9.
いつもより、頭が重いような気がする。
しかし、今日ばかりはそうも言っていられない。珍しく皇后としての仕事が入ったのである。
—-コンコン
「入れ。」
「失礼いたします。寇戀麗様がお越しです。」
「通してよい。」
ひどく美しい女性が入室してくる。いるだけで、空気が婀娜っぽくなるような色気を醸し出している。
「失礼いたします。寇戀麗にございます。拝謁叶いまして恐悦至極に存じます。」
———寇戀麗。遥において、当主が宰相の任に就く寇氏の直径筋の姫だ。蝶よ花よと育てられてもいいものだが、噂によると、自ら厳しい指導を願い出て、舞や歌などを完璧にこなすという。
また、陽朔が嫁いで来るまでは、彼女が筆頭の皇后(当時は王太子妃、大戦後に当時の王が譲位)候補であり、ほぼ決まっていたとも言われている。噂ではあるものの、その血筋や能力から見て、おそらくただの噂ではないだろうというのが皇后の見立てだ。
(さて、今日は何のために私を尋ねてきたものか)
全く気を抜けない一日が始まろうとしていた。
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「皇后様は遥での生活になれましたでしょうか?何か不便なことがありましたら遠慮なくおっしゃってくださいね。」
「いや、特に問題はない。皆よくしてくれておる。お主こそ何か城に来て不便なことがあれば言うといい。」
「ありがとうございます。皇后様に気を遣っていただけるなど、本当に光栄なことでございます。」
さすがは高位者同士というべきか、笑顔で、表向き相手を気遣っているかのような会話が上手い。
「こちらは我が領原産の茶葉を使ったお茶ですの。現在、収穫量が激減してしまって本当に貴重なんですのよ。ぜひ皇后様にも飲んでいただきたいと思いましたの。」
「そうか。ありがたく頂戴しよう。収穫量もお主と私が頻繁に茶会を開いても気軽に飲めるまでに戻ることを願っている。」
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(おおー、怖い怖い)
大方、
「自分であれば、城の侍女たちに対してもある程度顔がきく。嫌われ者のお前とは違うんだよ」
「大きなお世話だ。今は私が城の内部を取り仕切る主人である。履き違えるな」
といったところか。
それにしても純粋であった彼女が腹の探り合いができるようになったとは驚きである。
もちろんそんなところも努力家で可愛らしいが。
(にしても、寇戀麗ねぇ…)
寇氏の領土は、茶葉の原産地として有名であったが、先の大戦で領土の土壌の品質が著しく損なわれ、生産量が落ちたと聞く。
戀麗が皇后を恨んでいたとしても無理はない。
しかし、小さい頃から自分で望んで様々な教育を受けてきた彼女のことだ。表情も自分が望んだものだけを出す術を身につけているだろう。内心は読めない。
だが、双方死んでもらっては困るのだ。
もちろんその気持ちに政治的な思惑がないとは言わない。しかし、皇后の方は、それ以上に私情で、どうしても守りたいと感じる。
「私もまだまだだね。」
※補足
続きの会話、悠舜目線ver
「こちらは我が領原産の茶葉を使ったお茶ですの。現在、収穫量が激減してしまって本当に貴重なんですのよ。ぜひ皇后様にも飲んでいただきたいと思いましたの。」
(接のせいで我が領が傷つきましたの。その辛さを思い知るといいわ。)
「そうか。ありがたく頂戴しよう。収穫量もお主と私が頻繁に茶会を開いても気軽に飲めるまでに戻ることを願っている。」
(大戦は和平条約が結ばれて終わった。時間をかけて、茶葉の収穫量が段々と戻ってくるように、遥と接も関係が修復することを願う。)