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「ねぇ。このおねーちゃん誰。ゼノの彼女?」
少年の目はクーネリアを見たままだったがその問いは俺に対してのものだろう。
ずいぶん不躾な質問だが無理もない。
この時間軸での俺は十七歳だ。
同年代の異性を連れて歩いていればそう見えてもしかたない、と個人的には思うのだが――
「誰がこいつの彼女ですって?」
瞬時にしてクーネリアの右手が少年の顔面を鷲掴みにする。
その手にはどれだけの握力が込められているのか。
ちゃんと手加減はしているようだが、何せ最大出力レベルは『魔王』である。
そのポテンシャルはオーラとなってはっきりと見える、気がする。
「あ、あばば――」
そのオーラが見えてかあるいは見えずともか、己の失言を悟った少年が阿鼻叫喚を体現したような表情を浮かべている。
おいおい。
子供にさせていい顔じゃないだろう、それは。
「そのくらいで許してやってくれ。顔の形が握りつぶしたパン生地みたいになったらどうする。民間伝承に新種の魔物を追加する気か。俺はいやだぞ。こんな自然の美しい国のご当地魔物が顔の形が特殊なだけの失言小僧なんて」
俺が諌めるとクーネリアはしぶしぶながらその手を離した。
「ごごご、ごめんなさい――」
開放された失言小僧は両手で顔の輪郭を確かめながら逃げ去っていった。
大丈夫だ。
君の顔は人間のままだ。
よかったな。
「お前な、子供相手にあんまり本気で怒るなよ?」
「あいつが失礼なこと言うからよ。それに少し脅かしただけでしょ」
「あんまり暴れてると正体がバレるだろう。こんな調子じゃさすがに困るぞ」
今のクーネリアは魔王ではなくあくまでも俺の偽妹クーネだ。
つまりちょっと魔術が得意なくらいの普通の女の子を演じていてくれなくては困る。
あと欲を言えばもう少し偽兄ちゃんにやさしくして欲しい。
具体的にはせめて起き抜けに顔面を踏むのはやめてくれるとありがたい。
「そう言うあんたはさっさとレーンを何とかしなさいよね。一周目より上手くやるどころか、思いっきり嫌われてちゃ意味ないじゃない」
「そう言うなよ。俺だって悲しいんだ。まさかレーンに殴られる日が来るなんて……」
「それはわざわざ着替えてる最中に乱入するあんたが悪いんじゃない」
「仕方がないだろう。一周目はそれで仲良くなったんだから」
「だったらさっさとそれだけの関係になりなさいよ。じゃないとハーレム以前の問題だわ」
「こうなったらいっそレーンに事情を話すっていうのも手じゃないか。上手く説明できれば協力者になってくれるかもしれないだろう?」
「無駄よ。あたしたちは魔術仕掛けの神に関係することは他人には一切喋れないわよ」
「喋れない?」
「大魔法陣には隠匿術式が含まれてるみたいなのよ。前にうっかり口走ったら時間を巻き戻されたわ。術者以外の誰かに情報が漏れるのを防ぐようになってるのかもね」
念入りなことだがこの手の防護措置はままあることだ。
どんな大魔術もネタが割れれば対抗措置を取られてしまう。
だから魔術師というのは基本的に誰もが秘密主義だ。
そのことに関しては魔導学府でさえも例外ではなく、個人の持つ秘術や奥義までは共有されていない。
それくらい不明であるというのは魔術にとって本質的なことなのだ。
「それじゃあやっぱり一周目の再現しかないな」
「あっそ。タイミングの問題だけならさっさと成功させて先の時間軸に進むわよ。あんたの仲間、あと三人も居るんだから」
そうだな。
レーンとは一応出会えているんだし、早くエルルやプリニャンカやフラウの顔も見たい。
そして俺たちは謁見以降の出来事をやり直してレーンと共にルーシアを旅立ち、あの問題の宿へと到着したのだった。




