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リーンカーネーション 輪廻の扉  作者: あさのてんきち
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第一話「目覚め」

はじめまして皆様。あさのてんきち、と申します。

突然ですが、一緒に旅を始めましょう!!

宜しくお願いします。あさの

人はなぜ生まれてくるのだろう

人は何を為すために生まれてくるのだろう


私は知りたい


日々の流れ

それは

まるで早足に流れる濁流のように

伸ばす手を振り払い過ぎゆく時間のように

容易に失われてしまう真実たちの在処ありか


私は見つけたい


この袋小路のような

停滞した空間そらの中で

もがく事の意味と

抜け出したいと思う事が導く結果


良く言われる「努力」が生み出すはずの未来と

その描かれた色彩とを




「こんな所にいましたのね、探しましたわ」

 城下町の目抜き通り、リーザス大通りから二本ほど裏に入った宿屋街。

 老朽化した建物群の間を曲がりくねって旧街道に繋がっている、木賃宿きちんやど通りと名付けられている安宿やすやどの並ぶ一角。

 その中でも、ならず者たち相手をわざと選んで商売をしているのではないかと思う、小汚こぎたない一杯飲み屋。

 その店先で、果物か何かの木箱にどっかりと座り、鶏の腿肉ももにくを歯並びの良い口元で噛みちぎりながら、声をかけられた方向に首だけ振り返る人物。

 頭の後ろで結わいた、竹箒ほうきみたいな灰色の髪と、それが乗ってる「ばか広い」肩幅。

 まるで、熊か何かを思わせるような、立派過ぎる容態がたいの女が一人。


「おぅ、あんたか」

 一度目が合えば、もうそれだけで興味がないかのように食事に戻る。

 愛想のない返事と、バリバリと軟骨を咀嚼する音が響く。


「ほい、焼き上がったよ、お嬢さん」

 左足の悪い、少し人相の悪い店主が、明らかに慣れてない愛想笑いと、皿に盛られた作りたてアツアツの料理を持って来る。

 香ばしく薫る(タレ)で、色よく焼き上げた豚バラ肉の上に、ふんだんにスパイスがまぶしてある。

 食欲をそそる匂いが、あたり一面に広がっていく。


「座って食え、姫さんよ」

 そう言って、女は自分が座っている右脇の木箱を指差す。


「うふふ、ご相伴しょうばんに預かるわね」

 姫さんと呼ばれた女性は、大女の指し示した木箱にちょこんと座り、テーブルを一瞥する。


 取り分けられた小皿には、鳥や豚肉だけでなく、川魚を塩をまぶして蒸した物や、キノコに挽肉を添えて焼いた物、野菜と羊肉をトマトベースでドロドロに煮込んだスープなど、色とりどり……という感じではないものの、どの料理も夕飯の主菜を担えるような、しっかりとした料理達が並んでいる。


「美味しそうね」と、お姫様。

「ああ、まあな」と大女。

 実は、この界隈では名物を出すと言われていて、周辺の治安の悪さも構わず、休日には行列まで出来る繁盛店である。味は折り紙付き。


「……王女様の口に合いますかどうか」

 店主が照れ臭そうな顔をしながら、もう一皿持って来た。

 この店の名物、鳥レバーと香草の炒め物である。

 濃厚な味わいのレバーに、食欲をそそるクレバーと呼ばれている、しゃきしゃきと歯応えのある、セロリに近い香草を合わせて炒める。ピリ辛の味付けが人気だ。


「バレバレだなお姫さん」

「別に隠してなんかいないもの」

 茶化されて、ちょっとだけ頬に赤みをのせた、絹のように透き通る白い肌。

 まるで、金糸で編み上げたような、繊細で流れるようなブロンド。

 そして、澄み切った冬の晴天を思わせるような、ライトブルーの美しい瞳と、紅を引かずとも艶やかに整った桜色の唇。

 木箱に腰掛けた姿でさえ、女神そのものの姿に見せる「完成された」女性像。

 誰しもが遠目でも気付く程の品を備えた。高貴な一つの存在。。


「どうぞ、お熱いうちにお召し上がり下さい、王女様」

 世界に名立なだたる尚武の国家、リーザス王国。

 アレイシアはその一番上の第一王女。

 その美しい高貴な外見からは、簡単に想像出来ない気さくな性格が、リーザス国民の強い支持を得ている。

「ありがとうございます。いただきますわね」

 店主に勧められ、運ばれたばかりの肴に、取り箸を伸ばすアレイシア。

 貴賤にとらわれず、自分への好意に素直に応じれる様は、実は「王族」と呼ばれる人々の中では、なかなか出来る行為ではない。


「ははは、第一王女アレイシア。お姫様ですから~、様付けでお呼び致しましょうかねぇ~」

 炒め物と一緒に運ばれて来た、温めた白酒をグビリと喉に落とし、からかい口調になる大女。

 人を寄せ付けない剣呑な様相から、懐っこい雰囲気に変わり、口角をにんまりと上げながら、なみなみと盛ったさかずきをアレシアの前にズイと突き出す。


「よしてよ、マイ。それなら、私もウェネヴァー卿と呼ばせて戴きますわよ」

 大女マイは、アレイシアとは生まれが違う。

 故郷は北の大地に在り、かつてはカンザス大陸の唯一の支配者であった、リディア聖国の出身。

 聖国七公家の一つ、ウェネバー家の一人娘。


「いい飲みっぷりだ、流石は我が友アレイシア」

 燗酒とは言え、アルコール度数の高い酒をまるで水を飲む様に、軽く喉に落とし込むアレイシア。

 お代わりを求め、空いた盃を今度はマイにズイと突き返す。


 実は、リーザス王家の人達はみな、底抜けの「うわばみ」だと知られてはいるのだが、間近でその見事さを目の当たりにした店主は、慌てて厨房に戻った。

 まるで剣技の手合わせの様に、差し合わせる手と手。

 満たされた盃が、二人の口元に、香ばしく燗をした白酒をするりと呑み込ませて行く。


「おお、二人ともなんて酒豪姫。天晴れ天晴れ!」

 店主は嬉しそうに、いそいそと追加の徳利とっくりを温め始めた。




リーンカーネーション 輪廻の扉

第零話「第一王女の憂鬱」


「はぁ、前回も貴女の楽勝…… もう少し、ほどほどにお願い出来ないかしら」

 そこそこに酒が進み、桃色に顔を染めたアレイシアが、マイを探していた理由。話の本題に入る。

──彼女の母国、リーザス•フォレスト王国では、二年に一度、大きな催し事「武闘会」が行われる。

 アレイシアは、大会の総責任者を務めており、尚武の国として名を馳せているリーザス王国の面子(メンツ)の為、多くの有名、無名の戦士たちの参加を募り、立派な武闘会を展開する義務を有している。


「あんまし歯ごたえがなかったぜ、こっちだって遠くから来てんだからさ、なぁ?」

「ごめんなさいね。でも、貴女に敵う戦士を探してくる“こちら”も大変なのよ」

 マイを大会に参加させる為招いたのは、他ならぬアレイシア本人である訳だが、武闘会のパワーバランス、大会の都度下がる参加者の質の低下に、組み合わせの作成もままならず、かなり頭を悩ませていた。


「じゃあさ、俺、片手落ち(利き手を使わないルール)とかやろうか?」

「止めてよ! そんな事したら余計に大会の格が下がるじゃない!!」

 そのような中、外国人枠ではあるが、幼少期をアレイシアと共にした幼馴染であり、第一王女の親友と誰もが知っているマイ•ウェネヴァーが勝ち続ける事になれば、リーザスの武闘会は、賞品を出し惜しみしているだけのケチなお芝居だと言われ兼ねない。

 実際、マイには欲がなく、優勝者に与えられる「()()」も、「じゃあ、次回もここに来させてくれ」の一言だけ、白ける表彰式に、リーザス王も重臣たちも、皆一様に表情を暗くした。


「だってさ、俺、物とか(なん)も要らないぜ、祖国の為に領土を割譲しろとかは無しだもんな」

「そんな賞品、出せる訳ないじゃない!!!」

 純粋な武の研鑽が目的であり、戦う事だけを何より楽しみにしている、マイのような戦士がいるのも確かに当然な事実なのだが……

 余りに一人が勝ちすぎると、多くの参加者の興が覚める。それもまた、確かな事実。


 武闘会は今や、リーザスの立派な観光資源である。


 万一、今回もマイが圧勝(三連覇)などしようものなら、武闘会の興行的側面が陳腐化し、わざわざ遠方から足を運んで来る「ファン」が減少する可能性もある。

 もしもそうなれば、主催者である第一王女の評判も下がり、彼女の政敵だと目される者達が腹を抱えて喜ぶ事になる。


「はぁ…… いっそ私も出ようかしら」

「おお!! そいつは良い!! リーザスのダブルレイピアが相手なら不足はない!!」

 嬉しそうにアレイシアの冗談を受けるマイに、もう一度「はぁ……」と溜め息を漏らす。

 アレイシアは、王国一の女流剣士、リーザス王の懐刀(ふところがたな)と呼ばれている。腕前は諸国に知れる程の確かさである。


「貴女と私でワンツウって、それこそもう仕込んだお芝居みたいじゃない! ……って、いいわ、私も何も準備していなかった訳じゃないし。マイ、貴女にも宜しく頼みますわね」


 やれやれと、わざとらしく項垂れながら、厨房の方に向け手を振るマイ。

 苦笑いを口許に浮かべ、“幼馴染み”から、リーザス国内に呼びつけられた、その意図を理解した。


「あいよ! 二本追加ね」

 呼ばれて奥から出てきた店主が、二人の前に、熱々の徳利を一本づつゴトリと置いた。


「マイ、貴女には、貴女の国内と西方諸国へと……」

「ああ、もう、めんどくせーな」


 親友二人の明け透けな、道行く誰しもにも聞こえる「密談」は、深夜遅くまで続いたと言う。



⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 リーザス•フォレスト王国の武闘会


 二年毎に行われる国家事業であり、恒例として十月の上旬から中旬にかけて行われる、トーナメント方式の武術大会。

 主だった種目は「徒手」「剣技」「槍術」と「馬術」。

 武力のみを判定とし、魔導や、魔導の効果を付帯した武具等は使用できない。

 技力で勝敗を決する、完全純粋な「武闘会」である。


 リーザス王国の初代国王は、魔導聖国と二つ名を持ったカンザスの北方の雄、リディア聖国の出身であったが、宿敵である魔龍カーグラを撃退する際、完全なマジックレジストを自慢とする彼等に対し、ほぼ何も打つ手がなく、軍をほぼ無力化され、部隊を幾つも壊滅させられた経験がある。

 王国設立後は、魔導部門は同盟国のリディア(後に同盟は解消)に魔導士を派遣してもらう程度に留め、ひたすらに軍属の武力向上を働きかけた。


 リーザス王国の国是(こくぜ)に、「徒手は華、武装は二流、魔導は三流」と言う言葉がある。


 実際、魔導は物凄い効果と実力を持った恐ろしい能力であるが、カーグラーとの戦記のみならず、開拓民が国民の多くを占めるリーザス人にとって、魔導に適性がある者が多くない国民性から、国王が求める武力向上の方針を喜んで受け入れる事が出来た。


 歴史が浅いながらも、尚武の気質を持った国民達が築いたこの国での催しは、所謂、武門の登竜門と言われれ、世界に向けて名を上げたい武芸者であれば、必ず一度は参加を検討する、大きな大会なのであった。


 リディア聖国の魔導戦士として知られているマイ•ウェネヴァー卿が、幼馴染の推挙で参加し、魔導の魔の字も使わず、軽く全部門を二連覇するまでは、の話である。

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



リーンカーネーション 輪廻の扉

第一話「目覚め」


「ほら、起きろチビ、グズグズしてっと朝飯抜きだぞ?」


 飯場の朝は早い。

 粗末な木組みの寝床を揺すられて起こされた少女は、眠い目を目脂ごと擦って、ゆっくりと目を覚ました。


「おはようございます」


 ガリガリと音を鳴らしながら、横開きの自室の窓を開ける。

 夜明けにはまだもう少し時間があった為、少女は「その物」がある方角に手を合わせ、頭を下げる。


「お山さん、今日も僕達に良いお恵みを……」


 坑夫見習いのスズカは、母から教わった山の信仰を大切にしている。

 山に育つ木々は空気を作り、水を作り、山から流れる川は麓の町々の田畑を潤し、そして鉱物は掘り返せばそれだけで収入に繋がる。

 多くの人々が、山の恵みに養われているのだとスズカは知っている。



 リーザス王国とリディア聖国の衛星国のひとつ、アルテア騎士国との国境にある山岳地帯。

 「東エトナ山脈」の裾にある町ラデナ。

 古くから鉱山事業を生業とし、リーザスの国内需要だけでなく、周辺国家への貴重な輸出品を供給してきたリーザスの三大事業の一つを担う重要な地域。

 その豊富な鉱物資源によって、かつては、リディア聖国との紛争の原因となり、多くの戦士達がこの地域の領有の為に、大量の血を大地に吸わせる事になった。

 

 現在はリーザスとリディアの間で講和が持たれ、血生臭い抗争こそ行われていないが、スズカが住むラデナから山道を三里も行けば、アルテア側の砦を見る事が出来る。

 未だ、争いの火種は消えていないのだ。

 


「お山さん、今日も良いお恵みを」


 スズカは、山の方向に二回軽く頭を下げ、手を合わせ、頭を更にもう三回下げる。

 動作には由縁があるらしいのだが、幼少期に亡くした母からは、動作だけしか学ぶことが出来なかった。


「今日も頑張るぞ」


 それでも、スズカにとって大切な家族の思い出である。

 ……父は知らない。

 私生児等と言う難しい言葉など、読み書きの出来ない彼女が理解しようもない。

 そう、いないものはいないのだと、割り切っているのだ。

 亜人という、この世界では差別の対象にすらなる自分自身の生い立ちであっても、気負わず気丈に振る舞える、そんな彼女がスズカであった。


──黒耀石の鉱脈が見つかったらしいぜ、かなりの埋蔵らしい


 朝ご飯の粟粥が入ったお椀を大事そうに運びながら、スズカは、坑夫達の噂話を聞いた。


──隣国がまた、悪さを考えているそうだ、性懲りも無く

──坑道に変な魔物が住み着いているらしい、魔導士が放った使い魔って話よ

──近く警備に人が集められるそうじゃねーか、稼げっかな


 日常に、余り楽しみのない坑夫たちは、無責任な噂話に花を咲かせている。


「戦が始まるの? グゼおじさん」


 スズカと「()()」で仕事をしている、初老の鉱夫の横に、スズカは粥入りの碗をコトリと置く。


「ほらよ」

 グゼと呼ばれた鉱夫は、スズカの碗に、自分の皿からひとつまみ、刻んだ菜葉を放り込む。


「ありがとう」

 実は、朝に起こしてもらったのもこの鉱夫なのだが、寝起きの悪いスズカは知らない。

 それこそ、毎朝、朝食の時間に間に合わず、力の出せないスズカをグゼが見かねていたのも知る由もない。


「仮に戦やら、争い事が起きても、スズは隠れていればいい。おめーみてーな、ちんまいわらしわよ」

 スズカの身長たっぱは、漸く百と三十になったばかりであり、彼女の丈に合う帷子かたびらは作られていない。

 簡単に言えば、子供が行く戦場はないのだ。


「でも、リディアの将軍様は、僕と同じくらいだって」


 スズカの言っているのは、無論、マイの事ではない。

 彼女の体躯もある意味、表具師泣かせではあるが、リディア聖国はリーザス王国とはまた違う文化に在り。

 即ち、武力よりも魔力。


 著名な、リディア聖国の魔導師将軍ラーツェル氏は、今のスズカよりも身の丈が小さいらしい。


「リディアの大天才様と自分を比べっかよ?! 全く、童はよ」

 これでも喰らえと、スズカの碗に食べ物を放り込む。


「でも、おチビはおチビでしょ? 僕はまだ大きくなるし!」

 おじさんに貰った漬物をぽりぽりさせながら、成長期のまだ来ていない平たい胸を自分でポンと叩いた。




「ぶぇくしぉいいいいいい!!!」


 ラデナ十七鉱区。

 黒耀石の鉱脈が見つかったとの報告を受け、リーザスの王都からここを訪れた調査団は、その坑道の奥で、有り得ない規模の「敵」と遭遇した。


「馬鹿な! なぜこのような場所で!?」

「あなたは! まさか?!」


 非武装ではあっても、尚武の民、リーザス王国の役人。

 各々が、非凡な武芸の持主である。

 常軌を逸した事態を認知した彼らは、皆、それぞれが学んだ武門の「構え」を取り、脅威への対処を試みる。


 ……が、


「ぶぇくしぉいいいい!!!」


 緊張感のある表情で対峙する、リーザスの青年達と相対して……

 坑道に響き渡る、その「脅威」と思しき人物が、先程から取っている行動と言えば。


「ぶぇくしぉいいいいいい!!!」


 小柄なその身体から出てくる、不思議な程の大きな「大くしゃみ」。

 小さな()()()、これまた小ちゃな二つの鼻腔を一つにしてしまう程の、大きな大きな声。

 坑道の壁という壁を全て崩してしまいそうな程の……


「……」

「……」

「……どうぞ」


 見かねたリーザスの役人の一人が、その人物に歩み寄り、ハンカチを渡した。


「ありまと、ぐしゅ、ありまとね」

 渡されたハンカチで、ぶーーっと鼻を噛む。


()()()()()もね、ここを見に来たの」


 警戒を解いていないリーザスの青年達。

 その眼前に、微塵も躊躇なく歩み寄る「()()」。


「でね。調査ちょーさの結果、この坑道はアルテア領内に侵入しんにゅーしています。だから黒耀石ブラックダイアはアイちゃん達の物です!」


 唐突な少女の宣言に鼻白む青年達。

 アイと自称した少女は、そんな彼等の様子など意にも介さず、尚も続ける。


「それと、だから、おにーさん達は密入国です。アイちゃんの国の法律ほーりつで、死刑しけーなの」


 くるりと身体を回転させ、腰に掛けていた楽器。

 タンバリンを手に取り、小さなその手で「タントンタン」と三回鳴らす。


「……」

「……」

「……」


 青年達は、自分自身に何が起きたのか、最後まで理解出来なかった。

 まるで、ゆっくりと「幕が降りる」ような視界と意識と……

 そしてただ、口角を上げて、こちらを眺めている少女の笑顔だけしか見えなかった。


「次の輪廻りんねで会おうね」


 少女は、誰に聞かせるでもなく、そう口の中で呟きながら、すっと、その身体を坑道の闇に同化させたのだった。




──坑道に魔物が出たらしい

──王都から来た調査団、十二人の消息不明

──近く、捜索隊が編成されるとの通達が


 坑道は「異界化」をしていた。

 いや、何者かに施されたと言うべきか。

 先日まで、普通に鉱夫を送り込んでいた地域に、到達出来ないばかりか……


「ヒィ! 助けてくれ!! 奥に魔物達が沸いていやがる!」

「あんなんが居るって聞いてねえぞ?! 命が幾つあっても足りねーじゃねーか!!」


 物見に遣わされた者達から上る、恐ろしい報告の数々。

 昨日まで何の変哲もなかった坑道を占拠する、死を形取った「怪異」達。

 正常な人間ヒューマンの目を潰す程の、正視難い異形モンスターの数々に、報告を受けた鉱夫組合ギルドは頭を悩ませる。


「ウチらんなかで、奥まで様子を見て来れるもんは居ねーのか?!」

 王都から来た調査団を死なせた責任もあり、組合長ギルドちょうの狼狽は特に酷いものであった。


「平鉱夫は班長に! 班長クラスは鉱夫長にしてやる!!」

 彼の権限もそこそこに、守れるかどうかのギリギリの条件を投げてくるが……


「組合長、とうとう有志の鉱夫にも死者が出てしまいました。奴等、ざわついてますぜ」

 新たな報告は、彼の脳裏を白色に染めた。


「奴隷鉱夫には市民権をくれてやる!!!」

 口元に軽く泡を吹きながら、組合長は確かにそう宣言した。

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



──お恵みをください


 羽振り良さそうな男性達に、慈悲を乞います。


「触んな! 汚ねえ浮浪児か!! 失せろよ」

「おお臭え!! 近づくな、このゴミがよ!」


 もう三日、食べてない。


──お恵みを


「ここいらを彷徨うろつくんじゃねーよ! 道が汚れるだろうが!!」

「糞でも拾って食えよ、食わせてやろうか? ああ?!」


 偶然にも、本当に偶然にも、何とか命を繋いで……


「よく見ればコイツ、亜人じゃねーか?」

「おっほー! こいつは黙って行かせられねーな、ははは!!」


 時には、口に出来ないほどの、悲しい思いをしても。


「こっちに来いよ、亜人! 可愛がってやるぜ」

「遠慮すんなよ? 腹一杯にしてやる。ゲハハハハ」


──それでも僕は、生きるのを辞めませんでした。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


「お山さん、お恵みを」

 スズカは、今日も山に向かって手を合わせる。

 山は何も言わず、信奉者の祈りを受け入れる。


「お山さん、どうか私達に平穏を」

 跪き、山の方角に頭を垂れる。


 苦しい時も悲しい時も。

 そして、死にたいくらいに惨めな時も、スズカはこうして……

 母から唯一貰った「信仰心」を頼りに。

 今日まで生きて来たのだ。


「お山さん、坑道が泣いています」

 異界化した洞穴は、無慈悲にも人の命を奪うと言う。

 王都に対して、体面を繕うつもりであった鉱夫組合ギルドの面々は、その犠牲者の増える様に怯え、コントロールが出来ない状態に陥っている。

 

「だから……」

 凛とそびえる連山に目を凝らす少女。

 その真剣な眼差しが、中空そらを穿つ。


「僕が行きます」

 朝日を受けながら、スズカは決意する。


──逃げなければ、陽光ひかりは自ずと足元を照らし出す

 母が教えてくれた、スズカが見たことのない、父が残したという言葉。


──隠れなければ、雨雲はいつか晴天の空に還る

 その父の言葉に合わせるように紡ぐ、母がスズカ伝えた言葉。


 路地裏で、何度何度も人間ヒューマンの餓狼達に汚されても……

 生きる希望を捨てなかった。


──自身に流れる()()()()を誇りに思う事

──そして

──あの蒼天の空を横切った、力を奪う、黒き彗星の在りし意味を


「僕は、隠れない」

 最早、ギルドに面子を保てる余裕はなかった。

 本来であれば対象にならない、少女であるスズカにまで坑道探索の許可が下る。



「地下には、恐ろしい魔物が徘徊していると言うに!!」

 まだ幼さが抜けない、一人の少女でしかないスズカを放って置けなかったのか、グゼはどこから持ってきたのか自前の帷子に袖を通している。


「おじさんもついて来てくれるんだ?」

 スズカは曇りのない黒い瞳で、自分への協力者の姿を認める。


「でも僕は、僕の為に行くんだよ?」

 スズカの信仰の対象である、山の病気を取り去る為と、事ある毎に障害となった「亜人種」である事の謂れなき差別を取り去る機会。

 鉱夫組合ギルドの組合長は、その役柄の重要性から、所謂「名誉貴族」の称号をリーザス王国から受けている。今更、「やっぱり市民権は出せません」とは口が裂けても言えない。


「チビのくせに、年長者の善意にケチでも付ける気か?」

 口元を歪ませ、不敵な笑みを見せるグゼ老人。

 腰元に差した、刃渡りの短い、扱いやすそうな蛮刀をスラリと抜いて見せる。


わしとて、自分の考えにって行くんじゃ! 余計な差配は不要よ!」

 まるでバトンでも回すように、慣れた動作で蛮刀をヒュンヒュンと振り回す。


「おじさん、凄いや! じゃあ、僕の事、手伝ってよ!」

 片目を閉じて、舌を出すスズカ。

 思えば今日まで、たくさんの事をこの老人に助けられて来た。

 何故付いて来てくれるのかなんて、聞く方が野暮なのかも知れない。

 

「僕は自由が欲しいんだ!」

 力を失った竜人族の少女、奴隷鉱夫スズカの挑戦が始まる。


……いかがでしたか(かなり心配)?

では、どうぞ点数をお願い致します。


ほれスズカ君。皆様にご挨拶!!

「右や左の旦那様、哀れなスズカにお恵みを♫」

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