2-17
古来、ドラゴンの巣には黄金財宝が溜め込まれていると言われてきた。
それは実際の習性というよりは、危険の真ん中に飛び込んでこそ大きな成果が得られる、という先達の教訓的な寓話だろう。
つまるところ、危険を犯せば犯すほどに大きな見返りを期待してしまうというもの一つの人間心理ではあると思う。
だからこそ魔王軍の陣地内に突入した俺たちはそこに待ち受けていたものに拍子抜けせざるを得なかった。
「本当に何も無いね……」
「にゃん。せっかく魔族を倒してやろうと思ったのにねずみ一匹居ないにゃん」
果たしてカルクトス軍の魔法兵たちは大門を打ち破ることに成功した。
魔王軍からの反撃が皆無だったのだから難しいことではないが、時間をかけて強固な大門を突破し、俺たちは土壁内部に切り込むことに成功したのだ。
しかしそこで待っていたのは殺風景な大自然。
アデラ高原の小高い丘のほとんどそのままの光景だった。
ここには財宝も無ければそれを守る竜も居ない。
「ねぇ。ゼノ。どう思う。魔王軍はどこに消えたのかな?」
「消えた、と言うより初めから侵攻する気が無かったようにも見えるな」
「最初から?」
「ああ。魔王軍がこの回廊を侵攻の足がかりにするつもりだったのなら、当然要塞化して守りを固めていないといけない。だが実際には、見ての通り要塞どころか簡単な野営をした形跡すらない。だから途中で放棄したと言うより、最初から駐屯する気が無かったのかも、と思ったんだ」
「でもせっかく回廊を繋げたのに土壁だけ造ってほったらかしなんて、そんなことするのかな?」
「どうだろうな。回廊は魔族にとってもどこにでも自由に作れるわけじゃないみたいだからな。最初に土壁で覆っておいて周囲を調査してみたけど繋がった場所が気に入らなかったのか、他に問題が起こったのか……指揮官。索敵の様子はどうですか?」
「現在全軍を上げて魔王軍を捜索しておりますが未だ何も。最初に四方に飛ばした騎兵隊もそれらしきは見つけておりません」
「だとすれば、やはり魔王軍はここを放棄した可能性が高いですね」
自分で言っておいて納得できない。
一周目では魔王軍はこの回廊から実際に侵攻してきたのだ。
だから俺にとってここに魔王軍が居なければならなかった。
戦いが起こらなければならなかった。
あの戦いで俺とレーンは魔族からカルクトスを守り、プリニャンカという仲間も手に入れたのだ。
……あれ?
べつに戦わなくてもよくなったのか、これ?
「これだけ捜索して見つからないのですから賢者様の言う通りかもしれません。回廊もあの有り様ですし、カルクトス軍の長としては脅威は回避されたものと判断したく思います」
指揮官の言葉につられて俺はその瓦礫の山を見た。
それは今となっては見る影も無いが明らかに人工物の崩れ去った跡だった。
「にゃにゃ。これが回廊の残骸にゃん?」
「回廊そのものと言うか、ほとんどは回廊を覆っていた祠の瓦礫ですよ。ご主人様」
その瓦礫の山は土壁に守られた丘の頂上、傾斜のほとんど無くなった頂上部分に残されていた。
プリニャンカはその瓦礫に登って興味深そうに周囲を見回している。
「最初から壊れてたってことは魔族が自分で壊したにゃん?」
「たぶんそうです。この場所が進軍計画にそぐわなかったのか最初からただの実験だったのか、どちらにしても魔王軍がこの回廊を放棄したことだけは事実です」
あるいは損耗を避けてクーネリアが軍を引いたのか。
一周目では実際に進軍してきた魔王軍が姿さえ見せないのだからそう考えたほうが辻褄が合う。
だが正解は分からない。
本当に魔王軍は退却したのか。
俺はこの状況に対する確信を未だに持てないでいた。
もしかするとごく少数の精鋭を潜ませている可能性はまだあると、俺は思ったのだ。




