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「へぇー。それじゃあゼノはもともとルーシアには調査のために行っただけだったんだ」
食堂に下りた俺たちは早々に料理を注文し食事にありついた。
肉に野菜に煮物にチーズ。
少々頼みすぎだが、記念すべき旅立ちの日だからとレーンが贅沢をしようと言ってくれた。
その気配りには頭が下がるばかりだが、ここで遠慮しても逆に恩に仇だ。
代わりに望まれるまま俺の身の上を話して聞かせている。
「ああ。ジェームス王の執政顧問とは昔からちょっとした知り合いだったからな。その関係で依頼を受けて出向いたんだけど、解決より先に執政顧問が倒れてしまってさ。なかばなし崩し的にその代理まで引き受けることになったんだ」
「なし崩しでゼノを雇えるなんてジェームス様は運が良かったんだね。その時にはもうゼノは魔導学府の四賢者だったんでしょ?」
「そうだな。まぁ、繰り上がったばっかりの新米だったけどな」
魔導学府とは大陸における魔術知識の探求のため大昔に設立された魔術師たちの共同体であり、またある種の結社のたぐいだ。
もちろん学府と言うだけあってそこでは共に研究をしたり師弟関係を越えた講義を行ったりと教育機関の役割も果たしている。
おもしろいのは魔導学府には全員が入れるだけの大講堂があって、そこのすべての椅子には数字が振られている。
そしてより能力を認められた者ほど数字の若い席、つまり講壇に近い席に座る権利を持つ。
つまりこの席順こそが学府内における序列なのだ。
だが実は大講堂の椅子に振られた数字は最小のもので五番までしかない。
では四番から一番にあたる席はと言うと、講壇の脇に数字のない四つの席があってそれが最上位の四人が座る席となっている。
これは魔導学府設立時からの慣例だが、この席に座る四人は全員同格とされ四賢者と呼ばれる。
現在の四賢者は揃いも揃って曲者ばかりだが、中には俺のような常識人も居たりする。
そう。
世間で俺が賢者と呼ばれているのはそこに由来するのだ。
「でもゼノって四賢者なのに魔導学府の中より辺境で生活してる時間の方が長いんだね」
「ああ。それは俺の先生の影響だな」
「先生って魔術のお師匠様ってことだよね。ゼノのお師匠様ってどんな人なの?」
どんな人、か。
少し悩むな。
パルメディアの人物像と言われてもなかなか掴みどころのない人だった。
一応その昔に本人からこんなことを言われたこともあったのだが……
――ゼノ。もしも私について聞かれることがあったら『師はとても美人で頭のいい人です』と言え。決して本当のことを喋ってはいけない。
――わかりました。先生の心が醜くずる賢こいことだけは真実として語り継いでいきたいと思います。
恥ずかしくて言えないだろう。
こんな人が先生だったと知れたら四賢者の威厳も台無しである。
「やさしい人だったよ。口ではひねくれたことばかり言っていたけど、身寄りのない俺をここまで育ててくれたのは先生だからな。魔導学府には所属していなかったけど、世に出ればきっと偉大な魔術師として認められていたと思う」
師が師なら弟子も弟子。
パルメディアが見栄っ張りなら俺も俺で見栄っ張りだったのかもしれない。