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ルルド温泉郷は療養地である。
したがってこの町には周辺地域から多くの旅人が訪れる。
そうなると当然、彼らをもてなすために多くの飲食店や土産物屋が立ち並び、町のいたるところに椅子とテーブルが設置されることになる。
そういうことで、俺はそんな憩いの場の一つで椅子に座り休息を取っていた。
それはなぜか。
温泉卿トリスタンの登場と領主エミールの介入によりプリニャンカとの混浴がなくなってしまい暇を持て余しているからだ。
あのあと結局俺は浴室から追い出され、入れ替わるようにプリニャンカが入っていった。
もともと俺ではなくあの浴室そのものに用があっただけのことらしい。
一周目では俺に気づかず入ってしまいハプニング混浴をかましてくれたが、今回は諸々のイレギュラーで状況が変わってしまった。
カルクトスからこっち、何一つ上手くいっていない気がする。
ただ無力感だけが蓄積されていく。
「ゼノ。こんなところに居たんだ」
俺が椅子の背もたれに体をあずけて目をつむっていると不意に声が掛かった。
爽やかな風のようによく通るその声の主が誰なのかは目を閉じていてもわかる。
それでも俺は目蓋を上げて姿勢を正した。
「大丈夫。何か疲れてそうだね?」
「そんなことはないさ。さっき温泉に入ったから逆にさっぱりしたくらいだ」
目を開けると、案の定そこにあったのは金髪を煌めかせた美人の姿。
その顔は少し困ったような表情にも見える。
「レーンの方こそ疲れているんじゃないのか。せっかくだからひとっ風呂浴びてきたらどうだ?」
「うーん。それもいいんだけど、プリニャンカのことがどうしても気になっちゃって……でもあの子どこかに居なくなっちゃったんだけど、ゼノ、どこに行ったか知らない?」
あいかわらずレーンの感心はそこだった。
この周回でもレーンはプリニャンカの犬耳カチューシャの秘密に気づいている状態だ。
だからその正体を暴くことに躍起なのだ。
「ご主人様ならそこの浴場に入っているところだ。そんなに心配しなくてもただ温泉に入りたかっただけだろう」
実際問題、その気になればアデラ高原の回廊跡地でプリニャンカが瓦礫の山から転げ落ちるのを阻止することもできた。
そうすればプリニャンカの犬耳カチューシャもズレなかったし、レーンもこんなに警戒することもなかった。
だが今回の周回の要点は、クーネリアの干渉を排除した影響の確認、だ。
つまり前回のようにクーネリアにぶっ飛ばされた俺がプリニャンカの居る露天湯に墜落するのではなく、あらかじめ温泉の中でプリニャンカを待っておけば一周目のように仲よくなるきっかけをちゃんと得られるのかを試したのだ。
もちろん耳バレ問題はそのこと直接は関係無いはずだが、それでも二つの前提条件を同時に変えることは得策ではない。
経験哲学的に言って、こういった比較検証を行う場合、一度に変更する前提条件は一つだけでなければいけないのだ。
それで初めてどの条件がどの結果を導いたのか確証を得られる。
だから今回はあえて耳バレは回避しなかった。
「ふーん。本当にお風呂に入ってるんだ。なんか思ってたのとちがうかも」
「いいじゃないか。変に騒ぎを起こしてないんだから」
とは言え、たしかに俺が思っていたのともちがう。
クーネリアの邪魔さえなければ一周目と同じ展開になると思っていたのに、結局、他の邪魔者が現れたせいでプリニャンカと混浴することができなかった。
なぜだろう?
これに関しては原因が見当たらない。
このままではプリニャンカを魔王討伐任務に連れていけるのかかなりあやしい。
正直ここまでイレギュラー続きな状況が解せない。
本来なら時間を巻き戻して再挑戦するべきなのだろうが、あいにくクーネリアから大きな釘を刺されている。
――お兄ちゃんは賢者だから同じ間違いを何度も繰り返したりしないわよね?
あの言葉の真意を考えると不用意に時間を戻せない。
巻き戻った瞬間に拷問が始まりそうだからだ。
計算外だがとにかくこのまま先に進むしかない。
「とりあえずレーンも座ったらどうだ? もう少ししたらご主人様も出てくるだろうからここで待っていればいいさ」
「うん。じゃあここ座るね」
レーンは丸テーブルの向かいではなく俺のとなりの席に腰を下ろした。
しかも、対面ではなく俺の方に椅子を向けて座っている。
どうやらダラダラと待ち時間を過ごす雰囲気ではない。
俺もレーンの方に椅子を傾けて言葉を待った。
「あのね、ゼノはもしかしてプリニャンカみたいな子が好きなの?」
「は?」
唐突な質問に、俺は思わず大きな口を空けてしまった。




