第十話「アーセナル戦役」
今日も気持ちいい朝を迎えました
窓を開けて新鮮な空気を部屋一杯に
お母さんがもうすぐ朝ごはんを作ってくれる
とっても美味しい朝ごはん
ああ
本当に
お山さんが守ってくれる毎日は
僕とお母さんをこんなにも幸せにしてくれる
リーンカーネーション 輪廻の扉
第十話「アーセナル戦役」
「お兄ちゃん、来ちゃったよ? ずっと帰らないなんて、嫌だよ!!」
たくさんの竜騎兵たちと、話し込んでいる兄さんに、身体ごとぶつかって行った。
「おほおおお。スズカ、本陣まで来ちまったのか?」
優しく僕を撫でてくれた。大切な僕のお兄さん。
ぐずる僕の髪を優しく撫でてくれる。
「ははは、スズカは本当にママに似て綺麗になったなぁ」
兄は、私の赤髪を愛してくれた。
母さんと同じくらい綺麗だって。
「直ぐに終わらせるよ、一人だってこの海峡を渡らせはしない」
お兄さんたちは、僕たちが住まうアーセナル大陸の最北端。
人が住まう大陸。外国であるメリア大陸を海峡越しに眺める事が出来る高台に陣取っている。
「見てみな、スズカ」
お兄さんがはるか先の海原に手を振る。
オオオオアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオ!!!!!!!
兄に答える、大地を揺るがす咆哮。
この星が生まれた時から生きていると言われている、大海竜ヴェルヴェデール。
海底から一気に浮上して、大きな波間を作り、その大島の様な巨大な姿を見せる。海鳥たちが狂った様に、ちぎれる様に辺りを飛び回っているのが見える。
「スズカ、叔父貴に手を振ってあげな」
ひょいっと、僕を肩車をしてくれるお兄さん。
僕には見えないんだけど、海竜様は僕を見ているのだと言う。
アアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン!!!!!!!
先よりも大きく、大気をビリビリさせるほどの咆哮が返ってくる。
後で聞いた話なのだが、ヴェルヴェデール様は盟友の孫に当たる僕を見てみたかったのだと言う。
何故か、涙ぐんでいる竜騎兵さんもいたのが、当時は理解出来なかったのだが、ヴェルヴェデール氏は盟友である「お祖父様」を守れなかった事を悔いているのだとも聞かされた。
そう、僕のお祖父様を人族が討ち取った先の戦を「先・アーセナル戦役」と言う。
そして今、お兄様たちが海峡越しに対峙している人族の群れを蹴散らすのが「後・アーセナル戦役」になる筈であったのだ。
…………
人と竜人族は、古来より仲が悪い。
人に火をおこす事を教えたのは竜。
人に井戸を掘る事を教えたのも竜。
人に風車を作り粉を挽かせたのも……
石垣を作って野獣から身を守るのも……
ありとあらゆる生き方を教えたはず。
人側がどう言い訳しようと事実なのだ。
だから、その教わった側が刃向かう等と、恩知らずも甚だしい。
確かに竜族に思い上がりがあったのだ。
いつも人を虫ケラなどと同じ目線で見ていたのだから……
…………
この星は奇跡が大好きだ。
理論上、一つの時代に集まる訳のない、リディア聖国の七魔導師と、その生い立ちからリディアと手を組むはずの無い、メリア皇国の白銀騎士団とをまともに引き受けたお兄様たち。
結果、竜騎兵はその殆どが絶命し、海竜様は魔導師たちの七乗魔導と言う、彼女らの奥の手により沈黙。
辛うじて、兄様は後事をリュミス母さんに引き継げただけ。
そのまま兄様は、傷の予後が不良で、旅立ってしまいました。
精々が、国境沿いの小競り合いと見ていた、お兄さんたちは、その判断ミスを命で贖ったのだった。
…………
「お母さん、行っちゃ嫌だ」
僕はお母さんの袖を引いた。
この袖を離したら、お母さんはあそこに行ってしまう。
そんなの絶対やだ、絶対嫌だ!
「ワグナス、少しだけ待っていて」
母は厳しい戦乙女然の表情から一転して、母の顔に戻って言った。
「スズカ、お山さんに今日の祈りを捧げましたか?」
怒っている様子はなく、諭す様に私に告げる。
「……まだ。でも」
それが一体、何になるんだろう。
僕は、そうお母さんに問いたかった。もっと大事な事があるのではと……
そんな表情をしていたのだろう。
僕の気持ちが顔に出ていたのだろう。
「スズカ、信仰を諦めてはいけません。それは、必ず貴女を守ります」
そして、いつか……
あの日、確かに母は言った。
もう一度、皆で、もう一度暮らせる事が出来るから……と。




