優れた、獣人系の異人たちが先遣として門をくぐった為、異人を発見した人類側に、ある種の誤解が生まれてしまったのだ。

 様々な逸話のある地域性の為、人々がそれらの物語に出てくる妖怪などと混同視し、先遣隊の存在が確認された後も、山に住む「山神様」であると定め、異人らが、入植地として作った村も「黙認」を決める。

 村に足を向ける者はなく、首都からたまたま水質の調査に来たエンジニアによって事態が明るみに出るまで、部外の者が異人の存在を伝える事はなかった。

 

 所謂、先遣隊の「獣人族」が門を潜ってから更に三年。場所は日本の首都東京。

 江戸時代の有名な絵描きが生活をしていた地域として、その名前を頂いた両国のとある通り沿いに一軒の道場があった。

 師範は、その道の人間には著名であっても、その名は部外者には分かりようもない。

 また、時代なのか「フルコンタクト空手」等という粗暴者の養成機関などに籍を置こうと思うおとこ達は、年を追う毎に減少している傾向である昨今。


 少女は、ガラス越しに稽古を見学していた。


……実際には師範が弟子を虐めているようにしか思えない、その「荒行」を真剣に眺めている。

 バシイバシイと、通りを歩いている帰宅者達の耳にも飛び込んでくる、肉を拳で「突く」打撃音。

 彼女以外の通行人は皆、苦虫を噛むような顔でそそくさと足早に通り過ぎてしまう。

 一頻り行われた「荒行」は、最後に「型」の稽古で締め括る。

 鍛え上げられた拳士らは、師範の号令の下、一糸乱れぬ動作によって、その苦しい稽古を終える。

「美しい」 

 少女は思わず、心の声を口から出てしまった。

 確かに、彼らの稽古は、その時代に合わない程、余りにも見事であった……

 ものすごい程の運動量でありながら、稽古後に自主練を行っている拳士もいる。


(決めた!)

 彼女はもう、我慢が出来なかった。

 他の通行人等が驚くほどの大きな音を上げ、道場の横開きのスライドドアを開いた彼女は、玄関の前でまた周囲を驚かすほどの声で希望を述べる。

「空手を教えて下さい!!!」

 不思議と、拳士達は一人として驚いた表情をしていなかった。中には、露骨に口角を上げて、笑いを堪えている者もいた。

「ここは女人禁制だよ、異人のお嬢さん」

 しっかりと身なりを人類に合わせて、文字通り尻尾を出さずにいた彼女であったが、リーダー格と思しき男性に苦言を呈される。

 自分が異人だと見透かされてしまったのだ。

「あんたに用はない、おれはそこの男と話したい」

 異星人ネフトゥーリアンであると分かると、入室を禁じる施設もあり、世間には違う世界から来た彼女らに対し、差別もある。

 然しながら、彼女自身は何らそれらの慣習に臆した様子はなく、また、彼女らの世界に男女を隔てる習慣は元から存在しない。


「俺の事?」

「そうだ、あんただ」

 道着を着替え始めた拳士たちの中で、先にも触れた、未だ稽古を続けている青年に向けて少女は、ビンっと指を指し示す。


「組手をしろ。約束なんたらではなく、真剣勝負だ」

 靴を脱ぎ、上着を脱ぎ捨て、文字通りズカズカと道場の板の間を向かってくる少女に、青年は今まで行っていた「巻き藁」への稽古を中断し、ゆっくりとその相手に身体を向けた。


「いいよ、いつでもどうぞ」

 青年は構える訳でもなく、向きを正面に変えただけに見える。


「後悔しろよ、馬鹿」

 その姿に一瞬だけ不愉快さを感じたが、次の瞬間少女は……

 瞬足の踏み込みで突きを放つ、所謂「順突き」である。


 ここまで書いて、理解されているか否か?

 彼女は獣人族の異人であり、身体能力は通常の人類を遥かにに上回っている存在。

 見た目はどこにでもいそうな小娘であったが、筋力くらべなら大人三人程度なら軽くいなす……

 その様な「怪物」であった筈だが。


「お、良いね」

 身体を少しだけ丸め、その瞬足を載せた拳を胸で受ける青年。

 特に驚いた様子もなく、次に来るであろう、その一撃に目だけで追う。


「どうだ!!」

 左の拳で逆突き……

 と、見せかけて身体を捻って、背後からこれまた猛スピードの蹴りを持ってくる。

 言わずと知れた後ろ回し蹴りである。


「ほらよ」

 ふっと、身体を沈めた青年は、少女の脚に手を伸ばす。

 本来であれば、足払いで応じる筈のその動きに対し、ゆっくりと、まるで、落ちている物でも拾うかの如く緩慢な動きでそれを行う。


「あああ」

「捕まえてしまったぞ」

 少女の脚はひんやりしていた。

 猛烈な動きの連続にある筈だが、彼女の体温は上がっている様子はない、それすらも獣人族たる由縁なのだろうか。

 

「この野郎!」

 軸足を制された無理な体勢から、残った脚で踵落しを狙う少女だが、それすらも青年に読まれていた。

「よっこらしょ」

 間合いを詰め、振り上げた脚の動きを殺す。

 余りに「はしたない」姿になってしまった少女。まるで、青年の身体を使って開脚をしているかの様だ。


「そこまでだ」

 道場主が奥の間から顔を出してきた。

 そろそろ戸締まりの時間だと、言いにきた体であったが……


「うちで稽古をしたいなら、サラシを巻いてくるなりしてきなよ」

 後先考えずに、がむしゃらに攻撃を続けた少女の着衣に苦言を呈す。

「それと別に、うち、女人禁制とかじゃないからな」

 ニヤニヤと笑っている門下生たちをジロリと睨む道場主。


「あ、ありがとうございます」

 道場主の顔を見るなり「女の子」に戻った少女は、照れた様子を見せながら、道場主に感謝を述べる。


「地球人って、弱い人だけの集まりだと思っていたんだ、けど、ここは違うんだね」

 改めて道場を見回す少女。

 門下生は決して多くないが、皆、良い顔をしている。

 彼女は、自分の選択が間違いでない事を肌で理解した。


「よろしく頼んます皆さん。おれ、サーシア。サーシア・ファティーリアって言います」


 異世界において、徒手無双と呼ばれた拳士サーシアは、まだ、その産声をあげたばかりであった。


※物質回帰論 ビックバンによって生まれた世界は、一度は広がりを見せるも、いつかはその本来の姿に戻る為に行動を始めると言う、異星人達ネフトゥーリアンが支持している理論。

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