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あの賢者タイムをもういちど  作者: 妖怪筆鬼夜行
一章『あたらしい朝が、来ない……』
36/91

1-35

「クーネ。もういいぞ。上がって来てくれ!」


 庭の手入れに精を出していたクーネリアを大声で呼びつけると、本人はやる気がなさそうに一階のドアへと入っていった。

こらこら。

仕事はあんなに熱心だったんだからお兄ちゃんに呼ばれた時も元気よく走ってきなさい。

そのうえで『お兄ちゃんおまたせー』と愛想を振りまいてくれればなおのこといい。

……いや。

そこまで期待するのは酷か。

相手はあのクーネリアだし。

と、考えていると部屋のドアが開き本人が入ってきた。


「なに?」


 0点だ。

せっかく今日のがんばりを高く評価していたのに、一番大事なお兄ちゃんに対する態度だけは0点だ。

とは言えちゃんと手は洗ってきたようだからここはあえて及第点(きゅうだいてん)とする。

……甘すぎるか?


「お勤めご苦労。そろそろ謁見の時間が近づいてきたからもういいぞ」

「おつかれさま。クーネ。よくがんばったね。ゼノも褒めてたよ」

「??」

「お前が働いてる間色々話して仲良くなったんだ。今や俺とレーンは名前で呼び合う仲だから自動的にお前も仲間入りだ」


 そう。

一周目同様、とまではいかないが俺たちの関係は早くも良好だ。

もしかしなくても今まで一番順調ではないだろうか。


「ふーん。あたしが働いてる間にずいぶん楽しくお喋りしてたのね」

「心配しなくても楽しいのはこれからだ。実はがんばったクーネにご褒美を用意しておいたぞ」

「……なんか怪しいわね」

「怪しいなんてとんでもない。今回クーネちゃんのために用意した『頑張ったで賞』はこちら、選べるメイドコスチュームセットです!」


 ババン!

と、部屋に置かれたクローゼットを開くと、そこには色とりどり形さまざまなメイド服の数々が掛けられていた。


「おめでとう。見事メイド研修を修了した君は今日から正式にメイドとして働くことになりました」


 俺はサムズアップしてクーネリアを祝福する。

が、本人はまったく状況を理解していないようだ。


「ど、どういうこと。あたしもしかしてずっとここで働くの?」


 それは違う。

もちろんクーネリアを置いて行ったりはしない。

俺たちは協力者なのだからいっしょに来てもらわなくては困る。


「勘違いがあるようなのでここでもう一つ重大発表です。我々兄妹はこちらの勇者レーンさんと魔王を倒しに行きます。あなたはその旅にお手伝いのメイドとして同行するのです。そういうわけで理解は完了?」

「あたしがメイドとして――?」

「ボクといっしょに魔王を倒しに、って――?」

「「ええ?」」


 レーンもクーネリアもいい顔するな。

そんなに喜ばれたらこっちまでうれしくなってしまう。


「ゼ、ゼノ。ボクといっしょに来てくれるって、いいの。まだジェームス様にもお願いしてないんだよ?」

「大丈夫だ。さっきまで話していてレーンは信用できそうな相手だと分かった。だから謁見でもジェームス様には魔王討伐を承認(しょうにん)するように進言するつもりだ」

「たったあれだけ会話で本当に? ボク、ゼノに信用してもらえるようなこと言えてなかったと思うよ?」

「そんなことないさ。これでも魔導学府(アカデメイア)の四賢者だぞ。レーンの真っ直ぐな人間性はもう十分読み取ったよ」

「そう、なんだ……」


 なんてレーンに感心されてみたり。

旅への同行は既定路線なので多少早めに宣言してしまっても問題ないだろう。

会話の流れ的につい口走ってしまったが悪影響は無いはずだ。


「それはべつにいいけど、だからってなんであたしがメイドのままなのよ?」


 さて。

本題はこちらである。

偽妹メイド化計画は一時的なものにあらず。

これは強制的かつ恒久的(こうきゅうてき)な一大事業なのだ。


「なんでって、さっき割ったティーセットを誰が弁償すると思っているんだい。あなたお金持ってないんだから働いて返済しないとでしょう?」

「くっ……」


 実際のところあのティーセットは安物だからこれは詐欺(さぎ)だ。

だが賢者と呼ばれる人間が善良だといったい誰が決めたのだろうか。

もちろんそんな保証はどこにもなく、事実、『四賢者いちの常識人』と言われる俺でさえもこの有り様である。

しかしそれを非道と言うなかれ。

これはあくまでループ現象脱出の一環にして、クーネリアを少しでも大人しくさせるための一石二鳥な妙案(みょうあん)なのだ。

そのうえでこのやり口にしてこの手際。

きっとパルメディアも草場の影でご満悦(まんえつ)だろう。


「っていうことだから、これからの仕事着が今着てるワンセットだけじゃ困るだろう。ジェームス様にはよろしく言ってあるから追加で何着か選ぼうか」


 俺はクローゼットにもたれかかるようにしてそう言った。

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