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「みんな。心配をかけてすまなかった。俺はもうだいじょう痛てて」
顔を見せた面々を受け入れようとしたとたん、俺はプリニャンカの突撃を受けた。
そのせいで体のだいじょうぶではない部分が悲鳴を上げる。
「ごろにゃーん。心配させた罰にゃん。おとなしくするにゃん」
「ちょっと、プリニャンカ。ゼノは大怪我したんだから抱きついちゃだめだよ」
「にゃーん。やめるにゃん。邪魔するなにゃん」
レーンに腰を引っ張られて引き離されたプリニャンカは手足をばたつかせて抗議する。
かわいそうだが今はプリニャンカに付き合ってやれる体の状態ではない。
そんな俺を安静にさせようと、レーンもプリニャンカを抱え込んでおとなしくさせようとしてくれている。
二人はもみ合い、お互い顔を押しのけあっておもしろいことになっているが、それはそれで見ていてかわいいのでよしとしよう。
「賢者様。昨日は大怪我してまで町を助けてくれてありがとうございました」
一方でエミールは落ち着いた雰囲気だった。
それこそ山で声を張り上げていた時の緊迫感は今は無い。
あれだけの事態、領主であるエミールには気が気でなかっただろうだけに、ことが一見落着して安堵したことだろう。
「礼にはおよびません。魔族と戦うのは俺たちの使命ですから」
「もちろんそれもありますけど、炎の巨人を源泉に戻してくれましたよね。おかげでこの町は温泉郷のままです」
「ということは、温泉は冷めてないんですね?」
「はい。元のままの熱々の温泉ですよ」
そうか。
正直そのあたりのことが元通りになるかは賭けだった。
俺が巨人の魂を移し替えてしまったから、空っぽの体で熱源として機能しつづける保証がなかったのだ。
だが一晩明けても温泉が熱いままなら、とりあえずは上手くいったとみていいはずだ。
「私からも礼を言わせてもらうよ。友よ」
「温泉卿……」
エミールの隣には彼のあまり似ていない兄弟の姿もあった。
見たところ大きな怪我もなく何よりだ。
あとついでに言えば、ちゃんと温泉卿が服を来ていたことも、何よりだ。
しかし温泉卿の厄介なところは脱ぎグセだけではなかった。
彼の場合、絡みぐせもあるのがその厄介さの特徴だ。
「水臭いな。君と私の仲じゃないか。気さくにトリスタンと呼んでくれたまえよ?」
「いや。俺は別に……」
「呼、ん、で、く、れ、た、ま、え、よ」
「分かった。分かったから。勘弁してくれ……トリスタン」
「グーッド。それでは私もゼノと呼ばせてもらおう。お互い友情で結ばれているのだから当然だろう」
いや。
不自然なまでに一方的な言い分だ、これは。
しかし反論したところでよけいに面倒なことになりそうなので黙っておく。
ここが俺の賢いところだ。
「それにしても今回は本当に君に助けられたよ。ゼノ。なんと言っても温泉は私の命だからね。それに新しい友人も君に感謝しているみたいだよ」
「新しい友人?」
何かと思えば、トリスタンの影から小さなゴーレムが現れた。
それはまるで小人のようなかわいらしい姿だった。
「君が呪いから救い出してくれた炎の巨人だよ。ようやく新しい体にもなれたみたいで、さっそく懐かれてしまったのさ」
小さなゴーレムは、トリスタンの周りを跳ね回ったり彼の肩に飛び乗ったりずいぶんと元気な様子だ。
「そうか。もう体を動かせるようになったのか。さすが本物の精霊だな」
俺が魔力を込めた小石に憑依してから一晩。
もう新しい体を構築して動き回れるようになるとは恐れ入った。
さすがにもとの大きさになるには相当な年月が必要だが、これでもう呪いに悩まされることはないはずだ。
「ところでその体だと炎の巨人なんて呼ぶのは似つかわしくないと思うんだが、名前を決めたりはしないのか?」
「案ずる必要はないさ。町の名前から取ってルルと名付けてある。いい名前だろう?」
トリスタンがそういうと、その肩の上でルルが立ち上がって自己主張をした。
どうやら本人もその名前を気に入っているようだ。
「それは手際がいいな。それに本当に懐かれているみたいだし、精霊に気に入られるなんてすごいな」
精霊というのは普通は人間とは距離を置くものなんだが、ルルはなぜかトリスタンを気に入ったらしい。
もしかしたら何か特別な理由でもあるのだろうか。
「それはトリスタンが温泉の効能を授かっているからかもしれません」
俺が思索を巡らせているとふいにエミールが言った。
「実はトリスタンはあの山の上の源泉に落ちたことがあるんです。それからちょっと特別な体質になってしまって……」
「源泉に落ちた、ってあそこは煮えたぎった熱湯のはずでしょう?」
「ええ。だからみんなトリスタンは死んだものだと思ったんです。でも源泉に落ちたはずのトリスタンは、町の温泉の湯船から突然戻ってきました。しかも大人みたいに成長した姿で」
「大人みたいって……え? トリスタンは成人していないんですか?」
「私は今13歳だよ。14歳のエミールと比べても大人っぽいだろう。これがルルド温泉の不思議な効能さ」
「まさかの弟!?」
「そうなんです。兄の私が言うのもなんなんですけど、トリスタンはすっかり大きくなってしまって、しかも温泉から温泉へと転移する能力まで身につけてしまったんです。不思議なことに」
「いや。源泉の効能すごすぎでしょう。それは」
「そういうわけで源泉の効能で力を手に入れたトリスタンと、そこに沈んでいた炎の巨人であるルルには何か通じるものがあるのかもしれません」
すごいな、それは。
そんなことがあり得るとは、さすがの俺もびっくりだ。
「それじゃあこれからはトリスタンとルルはいっしょに暮らすつもりなのか?」
「そのつもりだよ。それもこれもゼノのおかげだからね。何か礼をさせてくれたまえよ」
「礼ならさっき聞いたからそれで十分だ」
「それでは私の気が収まらないのさ。今にもあふれそうな、この感謝の念が!」
トリスタンは身を捻って悩ましげなポーズを決めた。
相変わらずだな。
こういうところは。
「そうは言っても特別してもらいたいことなんて思いつかないな」
「なんだったら故郷に贈り物をしてもいいのだがね」
「贈り物、か……」
ふとルーシアの人たちやジェームス様の顔が頭をよぎった。
どうせならあの人たちに喜んでもらうのがいいかもしれない。
「それなら俺の住んでいたルーシア王国に人を派遣してここのような立派な浴場を造ってやって欲しいんだが?」
「かまわないとも。私自ら行かせてもらおう。なんなら温泉を掘り当ててみせようじゃないか」
「いや。何もそこまでしなくてもいいんだ。トリスタンは領主の一族だろう」
「君に救われた命だ。ルルともども精一杯やらせてもらうとも」
「そ、そうか。それならほどほどでかまわないから、よろしく頼む」
これはあとでジェームス様に手紙を送っておかなければいけないな。
急にトリスタンみたいなのが現れたらびっくりするだろうし……
「ところで賢者様はこれからどうするんです。怪我のこともありますし、しばらくはこの町でお休みになられますか?」
「うーん。傷は塞がってますし、魔王軍の動きを考えるとあまりのんびりしていられないんですが……」
できれば早めにルルド温泉郷を出発したい。
クーネリアの回復魔術のおかげで無理をしなければ旅を続けられそうだし、余計な時間をロスしたくはない。
だが、プリニャンカがどうするかで今後の予定は大きく変わってくる。
俺はそれを心配して本人に視線を送った。
「にゃん。ご主人がしたいようにすればいいにゃん。にゃんはご主人の決めたことに従うにゃん」
プリニャンカはレーンと絡んだまま動きを止めてそう言った。
どうも俺の意思を尊重してくれるらしい。
「そういえば俺が『ご主人』でいいんですか?」
「勝負で決まったことにゃん。ご主人は巨人を止めたにゃん。だからにゃんのご主人になったにゃん」
「そんなあっさり決めていいんですか。俺はこれからもっと魔王軍と戦いますよ?」
「望むところにゃん。にゃんはご主人の力を認めたからついて行くにゃん。だから敬語もいらないにゃん」
「そうか。ならこれで本当に旅の仲間だ。これからよろしく頼む。プリニャンカ」
「にゃん!」
そうして終わってみれば、俺は一周目同様にプリニャンカのご主人となり、魔王討伐の仲間にすることに成功していた。
ずいぶんと回り道をしたが、これでなんとかハーレム計画を続けられそうだ。
もっとも、この二週目の旅はまだ始まったばかり。
これからさきも、一筋縄ではいかないのだろうと、俺は思った。
おしまい。
本作はこれにて打ち切りとさせていただきます。(詳しくは活動報告にて)ご愛読ありがとうございました。




