2-20
ルルド温泉郷。
それは町全体が温泉ありきで成立している天国である。
道を歩けば右に温泉左に温泉。
宿に帰っても温泉。
寝ても醒めても温泉温泉。
温泉郷でするべきはただ一つ入浴のみなのだから滞在中はいつでも入浴できる服装でいるべきなのだ。
そんな説明を、町の入管、入浴管理局から受けた俺たちは、ゆったりとしたワンピースの浴衣を着ることで温泉郷へ入ることを許された。
「んにゃー。ここが噂の温泉郷にゃん。極楽浄土にゃん」
ルルド温泉郷は四方を山に囲まれた渓谷の宿場町だった。
連なる山々から湧き出した温泉は山の傾斜に沿って町の中央へと向かって引かれ、さまざまな浴場や温泉宿へと利用されている。
その温泉の数は大小合わせて百を超えると言われ、まさに温泉郷の名に恥じぬ、湯煙る秘境の様相を呈している。
「な、なんだか雰囲気のある温泉だね……」
「たしかにこの辺りの地方だとこんな大きな温泉町は他に無いな」
ルルドの町は見渡すかぎり平地も山肌も温泉施設でいっぱいだ。
しかもあちこちから上がる湯けむりが渓谷全体をうっすらと覆っていて、各浴場の看板となる灯りがぼんやりと浮かび上がっている。
温泉と言えば療養地のイメージが強いが、ここははまさしくそんな印象を持った街だった。
「でもなんでわざわざここに来たの。温泉なら他にもあるよね?」
その通り。
この辺りの地方でも温泉が湧き上がることは自体はそこまで珍しくは無い。
さすがにルルド温泉郷のように大規模なものは他に無いが、一つ二つの温泉なら周辺各国に点在している。
温泉に入りたいだけなら別にここである必要は無い。
「お前、勇者のくせに何も知らないのにゃん。ここの温泉には特別な秘密があるのにゃん」
「秘密?」
プリニャンカは舌を鳴らしながら得意顔の前で人差し指を揺らし、そんな態度をされたレーンは眉をしならせてジト目になる。
「ここの温泉には特別な力があるにゃん。にゃんはその力に用があるにゃん!」
「あ。ちょっと勝手にどこ行くの!?」
プリニャンカはレーンの制止を無視して湯けむりの向こうへと走り去ってしまった。
「ゼノ。あの子何か目的があるみたいだよ」
「それはまぁ、目的くらいあるだろうけど、別に好きにさせてやればいいだろう」
「そんな。もし悪い企みだったらどうするの?」
悪い企み、か。
やはりレーンはプリニャンカを完全に疑っている。
なんとか誤解を解かないとこの先行き詰まってしまうだろう。
「大丈夫だって。レーンは少し心配し過ぎじゃないか?」
「でもあの子自分を犬族だって嘘ついてるんだよ。絶対何かあるよ。追いかけて見張ってないと」
「見張るって言ってもな。相手は女の子なんだ。女湯に入られたら俺は中まで追いかけられないし、レーンだってまずいんじゃないか?」
何せ男のふりをしているのだ。
そのレーンが女湯に入ってしまえば変態の烙印を押されるか本当の性別がバレてしまうかのどちらかだ。
「じゃ、じゃあクーネにお願いしようよ。女の子のクーネならどこにだってついて行けるでしょ?」
「だそうだが、クーネちゃんやってくれる?」
「ぷいっ」
「だよなぁ……」
俺が声をかけた瞬間そっぽを向いたクーネを見てレーンは不思議そうな顔をした。
「そう言えばカルクトスを出てからクーネ喋らないよね。何かあったの?」
「いや。ただの兄妹喧嘩だ。気にしないでくれ」
「だめだよ。ちゃんと仲直りしなきゃ。プリニャンカはボクが探しておくからゼノはクーネと話してあげてね」
そう言うとレーンはプリニャンカが消えていった方向へと小走りで向かって行った。
仕方がない。
言われた通り俺は俺で偽妹のご機嫌をなんとかするとしよう。




