1-1
――きて。
声が聞こえる。
――起きて。
それは遠くて近くの誰かの声。
――早く起きて。
俺はそれを、どこかで聞いたことがあるような……
「朝だって言ってるでしょ。お兄ちゃん!」
突然威力の跳ね上がった怒鳴り声で殴りつけられ俺の意識は急速に覚醒した。
と言っても未だ思考も視界も霧がかかったようにぼんやりとしている。
状況が、把握できない。
「もう。やっと目が醒めたの。あれだけ夜ふかししないでって言ったのに、なんで言うこと聞かないかな。このお兄ちゃんは?」
とりあえず上体を起こしてみると俺はベッドの上で寝ていたらしかった。
そしてすぐ脇に赤くて長い髪の少女が立っていてどうやら俺に対してご立腹の様子。
もっともその目元は前髪で隠れてしまって表情まではよく確認出来ないのだが。
「って言うか、あんまり起きないから死んでるのかと思ったんだから。生きてるなら生きてるって返事くらいしてよね」
んな無茶な。
いや。
待てよ。
死んでる?
死ぬ……
死んだ……
そうだ。
俺は、大魔法陣の魔力爆発に巻き込まれて死んだはずだ。
なのにどうしてこんな少女に怒られているのか。
「……もしかして、死んでない?」
それはちょっとなかなかに希望的観測だったかもしれない。
それでもここを死後の世界だと考えるよりはいくらか現実的だろう。
「んんー。お兄ちゃんがあたしの知らない間にゾンビになってなかったら死んでないんじゃない?」
なるほど。
さいわい屍霊魔術は俺の専門外だし興味もない。
まして自分を歩く腐肉に変えるような酔狂さも持ち合わせてはいない。
ならば結論は必然にして明白だ。
「大丈夫。ちゃんと生きた人間だから十字架もニンニクもしまってくれ」
いったいどこから出したんだか、そんなものを」俺の顔に押し付けないでほしい。
と言うか、むしろそれは対吸血鬼グッズなのでは……
「なーんだ。ちゃんと生きてるなら許してあげる。だからすぐに着替えて一階に下りて来てね。今日は朝から王様に会いにお城に行くんでしょ」
そう言うと小さなヴァンパイアハンターもどきは十字架とニンニクを放り捨ててドアから出て行こうとする。
俺の部屋にそんなものポイ捨てするな。
と、ようやく俺はここが自分の家の寝室だったのだと認識した。
ただし実家とかではなく仕事のために借りて住んでいた一軒家だ。
以前、俺はルーシア王国と」いうところで国王のジェームス様に仕えていた時期がある。
それも直臣、つまり接雇用だったのでわりといい待遇でだ。
かく言うこの家もジェームス様に貸してもらっていたくらいだ。
ただしそれは俺が魔王討伐に旅立つまでの話。
出立の際にはきれいさっぱり引き払ったはずだった。
それが今こうしてここに居るのは何故だ?
「ジェームス様が呼んでいるのか?」
ここがルーシアの自宅なら城からの呼び出しはよくあることだ。
だが、さっきの言い方だとまるで俺がその予定を承知しているような口ぶりだった。
今しがた目を醒ましたばかりだと言うのに、それは変だ。
「夜にお城から使いの人が来たじゃない。はっきりとは言わなかったけどきっとあれね。昨日、お城に来たっていう勇者レーン・レイ・ソードワースの話。魔王を討伐に行くって噂だからお兄ちゃんに相談があるんじゃない?」
昨日の夜?
なんのことだ?
いや。
それよりもレーンがこれから魔王討伐に向かうだって?
告げられた言葉に俺は困惑を隠せなかった。
もしかしたらこれは何か大変なことになっているのかもしれない。