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「お前の話が本当だとして忠告するんだが、この術式はすぐに止めた方がいい。全能魔術に何を期待しているのか知らないが、この先何が起こるか分からないぞ」
それは敵味方の関係なしに、一人の魔術師としての俺の率直な意見だった。
クーネリアの思惑を妨害しようだとか、少しでも自分の利益にだとかは計算に入っていない。
だが当のクーネリアは素直に首を縦には振らなかった。
「それはできないわ。この術式はすぐには止められないもの」
「よせ。今まで自律進化術式の長期稼動に成功した前例は無い。だけどこのままだといずれ制御不能になるぞ」
前例は無いが、それは恐らく確率の高い予測のはずだ。
人間にしても親は子の成長を予想できないし、子もいつまでも親のいいなりではない。
自律進化術式にも同じことが当てはまるはずなのだ。
「――ないのよ」
「なんだって?」
クーネリアの小さな声を聞き取れず俺は聞き返してしまった。
「だからできないのよ。あたしはこの術式の使い方を知らないの!」
なかば怒ったように言われ俺は呆気にとられてしまった。
「使い方を知らないってどういうことだ。この魔術の術者はお前だろう?」
「そうだけど……違うのよ。あたしはただ大魔法陣を起動しただけ。術式を組んだのもあの場所に陣を敷いたのもあたしの副官の魔術師よ」
ぐぬ。
そう言うことか。
魔王なんて肩書に惑わされていたが、あんな大魔法陣を組み上げられるのはむしろよっぽどの魔術研究者だけだ。
その点、クーネリアはまだ若いうえに研究者なんて気質ではないのは明白だ。
「じゃあそいつになんとかさせればいいだろう」
「だから本人が居ないんだからどうしようもないんだってば」
「居ないって、まさか――」
まずいぞ。
この状況は、おそらく俺が思っていたよりもずっとまずい。
「あたしがその魔術師と出会ったのは魔王城決戦の一年前。つまり今日から見て一年後。それまでどこで何をしてたのかなんて聞いてないわ」
「――そいつは、最悪だな」
結果論だがクーネリアは得体の知れない偽神の赤子を目覚めさせてしまっている。
あやすにせよ眠らせるにせよその方法が分からず、それが可能であろう生みの親はまったくの行方知れず。
こんな状況ではクーネリアに打てる手はたかが知れている。
「一応確認するが、今のお前の城に大魔法陣は?」
「もちろん無いわよ。あれが敷かれたのは魔王城決戦の少し前なんだから当然じゃない」
「そうか……」
術式を停止するにはせめて大魔法陣そのものか敷設者のどちらかが必要になる。
だがすでに二年もの時間を巻き戻されてしまっている以上大魔法陣を調べるのは不可能だ。
あれが玉座の間に敷かれるのが魔王城決戦の直前であれば、魔術仕掛けの神は時間連続体の外で自律稼動していると見るべきだ。
そうなるとこちらからは手出し出来ないし、本来の術者である副官とやらを見つけ出す方がまだ実効性がある。
「でもそうなると術式をいつ止めるられるか分かったものじゃないぞ」
「いいえ。他に一人だけ止められるかもしれない人間が居るのよ」
「本当か。そいつはどこの誰だ。多少無理矢理にでも協力させないと他に手がないぞ?」
「あたしの目の前よ」
「え?」
「だからあんたなら止められるかもって言ってんのよ」
そう言ったクーネリアはどうも本気でそう思っているらしかった。