1-5
「さっさと起きなさい。この寝ぼすけ」
唐突に、顔に重さを感じたことで俺は意識を取り戻した。
「う、んん……何だこれ?」
ゆっくりと目蓋を開けると何かが視界の半分を覆っていた。
頭を振って顔に乗っているそれをどかしつつ正体を確認する。
するとそれは誰かの素足だった。
つまり俺は仰向けに寝た状態で顔面を踏まれていたことになる。
誰だよ、そんなことするやつは。
その疑問を解消すべく視線を上方、つまり脚の付け根の方に向かって移動させる。
と、それが細い脚だというのはすぐに見てとれた。
しかしスカートの裾に阻まれて脛より上を直接見ることはできなかった。
ということはもっと上には服を纏った体があって、さらにその先には相手の顔があるだろう。
その一方で、だ。
俺の顔を踏みつけていた足は未だに宙にあってスカートの裾を持ち上げている。
そのせいで反対の軸足ならスカートの中のもっと上の方まで見ることができそうだった。
ここで問題となるのは視線を左右どちらの脚の先へ進めるかだ。
顔を踏んでいた方の脚を追って相手の顔を確認するのか、あるいはスカートの奥に隠された軸足の付け根、まだ見ぬ秘境へと冒険をするのか……
こんな時に思い出されるのは今は亡き師と在りし日に交わした会話だ。
――秘された真理に辿り着きたいと願うのは魔術師の性だ。ならば我々の手の届く範疇に秘密を隠しておくのは暴いてみせろと挑発しているのと同義だよ。
――俺の日記を勝手に読んだ言い訳がそれですか。先生?
あの時パルメディアが何を言いたかったのか、ようやく俺にも分かった気がした。
これは言い訳でも正当化でもない。
遊び心である。
「というわけでゼノ・クレイス探検隊は隠された真理を求め、秘境のさらに奥へと向かうのだった」
「どういうわけか知らないけど向かうんじゃないわよ。引き返しなさい!」
また踏まれた。
「いや。さっきから本当に何なんだ。なぜ踏む!?」
「あんたが二回も踏まれるようなことするからでしょ。文句あるの?」
笑止。
今のはともかく寝ているところを踏まれたのに関しては俺は原因など作っていない。
まったくの無実だ。
そのことはちゃんと抗議すべきだろうか。
しかし秘境探検のことで藪蛇の危険性も高い。
まずは相手の顔色を伺ってみることに、俺はした。
「って言うか魔王クーネリア・クーネンベルク。またお前か!」
なんてことだ。
視線を上げた先にあったのは紛れもなく魔王その人の顔だった。
だとするとまずい。
相手が彼女だったのなら最初に踏まれた理由はあれだろう。
不法侵入者として取り押さえようとした時に色々触ってしまったこと。
つまり俺は有罪。
抗議などして論戦に持ち込めば敗北は必須。
文句など言ったら最悪殺される。
いや、待て。
その最悪はすでに経験したはずだ。
それが何故こうして秘境の探検に勤しんでしていられる?
「……もしかして、死んでない?」
そんなはずはなかった。
俺は間違いなく魔王クーネリアの攻撃で心臓を撃ち抜かれた。
しかし、だ。
「あんたがゾンビじゃなければ死んでないんじゃない?」
魔王は俺のベットから小さく飛び降りながらそう言った。