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「お兄ちゃんってば何するのよ。せっかく新しい服が決まったのに」
「値段で決めるな。って言うかその場合普通は一番安い方を選ぶだろう」
不満を漏らすクーネリアを旅装売り場に下ろす。
見た感じこのあたりに並んでいるのは一般的な商品ばかりだから値段も相応だと思う。
ここならクーネリアに選ばせても問題はないはずだ。
「え。お兄ちゃんはあたしに粗末な服を着させる気なの。こんなにかわいい妹なのに?」
「そういう台詞はせめてもう少し可愛気を身に着けてから言おうな」
クーネリアはもっとレーンを見習うべきだ。
品行方正、常に他人への気づかいを忘れず、それでいて自分のやるべきことを忘れない。
そんな騎士の鏡のようなお手本が目の前に居るのに――
あれ。
レーンはどこに行ったんだ?
さっきまで近くに居たと思ったんだが……
あわてて店内を見渡すと、いつの間にかレーンは遠くの方に移動していた。
その場所はたぶん、流行ものの婦人服売り場だ。
「ふふふふふーん。んーふっふふふふーん」
楽しそうに選んでいるな――かわいい服を。
何をやっているんだか。
しかたないので商品を物色しているクーネリアを残し、婦人服売り場へと俺は向かう。
背後からとは言え俺の接近に気づかないあたりレーンは服選びに夢中らしい。
こうなるとちょっと遊び心が出てくるのは俺が他ならぬパルメディアの弟子だからだ。
そうだ。
悪いのはあの師匠だ。
「お客様。お目が高いですね。そちらはルーシア発、大陸席巻間違いなしの最新モードでございます」
「うわぁーー。ゼ、ゼノ。びっくりさせないでよ!」
背後から耳元で語りかけてみたがレーンの反応は予想以上だった。
あわてて振り返ったレーンは顔を真っ赤にして両手に持った二着の服を落としそうになっている。
かわいいやつめ。
「その二着が気になるのか?」
レーンが手にしているのは両方とも若い女性向けのコーディネートだ。
片方はフリルのあしらわれたブラウスにコルセットとスカートのややゴージャスな組み合わせ。
もう一方はシンプルなブラウスにリボンの付いたワンピーススカートというシンプルなもの。
方向性は正反対だがどちらも実に女の子らしい装いだ。
「えーっと、クーネ。そう。クーネに似合うじゃないかなーって思って……」
「はは。あいつもそういうかわいいのを着て少しくらい大人しくなってくれたらいいんだけどな」
レーンも嘘が下手だな。
クーネリアを言い訳にしているが、選んでいる最中両方の服を交互に自分の体に当ててみていたのを俺は見逃していない。
ましてや今クーネリアに必要なのは旅装だがレーンが手にしているのは旅支度には程遠い。
どう考えても完全に自分の趣味だろう。
普段は男装をしていてもやはり本当はこういうのを着たいということか。
本当ならそれくらい好きにさせてやりたいが、如何せんここでは人目もある。
一周目でもそうであったように、本当の性別がばれないように自重させないといけない。
「っと、クーネはちゃんと自分で選んだみたいだな。他にも色々店をまわらないといけないし、決まったなら早く買って次に行こう」
「あ。う、うん。そうだね……」
ばつが悪そうに服を戻したレーンと共にクーネリアのところに俺は戻った。
それから俺たちは他にも適当な装備を揃えてからジェームス王が手配してくれていた馬車でルーシア王国に別れを告げた。
一周目の冒険では魔王を討伐するまでの二年間一度も戻らなかった感動の旅立ちだが、今回はまさか一日もも保たずに逆戻りすることになるとは、この時の俺はまだ知るよしもなかった。