20×20
どうも、星野紗奈です!
まだ投稿していない作品がありました。
執筆した作品はデスクトップにフォルダ作って管理しているんですが、公開済みフォルダバグり過ぎでは……???
2018年の作品らしいです。もはや記憶がない。
なにはともあれ、保存用で投稿しておきますので、暇つぶしにでもしていただければと思います。
それでは、どうぞ↓
昔から、スポーツを題材にした小説は嫌いだった。実際に絵にかいたようなハッピーエンドにたどり着けるのは、どんな競技でも全体のほんの数パーセントの人だけだ。それなのに、努力すれば誰でもヒーローになれるかのように書き上げる著者。そして、それを過信して軽々しく足を踏み入れて折れたり、反対に馬鹿みたいにスポーツに打ち込んだりする読者。どれも阿呆らしくて仕方がないと思った。
俺は高校でサッカー部に所属したが、こういうやつらを呆れるほど見てきた。スポーツを始めるきっかけが「強くなりたいから」とか「モテたいから」とか、正直言ってくだらない。どれもこれも曖昧で締まりがない。それに、大した決意もない。
そんなことを考えながら食堂へ向かって廊下を歩いていると、一組の男女が外にいることに気がついた。
「あ、あのっ、沙織さん。好き、です。お、俺と付き合ってください!」
午後十二時三十七分。学校の中庭に告白の言葉が静かに反響した。声の主は、きっと同じサッカー部の松田龍平だろう。
「ごめんなさい、それはできない。でも、こんな私を好きって言ってくれてありがとう」
高橋沙織さんは申し訳なさそうに笑う。それを見た龍平は、足早にその場を去っていった。
随分と呆気ない終わりだった。そういえば、あいつの入部理由も「モテたいから」だった気がする。サッカー部に入ればモテる、なんて薄っぺらい考えだ。
放課後になり、俺は龍平のもとへ駆け寄る。
「振られてやんの」
「なっ、おまっ、見て、たのかよ……」
龍平は泣きそうな顔で声を震わせながら言葉を紡いだ。
「ほら、早く部活行こうぜ」
「おう、もっとサッカーうまくなって、早く彼女作るぞー!」
「はいはい、やる気は十分だな」
「お前は良いよな。頭は良いし、運動神経も抜群、おまけにルックスまで完ぺきとは……」
「おいおい、褒めても何も出ねえぞ?」
「にこやかに言うんじゃねえよ!くっそー、打倒快斗!」
「上等だ。やれるもんならやってみろ」
いつものように龍平を煽りながら部活へ行く。さっきは流したけれど、こんな俺だって自分なりに努力して、皆の憧れの存在「櫻田快斗」を築き上げた。サッカーだって、純粋に「上手くなりたい」という思いだけで人の何倍も練習をして、一年生ながらレギュラーの座を勝ち取ったのだ。
しかし、それは今年最後の大きな大会でいとも簡単に崩れ落ちた。出場選手に、選ばれなかったのだ。多分、先輩が最後の大会だから。努力が報われるとは限らない。それはずっと前からわかっていたことだった。だから、俺は歩みを止めることなく、以前と変わらない様子で部活動に励んだ。けれども、心のどこかでは誰かが泣き叫んでいる気がするのを、俺は今もごまかし続けている。
「快斗、もう帰れるか?」
「悪い、教室にノート置いてきたっぽいから見てくる。先に帰ってていいよ」
「そうか、じゃあまた明日な」
龍平と別れ、一人で教室へ向かう。階段を上る足音は、自分のものなのにそうでない気がして、少し怖かった。
教室のドアを開けると、高橋沙織が熱心に何かを書いていた。ノートから原稿用紙へ文章を写しているようだ。
「あのー、高橋さん?」
そう声をかければ、高橋さんは驚いた顔をした後、「櫻田くんかあ」と顔を緩ませて言った。
「俺で悪かったね。何してるの?」
「えっと、小説をね、書いてるの」
「へえ。でも書いてるっていうよりかは写しているように見えたけど」
「今は原稿用紙に清書してたの。ようやく終わりそうなんだ」
ほら、と言って高橋さんは封筒を鞄から取り出して見せた。どうやら、清書が終わった原稿用紙が入っているらしい。
「良かったら読んでくれない?」
自分に頼んでくるとは思っていなかったため驚いたが、俺で良ければ、と封筒を受け取った。
原稿用紙を折らないように、曲げないように、順番を変えないように、といろいろなところに気を配りながら読み進めた。
教室内では原稿用紙をめくる音、ノートを動かす音、清書するシャーペンの音が重なりあって、ひとつの音楽を奏でているようだった。
俺は話を読み終え、原稿の束を高橋さんの隣の机に静かに置いた。
この20×20の原稿用紙たちが描くのは、夢、希望、そして淡い青春。どれもこれも空想で叶うわけがない。それなのに彼女は目を輝かせながらペンを走らせる。その姿が、なぜだか少し頭に来た。
「なあ、なんでお前は、こんな話を書こうと思ったんだ?」
作業が終わったのか、それとも俺と話すためか、彼女はペンを置き、手を膝に置いて行儀よくこちらを向いた。
「夢に向かって手を伸ばす選手が、きらきらしてて、かっこよかったから」
まっすぐ俺を見つめる目はやはり光に満ちていて、希望あふれる子供のようで、深く眠る怒りを刺激した。
「櫻田くんもサッカー部なんだよね。いつもここから見てるんだよ。知らなかったでしょ」
高橋さんは、無邪気に笑った。またチクリと胸に何かが刺さった。
「あそこは、きっとお前が思っているほど良い場所じゃねえよ」
「そうかなあ。個人の事情は分からなくても、グラウンドを全力で走る姿はやっぱりかっこいいよ」
そう言いながら彼女はまた笑う。肩につくくらいの髪がかすかに揺れる。俺は、どうしようもなく腹が立った。
「なんでだよ……」
「え?何が?」
それは、いつも思っていたことのはずだった。今更気にする必要なんてないのに。意味がないとわかっていても、言わずにはいられなかった。
「なんで、そういうこと言えるんだよ。スポーツは、そんなにキラキラしたもんじゃねえんだよ。努力したやつが報われるとは限らない。どんなに努力したって、やっぱりうまくいかねえんだよ。誰か一人ががんばったってチームは変わらねえ。自分だけが、うまくいっていると思い込んでいただけだった。実際は、チームで真面目にやっている奴ほど報われないやつは居ねえ。現実知らねえくせに叶いもしない夢とか希望だとかばっかり語ってんじゃねえよ!」
俺は怒りに任せて机を叩いた。彼女はピクリと反応したが、何も言わなかった。
「……俺、帰るわ。じゃあな」
何枚かの原稿用紙がカサリと音を立てて床に落ちた。
それから何日か経った。たまに忘れ物をして部活終わりに教室へ行くことが何度かあったが、もう高橋さんは教室に残っていなかった。
あの日のことは、自分が悪かったと思っている部分もある。いつか謝らなければ、なんて考えていると後ろから声をかけられた。
「あんた、櫻田だよね」
長めの髪を高い位置でくくっているのが印象的な、いかにも活発な女子生徒。名前は確か、
「水谷優」
「私のこと知ってるんだ。私、中学から沙織と仲いいの」
「へえ、そんな水谷さんが俺に何の用?」
水谷さんはゆっくりと近づいてくる。
「単刀直入に言うわ」
そう言ったかと思えば、俺の胸倉を掴んで、顔をぐいと近づけた。これは、とても女子の力とは思えない。
「あんた、沙織に何したわけ?」
しばらくは黙ってごまかそうとしたが、胸倉は離してもらえないし、睨み付けられるし、言わなきゃ返してもらえなさそうなので、説明することにした。
「……まあ、そんなわけで。ついカッとなっちゃって、悪かったとは思っているよ」
「あんた、なんてことしてくれたのさ」
水谷さんは目を見開きながらそう言ったが、俺には彼女の言う意味が分からなかった。
「沙織は確かにキラキラしてるスポーツ小説を書くよ。叶わない奇跡を綴ることだってよくある。でも、沙織は現実を知らないわけじゃない」
「それ、どういうこと?」
俺がそう尋ねれば、ようやく胸倉を離して事情を教えてくれた。
「沙織は中学のころ、テニス部だった。あの子は部の中で一番声出して、一番仲間を思っていて、一番努力して、一番上手で、一番ちゃんとテニスと向き合ってた。だけど中二の夏、まあいろいろあってね、足を骨折したの。幸いずっと治らないわけじゃなかったから、治ったらまた一緒にテニスやろうね、って話してた。でも、沙織は戻ってこなかった。それは、決して数か月のブランクを巻き返せないと思ったからじゃない。気づいちゃったんだ、先輩や後輩に良く思われていないことに。陰口聞いたり自分の道具が壊されてるの見たら、そりゃあショック受けるさ。だから沙織はテニスをあきらめた。チームのためにも、自分のためにも」
言葉が、出なかった。努力したって報われない。そんなこと、高橋さんが一番分かっていたじゃないか。水谷さんは話を続ける。
「でも沙織は、スポーツから離れられなかった。どうしてもしがみついていたかった。でもあの子は選手に近づくことを恐れていた。だから私が提案したの。スポーツ小説でも書いてみれば、ってね。沙織は文才がありそうだったから。そうやって沙織は高校から小説を書き始めたの。そして小説はちゃんとあの子の新たな輝きになった。なのに……」
水谷さんはこぶしをぎゅっと握った。ごまかしきれずに、声が少し震えている。
「なのに、なんであんたは!あの子の希望を壊すわけ!?あんたにとっちゃあ、確かに、20×20の紙に書かれた、ただの机上の空論に過ぎないかもしれない。でも!あの子にとっては、沙織にとってのあれは、ただの空想物語じゃない。あれは沙織の光で、夢で、やりたかったこと。なんであんたは、それをくみ取ろうとしてあげないの!?たった20×20でも、あれは沙織の想いなんだよ……」
水谷さんは涙をこぼした。俺は、知らなかった。知らないのをいいことに散々言って、彼女の光を消した。とても、ショックだった。
「明日の放課後、沙織をここに呼ぶから。ちゃんと話して」
水谷さんはそう言い残して、教室から去っていった。
「だから、ごめん」
俺は水谷さんに言われた通り、高橋さんともう一度話すことにした。ちゃんと彼女に、頭を下げて謝ろうと思った。
「別にいいよ。私も、櫻田くんの事情を知らずに、ごめんね」
高橋さんは何も悪いことをしていないのに、結局、お互いに謝りあうことになってしまった。
「私ね、あの後、櫻田くんの言うことも一理あると思ったの。私は叶わない夢ばっかり書いて、現実から目をそむけている。それじゃあ前に進めないなって」
彼女は少しうつむいた。俺が下を向かせてしまったんだ、と思った。
「だからね」
高橋さんは続ける。
「私、ちゃんと前を見るよ。もう逃げたりしない」
高橋さんはあの日と同じように、両手を膝に置いて、顔をあげ、俺の目を見つめた。その瞳には、光が見えた。
「それでね、次の話を書くときは、櫻田くんに手伝ってもらおうと思って。リアルな青春を描きたいから、ぜひお話を聞かせて!」
今までのことなんてなかったかのように、無邪気に笑うものだから、俺もつられて口角があがる。
「うん。俺にできることならなんでも」
子供が秘密基地でいたずらの作戦会議をするみたいに、二人でくすくすと笑いあった。
「でも、サッカー部の話を聞くなら龍平の方がいいんじゃないか?あいつ、きっと喜ぶぞ」
「でもちょっと気まずいかなー」
「それもそうか。んで、俺は何を話せばいいの?」
「あ、その前に」
高橋さんは鞄の中をごそごそとあさる。そして取り出したのは、あの日と同じ封筒。
「ちゃんと最後まで書いたものです。読んでくれますか?」
「もちろん」
そう返事をして、俺は20×20の原稿用紙の束を受け取った。
ありがとうございました(^^♪