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ルルド温泉郷の所在する一帯は、古くから火山とは無縁な土地だったという。
それは町の年長者の証言からも、あるいは書物に残された記録からも間違いのない事実と考えられてきた。
「それでもこの町にはほかでは考えられないくらい豊富な温泉が湧き出てきました」
山道を案内するように歩くエミールは、目的地までの道中、事情説明としてこの町のあらましを語ってくれた。
なかなかに険しい登山ではあるが、さすがに地元の人間だけあってエミールには饒舌に喋り続けるだけの余裕があった。
もちろん同行の兵士たちの足取りも順調で、浴衣から普段の装備に着替えた俺とレーンやプリニャンカにしても同様だ。
ただし、クーネリアだけは姿が見えなかったので連れてきていない。
一応、エミールのお付きの侍女に探してもらっているがどこに居るのやら。
そんなわけでクーネリアを覗いた俺たちで山を登りながらエミールの話を聞いていた。
「うらやましい話です。俺の住んでいたルーシアには温泉は無いんですよ」
「私から見ればルーシアのジェームス王の方がうらやましいです。魔導学府の四賢者の一人をお抱えなんてほかの地方領主には考えられません」
「どうでしょうね。ルルドの温泉は産業として町を潤していますが、俺はそんなに役に立ててはいませんよ。風呂に浸かっても良い出汁は出ませんから」
俺の言い草にエミールは小さく笑った。
「掘ってみれば意外と出るかもしれませんよ、温泉」
「うーん。とは言えルーシアにも火山は無いし、確率は低いでしょうね」
と言うか、そもそもルーシアには温泉掘りの技術が無い。
見込みの低い土地で素人が適当に掘ったところで当たりはしないだろう。
「火山が無いと温泉出ないにゃん?」
「え? ああ。普通はそうみたいです。ね、賢者様?」
唐突に話しに入って来たプリニャンカの言葉に、エミールは自信なさそうに俺を呼んだ。
どうやら代わりに説明してほしいらしい。
「温泉と言うのは地熱で温められた地下水が地上に湧き出てきたものなんですよ。それでその地熱のみなもとというが火山の地下に溜まっている溶岩なんです。だから火山の近くには温泉が多いんです」
「火山じゃないと溶岩も無いにゃん?」
「ゼロじゃないと思いますが、かなり少ないんだと思います。あるいは溜まっている場所が深すぎて地表近くの水源を温められないか。どちらにしても、火山から遠い地域では温泉は貴重です。実際、非火山温泉としてはルルド温泉郷の湯量は破格だと言われていますし」
何せ百を超える浴場を賄って余りある源泉だ。
そんなものは大陸中探してもほかにあるかどうか。
「でもなんでにゃん。火山も無いのに、なんでここだけ温泉がたくさん出るにゃん?」
「いや。俺も専門家じゃないのでそこまでは分かりませんが――ここには何か特別な理由でも?」
さすがにそろそろエミールの出番だろう。
仮にも入浴管理局の局長でもあるのだから、最後くらいは自分で話を締めてほしい。
そんな意向を視線でビンビンに送ってみると、エミールは少し戸惑った様子で口を開いた。
「じつはルルドの領主である我が家に伝わる『炎の巨人のお話し』というおとぎ話があるんですが――」
そう言うと、エミールはその内容をゆっくりと語りだした。




