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タオルを腰に巻いて脱衣所に戻った俺だったが、そこに人影を見つけることはできなかった。
誰か居たら居たで困るが、言い争いが起こっているのは脱衣所前の廊下でのことのようだ。
この浴場は貸し切り専門だけあって脱衣所が各浴室ごとに個別に設けられている。
その入り口を廊下によって繋いでいるのだが、どうやらそこで口論が起きているらしい。
と言うか俺の居る脱衣所のすぐ外だ。
こうなるといよいよ何事か気になるというもの。
直接この目で確認しないわけにはいかないだろう。
俺はそっと扉を半開きにして廊下を覗いた。
するとそこにはプリニャンカの姿があった。
しかも彼女は二人の人物と言い争いをしていた。
「にゃんの邪魔するなんていい度胸にゃん。お前らまとめてぶっ倒されたいにゃん?」
「いえ。ですからこの浴室はだめなので他のところを使ってください、って言ってるだけです」
プリニャンカと言い争っているのは二人の男女だった。
一人はかなり若い男、と言うか少年。
もう一人は俺と同じくらいの女だ。
見覚えの無い二人だがいったい何者だろうか。
とにかく事情を聞かないことには始まらない。
俺は戸の隙間から声を掛けてみる。
「あの、どうかしましたか?」
「あ。騒いじゃってごめんなさい。こっちの人が使用中の札に気づかずに入ろうとしてたので……」
「にゃんがどの温泉に入るかにゃんてお前の指図なんて受けないにゃん。それにそこに入ってたのはにゃんの子分にゃん。だからやっぱりにゃんが入ってもなんの問題も無かったにゃん」
「いえ。ルルド温泉郷は混浴しちゃだめなんですってば」
プリニャンカの言っている理屈はよくわからないが、口論相手の少年の言い分は筋が通っている。
「なるほど。大体事情は飲み込めた。察するに周りを見ないうちのご主人様を君が制止してくれていたわけか」
どうりでいつまで経ってもプリニャンカが入って来ないはずだ。
正直なんてことをしてくれたんだ、と言いたいところだがもちろん言葉にはできない。
それよりもこの二人はなんでそんな親切をしてくれたのだろうか。
「ところで君たちは?」
その問いに、少年ではなく傍らの女性が答えた。
「こちらはエミール・コンスタン・ド・ルルド様。このルルド温泉郷の領主にして入浴管理局の長であられます」
「んあ?」
思わず変な声が出てしまった。
なんかついさっきよく似たプロフィールの人物に出会ったばかりだった気がするのだが?
「ここの領主とか入管の局長って、ルルド温泉卿って人なのでは?」
わざわざ卿なんて名乗っているくらいだから俺はてっきりそうなのだと思っていた。
しかし今目の前に居るエミールという少年は身なりといい物腰のやわらかさといい、よっぽど育ちの良さを感じる。
領主にしてはいささか若すぎるが、そこは色々事情もあることだろう。
だがしかし、そうなるとさっきのアレはいったいなんだったのか?
「えーと、トリスタン・ピエール・ド・ルルドのことでしたら、彼は私の兄弟なんです」
なるほどたぶん血は繋がってないんだろうな、と俺は思った。




