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「――誰って、お兄ちゃんのかわいい妹に決まってるじゃない」
少しの間を置いて謎の少女はそう言った。
戯言だ。
俺が家族と呼べるのは育ての親だったパルメディアただ一人。
その彼女も未婚のままこの世を去り、俺以外の弟子も養子も取った事実が無い。
だから俺に妹がいるはずが無いし、ある日突然訪ねて来たりもしない。
もちろん俺の知っている『妹』がキノコのようにポコポコ生えてきたりしないのならだが、そんな怪現象は有史以来確認されていない。
「俺に妹はいないはずだが、いつからそんな妖怪じみたやつが住み着いているんだ。この家は?」
「……」
「…………」
「……………………」
「お前何者だ。正体を現せ!」
俺はテーブルを乗り越え正体不明の赤髪少女に飛びかかった。
曲者じゃ。
者ども出合え出合えー!
「ちょっと待って。タイム、タイム。悪かったわよ。悪かったから!」
「おとなしくしろ。この妖怪妹キノコめ!」
「妖怪!? キノコ!? あんた何言ってんのよ!?」
逃げようとするキノコ――赤髪少女の腕を捕まえて振り向かせる。
痛い。
速攻で脛を蹴られた。
意外と凶暴だぞ、こいつ。
中途半端な間合いは危険だ。
いっそ完全に組み付いて密着した方が被害が少ないかもしれない。
俺は素早く体を入れ替えて後から羽交い締めする体勢をとった。
「ぎゃー。何触ってんのよ。放しなさいよ。変態!」
「変態とはなんだ。言っておくが、これはあくまでも不審者に対する正当な対応としてだな――」
「触ってんのよ。不当に、触ってんのよ!」
おや。
言われてみれば手のひらに妙に柔らかい感触があるような……
ふむふむ。
なるほどなるほど。
こういう感触なのか。
「これは勉強になるな」
「あたしの体で勉強してんじゃないわよ!」
「いや。つい学術的探究心がはぁ――」
赤髪少女が大きく前のめりになったかと思ったら急に仰け反ってきた。
結果、俺の顔面を後頭部で強打され思わず手を離してしまった。
「いてて。せめてちょっとは加減をしろって――」
俺の腕の中から抜け出した赤髪少女は素早く距離をとってから振り返った。
ぶつけられた鼻を押さえながら俺は改めて少女と向かい合う。
暴れていたせいだろうか。
彼女の前髪が流れてその目元があらわになっている。
そして改めて見るその素顔に俺は驚愕せざるを得なかった。
「お前、魔王クーネリア・クーネンベルク!?」
間違いない。
仲間たちと共に魔王城で倒したはずの宿敵がそこに居た。
「できるだけ平和的に済ませてあげようと思ってたけど――」
魔王クーネリアはじっと据わった目としんとした静かな声で。
「あんたやっぱり一回死んできなさい――」
俺の死を宣告した。
「――――ッ」
致命的に反応が遅れた。
相手の正体に動揺してしまったせいだ。
気がついた時には胸の真ん中から全身に向かって灼熱が奔り、しかし次の瞬間には一転、俺の体は嘘のように熱を失った。
「うそだろ……」
膝が床に落ちてその衝撃で視線が下がった。
結果、図らずも自分の胸の有り様を確認することができた。
魔術で心臓を撃ち抜かれていた。
致命傷だ。
手の施しようがない。
俺は抗うことも出来ず前のめりに倒れた。
魔王クーネリア・クーネンベルク。
なぜ生きている。
なぜここに居る。
薄れゆく意識のなかで俺が最後に思ったのはそんな疑問だった。