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「あのな、正体不明の神様を操れるほど俺は人間離れしてないぞ」
残念だ。
一瞬期待しただけに、クーネリアが俺を指名したことは残念でしかない。
そう思って否定してみたが、それでもクーネリアに引き下がる様子はない。
「誰も操れなんて言ってないわ。あたしが言ってるのはむしろその逆よ」
「逆?」
「言ったでしょ。あの大魔法陣はどんな願いでも叶えてくれる神様だって。つまり願いさえ叶えたらこの神様は役目を終えるはずじゃない?」
「たしかにそうだが……」
それは魔術の不文律としては正解だろう。
魔術とは目的のための手段だから、目的を達成すれば自然と現象は収束する。
術式のルールに従えば無理をする必要はない。
「重要なのはここよ。正確には、この神様は願いを叶えてくれるんじゃなくて、願いを叶える手段を与えてくれるだけなのよ。そしてその与えられた手段が時間遡行魔術なんだと思うわ」
なるほど。
神は自らを助ける者を助けるとはよく言ったものだ。
だがそうなると叶えるべき願いというのが問題だ。
「俺にはべつに叶えたい願いなんてないぞ?」
願いを叶えれば術式は止まる、といってもな。
自分でも無欲な人間のつもりはないが、かと言って急に願いごとなんて言われても困る。
こういう時の発想力の無さが悲しい。
「誰があんたの願いごとなんて言ったのよ。勘違いしてんじゃないわよ」
「勘違いって、俺も時間遡行しているのは願いを叶えられるように手段を与えられたんじゃないのか?」
「あんたはただのおまけ。大魔法陣を起動した時、ほかに頼れそうなやつがいなかったからあたしとパスを繋いでおいたのよ」
パスとは共同魔術などを使う際に結ぶ魔力的な繋がりだ。
思い出してみれば、大魔法陣の魔力爆発に巻き込まれた最後の瞬間に誰かの手を取った気がした。
もしかしたらあれはクーネリアにパスを繋がれたのをそう感じたのだろうか。
どちらにしても、俺はあの時クーネリアの助手にされたということだ。
大魔法陣を敷いた本来の術者、魔王軍の副官とやらの代わりに。
「それで俺はお手伝いの小人か。お前の願いを叶えるために?」
「あたしの願いだけならあんたは必要なかったけど、大魔法陣の起動にあんたの仲間の魔力も利用したわ。だから願いを叶える権利はあの子たちにもあるのよ」
「まさか皆も時間遡行しているのか?」
もしそうならそれはかなり重要なことだ。
ここが二年前の時間軸なら俺たちは出会いからやり直すことになる。
だがもし皆が魔王城決戦の時から時間遡行してきているならすでに仲間としての絆があるのだ。
「言っておくけどあの子達は何も覚えてないわよ。記憶があるのは大魔法陣を起動させた私と私がパスを繋いだあんただけで、あの子たちは時間遡行するたびに記憶をなくすのよ。歪な形で起動させたから色々不具合が起きたんだわ」
「くそ。それはちょっと悲しすぎやしないか」
俺は相手を覚えているのに自分のことは忘れられているとか何かの罰か?
再会したとき泣いちゃうかもしれないぞ。
「しかも俺には何の願いも叶える権利はないし、そのくせ記憶を引き継いでるから協力しないわけにもいかない、か……」
「あんたに勝手にパスを繋いだのは……仕方なかったとは言え悪かったと思ってるわ。でも協力して。じゃないと二年後までの間で時間ループに陥っちゃうかもしれないのよ」
それはまた最悪に輪をかけて最悪な話だった。