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ところでとある賢者の格言によれば、服装とはその人を表す名札のようなものだと言う。
農民は丈夫で動きやすい作業服を着ているし、踊り子や歌い手は人目をひくために華やかな衣装を身にまとっている。
他にも職業によって適した服装というのはまちまちで、同じ職業でも事情が違えば個人差もあるだろう。
では俺たちのように戦いの冒険に挑む人間にとってふさわしい服装とは何か?
難しい問題だ。
単純に身を守ることを考えれば鎧を着るのが安心だが、そんな重いものを旅の間ずっと着ているのは無理だ。
しかも魔術戦ともなれば鎧は防御としてはあまり役に立たない。
そう考えると何を隠そうレーンの騎士正装は旅装としても優れた一品だ。
なにせ軽装のようでいて実は刃を通さない糸と魔力耐性を持つ糸を交差させて織られた布を使っているので見た目よりはるかに高い防御力を持つ。
あと何より立派に見えるのがいい。
勇者という立場に説得力が出て、これから旅する先々で現地の協力を得るのに役に立つ。
貧相な格好では戦いも交渉も上手くはいかないのが世の常。
さすがは大国であるエルミュット王国の一等騎士だけあってそのあたりにぬかりは無い。
となると、あとは俺とクーネリアの服装をどうするかなのだが……
「あたし、べつに新しい服なんていらないわ」
クーネリアはそういった機微には疎いようだった。
「でもクーネのそれは普段着だよね。これからの旅は危ないこともいっぱいあると思うし、お金はボクが出すから何か選んでみたらどうかな?」
装備を整えるために城下町の商店に立ち寄った俺たちだったが、意外にもクーネリアは買い物には乗り気ではなかった。
「レーンがせっかくああ言ってくれているんだ。家には冒険用の装備なんてないんだし、どっちにしても買い揃えないとだぞ」
事実、俺の家にはクーネリアの持ち物なんてないし、俺にしても長期の旅に適した装備は持っていない。
今回あの家は信頼できる人物に管理してもらうようジェームス王に頼んでおいたのでそのまま残して出発することになる。
ここで何の買い物もしないわけにはいかないのだ。
「じゃあ適当に選ぶからお兄ちゃんお金払ってね」
「俺か!?」
「あたしお金ないし、レーンに払わせるのは悪いじゃない」
おいおい。
仮にも魔王がなんで服を買う金も持ってないんだ。
レーンに甘えない心がけは感心だが、だからと言って俺にたかっていたら意味が無いだろう。
「ボクのことなら気にしないでいいよ。これでも聖法教会認定の勇者だからね。各地の教会に行けばいつでも支援してもらえるから旅に必要なものはこっちでお金を出すよ」
「大丈夫よ。レーン。お兄ちゃんはあたしのためだったらよろこんでなんでも買ってれる人だから」
「ちょっと待て。俺をそんな安易な甘やかし系シスコンキャラに仕立てようとするな」
「だってレーンがあたしに買ってくれるって言ったのに、お兄ちゃんは買ってくれないなんて言わないわよね。お兄ちゃんはやさしいお兄ちゃんだもんね。ね?」
「お前卑怯だぞ、それは」
まさか買い物する度にこの調子じゃ俺の財力が死んでしまう。
クーネリアめ。
余計なところで俺を苦しめて楽しんでいるようだ。
ちくしょう。
いつか仕返ししてやる。
「あはは。二人とも仲がいいんだね。ボク、一人っ子だからうらやましいな」
「そうか? こんなので良ければいつでも養子、いや養妹にもらってくれ」
「だめよ。まずはお兄ちゃんが完全に枯れるまでは養ってもらうからそのつもりでいてね」
だめだ。
この偽妹はとんだ悪魔だ。
いや。
魔王か。
「俺だってそんなに金持ちってわけじゃないんだからな」
「ふふ。じゃあゼノが枯れないくらいの値段でできるだけいい服を探さないとね」
まぁ、レーンが楽しそうだからいいか。
どうせ服の一着や二着だ。
それくらいなら俺の財力でもなんとか――
「すいませーん。このお店で一番高い服くださーい!」
前言撤回だ。
あの魔王を野放しにしておいたらレーンが楽しくても俺の財布が楽しくないことになってしまう。
俺はクーネリアの首根っこを捕まえて、一般的な旅装が陳列されている売り場へと連行した。