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「あ。ちゃんと一人で着替えられたんだ。えらい、えらい」
ダイニングに姿を現した俺を見て、赤髪の少女はそんな雑な誉め言葉を口にした。
「着替えくらい一人で出来て当たり前だろう。子供じゃないんだぞ?」
あるいは貴族の御曹司か。
それなら下々の者に身の回りの世話をされっぱなしで着替えの一つも自分ではできない、なんてことも珍しくはない。
だがあいにく俺はその下々の生まれだ。
いや。
それどころか俺の育ての親代わりの人は人里離れて暮らす風変わりな研究者だった。
魔術師パルメディア。
それが育ての母であり姉であり唯一の家族であり、俺に魔術や色々な知識を授けてくれた恩師である。
今はもう亡き人だが、生前は研究に没頭する本人に代わって俺が家事をこなしていたし、ことあるごとに二人で旅して野宿なんかもよくしたものだ。
そういうわけで俺は生活力には自信がある。
「どうかな。お兄ちゃんって仕事のほかは勉強とか研究ばっかりでしょ。自分のことだってちゃんとできるか不安だわ」
心外だな。
そんな風に思われてるとは。
「とにかく座って。早く食べないと約束の時間に遅れちゃうんだからね」
促されて俺は椅子に座った。
目の前には作りたての朝食。
上等な白いパンに焼いたベーコン。
この地方では珍しく、野菜だけではなく魚まで入れたスープ。
朝から豪勢なことだ。
庶民の献立ではない。
誰の金だろう。
気になるが今はとりあえず食べよう。
うん。
美味い。
「ところで勇者レーン・レイってどんな人かな。みんなすごい格好良いって言ってるけどあたしと話してくれるかしら?」
いや。むしろ可愛い子だよ――とは言わないでおこう。
それが本人のため、むしろ希望だ。
――しー、だからね。しー。
そう言われてるし。
そういうわけで一般的な認識を言えば、勇者レーン・レイ・ソードワースは今をときめくご婦人方に話題のイケメン男子だ。
大陸屈指の列強国エルミュット王国の一等騎士。
かの大英雄ソル・レイ・ソードワースの唯一直系の子孫。
聖法教会から勇者の認定を受けた人類の希望の光。
果たしてその人物像は清廉潔白にして眉目秀麗。
『彼』を目の前にした世の女性は思わず恋せずにはいられないという。
もちろん俺だって『彼女』と結婚したいと何度思ったことか分からない。
しかし今は目の前の少女の言葉の意味の方が問題だ。
「もしかして一緒に来るつもりか?」
食事を続けながら大事な確認をする。
今の俺にはただでさえ確認しなければいけない情報が多い。
例えば仲間の安否確認。
少なくともレーンが生きているというのは吉報だ。
だがあとの三人についてはまだなんとも言えない。
俺とレーンが無事なのだから期待は持てるが大丈夫だという保証もない。
もしものことを思えばそれを確認するのが怖いと言う気持ちもある。
だからあえて他の、まずは近いところから情報を埋めていくのだ。
「もちろん行くわよ。じゃないとなんのためにここまで来たのか分からないでしょ」
それは俺には分からないでしょ。
むしろそのためにここに居るらしい、ということは分かった。
「もしかしてだめだった?」
懇願するように聞かれても困る。
これで上目づかいまでされたら寛大な兄のような即答をしてしまいそうだ。
さいわい少女の目元が前髪で隠れているせいで俺は冷静さを失わずに済んでいる。
「いや。まぁ、それはそれなんだけど――」
だからまずは確認だ。
何度も言っているが、大事なのは情報の確認。
これに尽きる。
「――そもそも、君は誰だ?」
その一言で俺たちは向き合ったまま固まってしまった。