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あの賢者タイムをもういちど  作者: 妖怪筆鬼夜行
二章『湯けむりの向こう、約束の場所』
59/91

2-18

「それで、賢者様。こからのことなのですが――」


 瓦礫を前に思案(しあん)を巡らす俺に語りかけてきた指揮官の顔はどこか申しわけなさそうだった。


「アデラ高原に魔族の脅威が存在しなかった以上、私は軍を帰還させようと存じます。賢者様や勇者様には無駄足を踏ませてしまいもうしわけありません」


 なるほど仕方がない。

この状況でなら指揮官の判断も妥当(だとう)だろう。

少々の気がかりはあるが、だからと言っていつまでもここに留まるわけにもいかない。


「そんな。ボクたちなら全然大丈夫です。それよりカルクトスの皆さんに被害が出なかったことを喜びましょう。ね、ゼノ?」

「そうだな――俺たちも戦うことを楽しむためにここに来たわけではないですよ、指揮官」

「そう言っていただけると助かります。お()びと言って何ですが、料理人たちが腕によりを奮った食事をご馳走いたします。そのあとで皆様のご予定もお聞かせ願えられれば出来るかぎりお力添えをさせていただきます」

「ありがとうございます。ただ周囲への警戒は続けてください。魔王軍の残党などが潜んでいるともかぎりませんから」

「承知いたしました。もっとも周辺は徹底的に捜索しましたゆえ、こちらの陣営内に間者(かんじゃ)でも(まぎ)れていないかぎり大丈夫でしょうが」

「間者って密偵(みってい)とか工作員のことですよね。魔王軍がそんなの送り込んで来られる余地があったのかな?」

「心配にはおよびません。勇者様。私の部下は皆旧知の仲。いまさら裏切るような者は一人としておりません。無論、勇者様ご一同に疑う余地も無いことも心得ております。間者というのはあくまでも可能性としてあり得なくは無い、というだけのことです」


 いや。

居るんだよな。

クーネリアという魔王が一人、しっかりとこの中に紛れ込んでいる。

まぁ、そうは言ってもこの状況で目立つようなことはしないだろう。

心なしか殺気立っているような気がしないでもないのだが、とりあえず今のところは大人しくしている。

正体がバレると大変なのであまり刺激しないようにしよう。

そうしてやり過ごせば間者問題はただの杞憂(きゆう)で終わる。


 そういうわけで、まずは指揮官の心づかいに甘えて食事だ。

瓦礫の山の上ではプリニャンカが目を輝かせている。

あまり焦らしてはかわいそうだ。


「聞きましたか、ご主人様。美味しいものを作ってくれるそうですよ」

「にゃははーん。ごちそうにゃん。思う存分食べるにゃん」


 いい反応だ。

尻尾のブンブン具合からご機嫌の程がうかがい知れる。


「では賢者様。勇者様。こちらへ」


 指揮官ももったいぶることなく俺たちを案内してくれるつもりらしい。

なんて空気の読める人だ。

軍人にしておくのがもったいない。


「にゃんを置いて行くにゃん。ごちそうは誰にも渡さないにゃん!」


 もちろん置いて行きはしないが、こういう時先陣を切らなければ気がすまないのがプリニャンカの性格だった。

しかし今日にかぎっては前のめりが過ぎたのかもしれない。

プリニャンカは荒れた瓦礫の斜面を駆け下り、そしてコケた。


「にゃにゃー!」

「ご主人様!」


 俺は思わずプリニャンカに駆け寄っていた。

ただコケただけだったらまだいい。

単にこの場の笑い話で済むことだ。

しかしプリニャンカが駆け下りようとしていたのは傾斜(けいしゃ)のきつい瓦礫の山だった。

そしてそのまま斜面をゴロゴロと転がり落ちて来る。

これにはさすがに心配するなと言う方が無理がある。


「だ、大丈夫!?」


 背後からもレーンの心配そうな声がかけられた。

それだけ盛大な転がり方だったのだ。


「あぶねー、あぶねーにゃん。ぎりぎり間一髪(かんいっぱつ)だったにゃん」

「ぎりぎりとか間一髪とかじゃなくて思いっきり転がってたけど怪我はな……い?」


 平地まで転がってようやく止まったプリニャンカはそれでも一人で体を起こした。

もともと体が柔らかいせいか大きな怪我はしていないように見える。

ただし、頭の上で大きく傾いた犬耳を除いては、だが。


「え。それって耳が取れそうになって……え?」

「にゃん?」


 自分でも違和感を感じたのか、プリニャンカは視線を思いっきり上げた。

自分では見えないだろうが頭の上では大変なことがおこっている。

頭の上の犬耳があり得ない位置にズレている。


 犬耳カチューシャ――


 そう。

それは一周目の冒険においても隠し通した彼女の秘密。

正確には、秘密を覆い隠していた偽りの存在証明(アイディンティティ)

その封印が解けかかった今、カチューシャの下に折り畳まれるように隠されていた本当の耳がわずかに顔を覗かせていた。


「……」


 俺は黙って犬耳カチューシャを元に戻した。


「……」


 プリニャンカも黙って目を(そら)した。


「さ、早くごちそうを食べに行くにゃん」

「そうですね。行きましょうか、ご主人様」

「え。ちょっと。今耳取れてたよ。その子なにかおかしいよ!?」


 俺の背中越しに見てはいけないものを見てしまったレーンが混乱している。

これは少し、フォローするのに難儀しそうだ。

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