2-41
ゴーレムとは意思を持って動く土塊の魔物である。
見た目は大まかにヒト形で、種によっては土ではなく石であったり鉄であったり様々だ。
また見た目に反して年月を経るたび体が大きく成長していき、古い時代にはそれこそ山のような超大型の個体も存在したという。
そういう意味では俺たちの前に現れた個体は、現生のものとしてはかなりの大きさだった。
まだ下半身は陥没穴のなかに収まっているのに、上半身だけでこの山に生えている木々より二倍ほど高い。
さすがに山のようにとまではいかないが、近年の報告ではまず聞かないほどの巨体である。
その規格外の存在に対し、プリニャンカは髪と尻尾の毛を逆立てて牙を剥いている。
それは最大の警戒であり、全力の威嚇。
思わずそうしてしまうだけの威圧感があのゴーレムにはある。
あれがもしこちらに敵意を向けてきたらと思うと恐怖せずにはいられないからだ。
そしてそう感じているのは何も俺たちだけではない様子だった。
同じ様にこの場に居合わせたニャンデリカたち猫族たちも、突然の状況に動揺を隠せないでいる。
足は止まり、視線を奪われ、巨大なゴーレムの動向に注目が集まっている。
「ニャ、ニャンデリカ様。これはいったい――?」
「分かりませんわ。とにかくみなさんを集めなさいな」
「しかし……よろしいのですか?」
「この期におよんでいまさらですわ。いえ。あるいはあのゴーレムが出てきたこと自体が……」
ニャンデリカはゴーレムを見上げつつも何かを考え込んでいる。
その様子からは、これが猫族たちにとっても不足の事態だったようにも見受けられる。
彼女らがここに現れた理由は未だ不明だが、このゴーレムをどうにかすることは目的には含まれていなかったのかもしれない。
「賢者様!」
不意にエミールの声に呼ばれ振り返る。
そこには彼の兄弟やルルドの兵士の姿もある。
「エミール様。温泉卿も無事でしたか」
「はい。お陰様です」
「やあ。今度は私の方が迷惑をかけてしまったみたいだね」
救出された温泉卿は腰に短い布を、肩には長い布をまとい、一応素っ裸を回避している。
エミールの判断だろうか。
だとしたらナイスだ。
「気にしないでください。たいしたことはしていません」
「ふむ? そんなにかしこまらなくても私と君は裸の付き合いじゃないか。普通に話してくれたまえよ、友人」
「は、裸の付き合い!?」
「お前ら、もしかしてそういうアレかにゃん?」
おいおい。
変な言い方するからレーンとプリニャンカに誤解されそうじゃないか。
本当、どう転んでも困った男だ。
「こちらは温泉卿のトリスタン。エミール様の兄弟で、俺の……温泉友だち……みたいな?」
「いいね。温泉友だち。そのとおりさ!」
よろこんだのは温泉卿だった。
俺のとっさの説明がお気に召したらしく、笑いながら肩を叩いてくる。
「そ、そうなんだ。四賢者にもなると色んな人脈が増えるんだね……」
「世の中、出世するとよく分からない付き合いが増えるにゃん。有名税にゃん」
いまのくだりだけで彼がどういう人物か、俺の仲間たちもだいたい察してくれたようだ。
まったくもって何よりである。
「ところで我が友。炎の巨人が完全に地上へ出てきたようだよ」
源泉の中から現れたゴーレムは今や完全に陥没穴から這い上がっていた。
俺たちとは対岸に近い二本の足で大地に立ちゆっくりとした動きで周囲を睥睨している。
「まずいな。なんとかしてあれを鎮めないと大変なことになる」
「そうですけど、そもそも炎の巨人はどうして突然目覚めたんでしょう?」
エミールの疑問はもっともだ。
おとぎ話に出てくるような古い魔物が長い眠りから覚醒したのにはきっかけが有って然り。
ではそれがなんだったのかと問われれば、心当たりは一つだけだった。
「あれを作るために俺が水を抜いたのが理由かもしれません」
俺は少しだけ頭を上げて上空を示唆する。
そこには水星の魔術によって生み出したままになっている巨大な水球が浮かんでいる。
源泉の熱湯を使って作ったものだ。
「いえ。私は源泉の近くで見てましたけど、賢者様の魔術で下がった水位はそこまでではなかったです。巨人はもっと深いところから出てきました」
「水位は関係無い……水を使った封印でもなかったのか?」
「それよりも彼、山を下りる気のようだね」
温泉卿の言う彼とは炎の巨人のことだ。
俺たちのことは見えているだろうに、巨人はこちらをかまうことなく移動を開始した。
一歩ごと木々を踏み倒し、地響きを鳴らして崖を越えようと歩いていく。
「どうしよう。あの方向は温泉郷です!」
「止めましょう。あんなのが人里に下りたら大変なことになる」
「でもどうやって? おとぎ話の通りなら、炎の巨人には命を吸い取る呪いがかけられてるはずです」
「ええ。ですからまずはその呪いを消滅させます」
「で、できるんですか?」
「近づくことさえできない相手では俺には難しいかもしれませんが……レーン。手伝ってくれ」
「もちろん。でもボクはどうすればいいの?」
「退魔の力の出番だ。俺が足止めするから巨人にかかってる呪いを斬ってくれ」
「呪いを斬るって……やってみるけど、呪いの核がどこにあるのか分からないとできないよ?」
「心配ない。それは俺が見つけて知らせるから、レーンは先回りして崖の上に上がって待っててくれれ。下からだと木が邪魔でうまくいかないかもしれない」
「分かった。でもそのあとは?」
「呪いさえなくなればあとのことはこっちで上手くやる。レーンはとにかく核がどこにあっても狙いやすい場所に急いでくれ」
「そういうことなら私が案内しよう。ほかならぬ温泉郷の一大事とあっては手伝わないわけにはいかないからね」
「助かる。それとエミール様は兵を連れて山を下りてください。念のために町で避難誘導をお願いします」
「そう言ってもらえると助かります。領主としてはやっぱり領民のことが気になりますから」
これで方針は決まった。
これで邪魔さえはいらなければいいのだが……
「猫族はどうするにゃん? あいつら居なくなったにゃん」
見ればたしかにニャンデリカたちが姿を消している。
あれだけの人数で音もなく移動するとはやはり侮れない。
「巨人の出現で逃げ出した、と思いたいですがそう甘くはないでしょうね」
「だったらにゃんはお前と行くにゃん。あいつらののボスはお前を知ってたにゃん。きっとまだ狙ってるんにゃん」
「ボクもそれがいいと思う。接近戦になったら魔術師は不利だよ」
「……そうだな。レーンも無理はしないでくれ」
「うん。わかってる」
「よし。あとは時間との勝負だ。みんなよろしく頼む」
本当ならもっと人手が欲しいが贅沢は言えない状況だ。
それぞれの役目をはたすべく、俺たちは一斉に走り出した。




