2-19
「本当にここでよろしいのですか。賢者様?」
「ええ。ありがとうございました。指揮官にもよろしく伝えてください」
魔王軍の不在を確認した翌日。
俺たちは数名の兵士に見送られカルクトスと隣国エラナダの国境を越えた。
敵が存在しない以上いつまでもアデラ高原に留まっていてもしかたがないからだ。
しかし戦いが発生しなかったことで一周目とは大きく状況が狂ってしまっていた。
プリニャンカが魔王討伐任務に参加するきっかけが失われてしまったうえに俺との主従関係が逆転してしまっている。
そしてなにより――
「ねぇ。ゼノってば。プリニャンカは絶対あやしいよ。あんな子といっしょに旅するなんてどうかしてるよ」
エラナダに入って最初の町へと徒歩で向かう道中、レーンはプリニャンカに対する不信感をあらわにしていた。
さすがに面と向かって非難するわけではないが、意気揚々と先行して歩くプリニャンカの後で疑問を呈し続けていたのだ。
「あやしいなんてずいぶんじゃないか。あんなに無邪気な獣人に裏も表も無いと思わないか?」
当のプリニャンカは自分が疑われていることなど知ってか知らずか、頭の後ろで手を組んで足取り軽く鼻歌まで歌っている始末だ。
「にゃっにゃっにゃっにゃっにゃーにゃーにゃっにゃっにゃっにゃっにゃー」
聞いたことの無い旋律だがプリニャンカのオリジナルだろうか。
まさか部族の伝統音楽ではないだろう。
「だって、裏表があるとか無いとかじゃなくて耳が取れるんだよ。あの子が犬族じゃないのは間違いないよ」
「何言っているんだ。レーン。耳が取れるなんてあるわけないじゃないか。角度のせいでそう見えただけだろう」
「そんなことないよ。ゼノだって見てたでしょ。って言うか手で直してたよね。なんでそんなに庇うの?」
それは大事な仲間だからだ――が、この時間軸のレーンに言ってもしかたがない。
「別に庇ってなんかいないさ。これからはいっしょに旅する仲間なんだからそう警戒しないでやってくれ」
「そんなこと言っても本人が『ゼノのご主人様』とか言ってボクの言うことなんか全然聞いてくれないんだよ。今だって勝手に歩いていっちゃうし。どこに連れて行かれるのか分からないよ?」
レーンが不安がっている理由がこれだ。
カルクトスを出てからと言うもの、道中の先導はプリニャンカに従っている。
何せご主人様なのだから俺は従わざるを得ない。
そして俺がプリニャンカ付いていく以上レーンも離れられない。
そのくせプリニャンカは行き先をはっきりと言わないのだから不信感を持つなと言う方が無理がある。
しかし、レーンにとっては行き先不安であっても、俺にはプリニャンカがどこに向かっているのか見当がついていた。
なぜなら一周目でも同じようにプリニャンカの案内でこの道を歩いたからだ。
あの時はちゃんと全員で話し合って行き先を決めたつもりだったが、今回も問答無用で連れて行かれるということは、結局はプリニャンカの思惑通りだったというわけだ。
ともあれいつまでもレーンを不安にさせておくのもよくない。
せめて行き先だけでもそろそろはっきりと周知させておくべきだ。
そのためにはプリニャンカの言葉を引き出さなければいけない。
俺はレーンに頷いてみせてからプリニャンカに声をかけた。
「ご主人様。どこに向かっているのかそろそろ教えてもらえませんか。もうけっこう歩きましたよ?」
「気が早いやつにゃん。旅は目的地に辿り着くまでの過程も楽しむものにゃん。醍醐味にゃん」
「あのね、ボクたちは遊びで旅行してるんじゃないんだよ。魔王軍と戦うために旅をしてるんだからね。これじゃあいつまでたっても世界を救えないよ」
「それはお前の都合にゃん。にゃんには関係ないにゃん。勝手について来る方が悪いにゃん」
「だったらゼノを返してよ。そうしたらすぐにでも任務に戻るよ」
「にゃんの子分はにゃんのものにゃん。悔しかったらお前も勝負するにゃん? にゃんに勝ったらお前が新しいご主人様になればいいにゃん」
「ボクが、ゼノのご主人様……?」
ゴクリ、と飲み込んだのは緊張かそれとも別の何かか。
レーンはどこか遠い世界を見るように動きを止めた。
「――ってそんなのだめだよ。破廉恥すぎるよ!」
「破廉恥なのか?」
「こいつ何言ってるにゃん」
「も、もういいよ。分かったからとりあえず行き先だけ教えてよ!」
レーンは顔を隠すように手を振ってプリニャンカに促した。
するとプリニャンカは呆れたように嘲笑しつつもニヤリとして言った。
「お前ら、温泉は好きにゃん?」
とどのつまり、それが俺たちの向かう先だった。




