1-39
レーンの身長は俺より低い。
女の子にしては高い方だが、俺も比較的上背がある方なのでどうしても身長差は埋まらない。
それでも耳元で声がしたということは、レーンはつま先立ちになってまで唇を近づけてきたということだ。
何故だ。
怒っていないのか。
そんなにまでして甘い声で囁かれたら反省どころではなくなってしまった。
俺が小さく何度もうなずくと、レーンは腰から手を回してきて俺の持っている服を手に取った。
近い。
もはや裸のレーンに抱きつかれているような錯覚にさえ陥ってしまいそうだった。
「そのまま。約束破っちゃだめだよ」
吐息のような言葉と共に、レーンは俺の持っていた服を取り上げるように体を離した。
俺は動けなかった。
レーンも何も喋らなかった。
ただ背後から聞こえる衣擦れの音だけがこの部屋の全てだった。
衣擦れの音から想像されるレーンの姿だけが全てだった。
レーンは着替えている。
十中八九、俺の用意したプレゼントの服を着てくれている。
ブラウスに片腕を通し、さらにもう片腕も通し、背中を滑らせるように襟を引き上げる。
そしてゆっくりとすべてのボタンを留めてからスカートを手に取り前かがみになる。
片足ずつ足を入れて、柔らかなひだがレーンのが脚線美を下から上へとなで上げていく。
ふくらはぎからふともも通り腰へとたどり着いたスカートがそこでようやく定位置を得る。
最後にコルセットを装着し、フロントの紐を締め上げる。
コルセット全体がレーンの腰回りに密着し、その引き締まった体のラインを浮かび上がらせた。
それが俺の透視た光景。
俺の聴覚はもはや視覚と同等だった。
「もう、いいよ」
少し躊躇を含んだレーンの声。
それでもいいのだそうだ。
それはつまり俺は許されたということなのだろうか。
もう叱責や巻戻りに怯えなくていいのだろうか。
これで振り向いた瞬間パンチが飛んできたら血の涙を流す自信がある。
だが、それでも――
見たい。
せっかく用意した服を着てくれたのなら絶対見たい。
最初からプレゼントする前提だったとは言え、まさかこの場で着替えてくれるなんて思ってもいなかった。
この予想外のカウンターサプライズ。
多少の危険の何を恐れることがあろうか。
覚悟を決めた俺はゆっくりと振り返る。
笑ったレーンと怒ったレーン。
天使と悪魔。
果たしてそこに居たのは――
「どう、かな?」
恥ずかしそうに上目使いをする、知らない顔のレーンだった。
思えば約二年にも渡る一周目の旅路の中でレーンが女の子らしい格好をしたことなど一度としてなかった。
もしかしたら今みたいに部屋でこっそり着ていたのかもしれないが、少なくとも俺はそんな姿を見たことはない。
レーンの男装は必要なことだし本人も納得の上でのことだ。
俺はそれをしかたないと思いこそすれ残念だとは思っていなかった。
なぜなら男装をしていてもレーンは十分かわいかったからだ。
愚かだった。
俺はなぜこの問題に対して思考停止してしまっていたのだろう。
レーンは男装でもあれだけかわいいのだから、かわいい服を着させればなおかわいいに決まっている。
今まさに現実のものとして顕現した完全体のレーンがそれを証明しているではないか。
そう。
いつぞやは裸のレーンを完全体などと称したがあれは間違いだった。
レーンはかわいい服を着せてこそ完全体なのだ。
「すごくいいな。本当にその服でいいのか悩んだけど、とても似合っているよ」
「えへへ。ありがとう。ボクもこのデザイン好きだよ」
レーンは死角となる部分の状態を確認しようと体を左右にくねらせながら必死に首を回して覗き込んでいる。
その無邪気な動作がただでさえかわいいレーンをさらにあどけなく見せる。
こうなると人前では凛々しい勇者レーン・レイ・ソードワースはもはや別人だ。
たぶんこんなの誰も見たことがないだろう。
俺だけのレーンだ。
できることなら独り占めしたい。
「でも、いのかな?」
不意に、上機嫌に見えたレーンの表情が曇った。




