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カルクトス軍の本陣は、軍議を行う天幕の他に指揮官の個室や野戦食の調理場など大小いくつかの天幕が集合した野営陣地だった。
そのため陣地内には死角が多く、薄い天幕の反対側にさえ気をつけていれば秘密の会話をする場所に困ることは無い。
クーネリアを連れ出した俺はひとまず天幕の間を歩き回り人気の無い場所を見つけて立ち止まった。
「で、何の話し?」
前髪を掻き上げ目元を露わにしたクーネリアの態度にはどこか刺がある。
やはりお互いの陣営が激突する直前だけあって気が立っているのだろうか。
「何って、お前は俺たちとずっといっしょに居て大丈夫なのか。仮にも魔王だろう。部下のところに行かなくていいのか?」
「部下? ああ。あの回廊のところに居る連中のことならあたしは関係ないわ。戦争でもなんでも好きにすればいいじゃない」
「お前、それ本気で言っているのか?」
クーネリアの反応は俺の予想外だった。
たしかにこいつ自身、やっかいな偽神を目覚めさせたせいでそのおもりに追われている身だ。
しかし魔王としての本来の目的は現世界勢力との戦争に勝つことのはず。
それなのにこの戦いでの既定された敗北への無関心はなんだ?
ここで干渉しなければ部下も回廊も失うというのに……
「言っておくけど、魔王なんて言ってもあたしはただのお飾りみたいなものよ」
俺の疑念を理解しているのか、クーネリアはことも無さげに語りだした。
「もともと今の魔王軍自体が将軍ごとに従えた別々の軍団の集まりなのよ。あたしはあくまでも神聖魔法耐性を《恩賜》することを望まれて祭り上げられてるだけ。軍の指揮は将軍たちが自分でやってるわ」
「だから今も部下のところに戻らなくて問題はないって言うのか?」
「あたしが行ったところで無意味なのよ。そもそもこんなところに回廊を作ったこと自体あたしは知らなかったし、報告が無かったってことは自分たちで好きにやりたいんでしょ」
さて。
その言葉をどこまで信じたものか。
たしかにいっしょに旅をしてきたこの一週間、クーネリアが外部と連絡を取った様子はない。
ずっと俺の横で大人しく偽妹を演じている。
少なくとも魔王軍の軍議に積極的に参加しているわけではないだろう。
だがそれにしてもこんなに放任主義でいられるものだろうか。
もちろん魔王軍とて一枚岩ではない、という話は分かる。
どこの組織にも派閥争いくらいあるだろう。
しかしクーネリアは魔王。
軍団どころか魔界の頂点に君臨しているはずだ。
仮にお飾りに近い神輿だったとしても、本当に同胞の敗北を見てみぬふりをするつもりなのだろうか?
……だめだな。
クーネリアの真意を読み取るには俺たちは付き合いが短すぎた。




