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「何かおかしいにゃん。よく分からないにゃんけど、いやな感じにゃん」
山林に倒れ伏した巨人の姿に、プリニャンカが上げたのは喜びの声ではなかった。
いつもなら素直に大はしゃぎしただろうが、彼女は彼女で気づいている。
巨人に掛けられた呪いはまだ健在で、周囲に対する影響力を失ってはいない。
エルフの息づかいで覚醒瞑想状態にある俺とは違って直接観えているわけではないだろうが、獣人特有の本能が危険をい察知しているのだ。
「どうやら巨人にかけられた呪いは相当強力なものみたいですね。見てください。巨人の近くの木が枯れていきます」
俺は呼吸を少し通常に戻した。
時間の流れを遅く感じる覚醒瞑想のままでは会話するのには適さない。
だから巨人の呪いを見失わない程度に調節してからプリニャンカに声をかけた。
「あの巨人が歩いてる時はあんなにヤバくなかったにゃん。急に呪いが強くなったにゃん?」
遠巻きに見ている俺たちの前で、巨人の体から伸びる無数の黒い何かが周囲の木々にまとわり付き生命を吸っている。
その姿はまるで触手を伸ばして捕食する怪物のようだ。
だがその光景はプリニャンカには見えていない。
彼女の目には木が勝手に枯れているように映っただろう。
「俺が巨人を気絶させて動きを止めたせいかもしれません。同じ相手に呪いの効果が継続されることでより多くの生命力を奪っているのかも」
「それなら時間がかかるほどあいつは力を蓄えるってことにゃん。早くなんとかしないと……にゃ。あれは勇者の合図にゃん。やっと準備できたにゃんか」
それは靄の向こうで煌めいた眩い閃光だった。
レーンの準備が整ったことを知らせる白光信号。
高台に上がったレーンが巨人を間合いに納めていることを知らせているのだ。
「こっちも合図してとどめを刺させるにゃん。勇者なら近づかなくても斬れるって言ってたにゃん?」
「いえ。斬るのはあくまでも呪いだけです。巨人だって好きでああなったわけじゃない」
「それじゃあどうするにゃん?」
「方法はあります」
かつてパルメディアは羊面の子を奇異の目から救うためにあえてその顔を奪った。
認識を阻害する術式を組み込んだ呪具を与え、対面した相手に顔を意識させないようにしたのだ。
結果、赤子は誰にも顔を覚えられないということになったが、それでも顔を理由に嫌な思いをすることも避けられるようになった。
皮肉なことに、奪われた顔をさらに奪うことで呪いの効果を相殺したと言える。
つまるところ、俺の言う強引とはそういうことだ。
「あの命を吸い取るという性質はどうやら巨人の体に備わっているみたいです。だからあの体をもう一度封印できれば呪いも抑え込めます」
「そんなの巨人自体を封印するのと同じにゃん。わざわざ勇者が呪いを斬る意味が無いにゃん」
「そうですね。ただ封じるだけなら元の状態に戻すだけです。だからこの呪いの問題を解決するには一つ無茶をしないといけません――魂魄」
詠唱したのは肉体から存在としての核、魂を露出させる魔術。
それを受けた巨人の体から一つの発光体が浮かび上がる。
美しい。
ぼんやりと神秘的な光を発するそれは純粋な命の輝きだ。
だがしかし、そんな巨人の魂は体から伸びる禍々しくどす黒い無数の腕によって捕らえられている。
呪いはどこまでも炎の巨人という存在に絡みついているのだ。
ならば断ち切るのはその繋がり。
呪われた巨人の体と、それでも輝きを失わないその魂。
奪われたものと、残されたもの。
この悲劇を相殺するにはもう一度巨人から奪う必要がある。
「レーン。オーブと体の間だ。やってくれ!」
反応は間を置かず、退魔の力が閃光となって呪いを切り裂いた。




