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あの賢者タイムをもういちど  作者: 妖怪筆鬼夜行
二章『湯けむりの向こう、約束の場所』
78/91

2-37

「どうして?」


――ここに来たのか。


 正直それを聞いてどうするのか分からないが、しかし答えなければ人質の二人が危険だろう。

俺は必要最小限の答えだけを口にする。


「それは、ここの領主に魔族の討伐を頼まれたからだが……」

「それだけですの。ほかに何か目的があるではなくて?」

「ほかの目的?」


 何だ?

彼女は何を気にしている?

こんなところに魔王軍が居れば討伐隊や刺客(しかく)が送られてくることなど予想の範疇(はんちゅう)だろうにそれ以外の何を警戒しているというのか。


「悪いがなんのことか分からないな。もう少し具体的に聞いてくれると助かるんだが?」

「それはとぼけていますの。それとも本気なのですかしらね?」

「知りたいなら質問の意味を明確にしてくれ。そうすればこっちだって答え安い」

「それよりも貴方の主人を源泉に沈めてみるのはどうですかしら。そうすれば何か思い出すのではなくて?」

「にゃにゃー。何勝手なこと言ってるにゃん。捕虜(ほりょ)虐待(ぎゃくたい)は世界獣人保護法で禁止されてるにゃん。謝罪と接待を要求するにゃん!」


 さすがに身の危険を感じたのか、プリニャンカも必死の形相(ぎょうそう)での抗議だった。


「呆れた世迷い言ですわね。これだから品の無い犬っころは嫌いなのですわ」

「待ってくれ。たしかに今のは意味不明だが熱湯風呂はやり過ぎだ」

「でしたらわたくしの質問に正直に答えることですわ。そうすればご主人様を助けられますわよ?」


 く……

いったいなんなんだ。

何を(かん)ぐっているのか知らないが、これでは会話での状況打開がむずかしい。

下手をすれば本当にプリニャンカが源泉に放り込まれてしまう。

そうなる前に何か手を考えないといけないのだが――


「ゼノ。どこに居るの。無事なら返事して!」


 これは、レーンの声だ。

いいところに来てくれた!


「ご主人様、目をつぶって――レーン。こっちだ。照光(フォティーゾ)!」


 俺は魔術で生み出した光球を頭上に打ち上げた。

頭上から叩き付けられる強烈な白光が視界を塗りつぶす。

その突き刺さるような白の下を俺はプリニャンカの方へと飛び出す。

姿勢を低く俯いて、両腕で目を守りながら一気に駆けた。

視界を奪われた猫族たちからの妨害は無い。

問題はプリニャンカを運んで来た二人だけ。

彼らは(そろ)って極光がもたらす目の痛みに悶ている。


睡眠(ヒュプノス)


 その二人の懐へ安安と潜り込んだ俺は、両手で一人ずつ、(ひたい)に二指を当て眠りの魔術をかける。

なんの抵抗もできなかった二人の体が力無く地面に崩れ落ちた。

そこで光の魔術の効果が切れ視界が戻る。


「ご主人様。だいじょうぶですか?」

「目が、目が見えないにゃーん!」


 だめだ。

おもいっきり食らっている。

だから目をつむれと言ったのに。


 とにかく縄を解きプリニャンカを開放してから周囲の状況を確認する。

そこで一番危険な相手と視線が交差した。


「く……目くらましとはやってくれましたわね!」


 悪態をつきつつもはっきりと俺に突き刺さされる敵意。

こっちはこっちで効果が不十分だ。

来るぞ。

他ならぬ魔王軍幹部の攻撃が。


「――ッ」


 回避。

目のくらんだプリニャンカを抱かかえて俺は横に飛んだ。

いくらプリニャンカが小柄でも、人ひとり持ち上げたまま獣人たちのスピードについていけるだけの身体能力が俺には無い。

だから無様に地面を転がるのが俺がとっさにできる唯一の対処だった。

だがそれでも命は拾った。

地を()う俺たちの頭上をかすめるように、突進による一撃が空間を()ぐ。


「放すにゃん。あんなのにゃんが返り討ちにしてやるにゃん!」


 俺に(かば)われたプリニャンカが語気を強める。

だがそのの目はまだ完全には見えていないのだろう。

返り討ちにするべき相手を正確に目で追えていない。

反撃に転じるにはまだ早い。

そう判断した俺はすぐさま次の攻撃にそなえる。

だが視界を失っているプリニャンカは俺に合わせて動くこともままならない。

息の合わない俺たちは猫族の強敵を相手にするには遅すぎた。


「次は外しませんわ!」


 逃げられない。

半ば二人でもつれるような体勢の俺たちに再びの突進が迫る。


「させるかー!」


 瞬間。

(ひら)めいた閃光は、後方から飛来したレーンの剣撃(けんげき)

それは真っ向から突進してくる敵の爪撃(そうげき)と激突。

後方へと弾かれたレーンが俺たちの眼前に着地した。


「ゼノ。大丈夫?」


 レーンは俺たちを背に、敵を見据(みす)えつつも心配してくれた。

その(すき)にプリニャンカをうしろに隠す。


「ああ。よく来てくれた。危ないところだった」

「間に合ってよかったよ。ボクたちがここ来たのは最初から猫族にバレてたみたいだったから心配してたんだ」

「バレてた? 途中で敵と戦ったのか?」

「うん。何人か猫族を倒したよ」

「エミール様たちは?」

「みんな無事。たぶんもうすぐ――来たみただね」


 レーンの言う通り、後ろから複数の足音が慌ただしく近づいて来る。

兵士たちを伴ったエミールだ。


「よかった。生きてたんですね、賢者様」


 再会早々不吉なことを言わないでほしい。

俺だって死にたくて別行動していたわけではない。


「それより向こうに温泉卿が。こっちはかまいませんから全員で守ってください」

「トリスタンが? わかりました。色々すいません!」


 やはり兄弟のことが心配なのだろう。

エミールは兵士たちをを引き連れ俺が指差した方向へ走っていく。

あれだけの人数が居ればしばらくは持ちこたえられるはず。


 それよりも最優先で対処するべき相手へと俺は意識を向け直した。

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