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ラストセクション

 翌日、また家で集まることになったのだが、環は見るも無残なくらいにげっそりしていた。きっとまた眠れなかったに違いない。

 反対に亮子などはうれしそうに、「来た? ねえ来た?」とはやしたてて、容赦なく環にひっぱたかれた。

「くそ! 暴力反対! 訴えるぞ!」

「やかましいわ! ひとがどんな思いで――!」

「……ねえ」

 私はうまく空間の呼吸を使えない。

「あのさ。――答え、わかっちゃったんだけどさ」

 一瞬の間があき、驚いた顔で亮子と環がふり向いた。

「謎かけの? うそでしょ」

「ホンマか! 答えはなんと?」

 とりあえずわかることは、昨夜は誰のところにもそれはやって来なかったという事実である。

「あ。うん。あのね――」

 口を開きかけると、葵里がうれしそうに手を叩いた。

「マイもわかったんだ」

「え、葵里も?」

 私たちはあっけにとられた。

「わりと手が込んでたよねぇ」

 葵里はスマホを取り出すと、『from』に接続した。昨日入会した、と言って。それから『FCaT』さんのプロフィールページを開く。

「これ、りょっぺでしょ」

「ぎゃ」

 予想外の悲鳴があがった。

「たぶん、中学の時の写真じゃないかなぁ。顔見えないようにしてるし、髪型も違うからちょっとわかりにくいけど。……サブアカ? それともいま使ってるのを新しく取り直して、埋もれてたアカウントを再利用したのかな?」

 私たちは困惑していたが、一番困惑していたのは亮子だったろう。見る見るうちに顔色が変わっていく。これはきっと、青いマントを選んだに違いない。

「チョット待って、あいや待ってください。葵里。答え、って、あれ、あの――そっち……?」

「片手がないのだって、わざとブカブカのTシャツ着てるからでしょう? 後ろに手をまわして、写真に写らないようにしてるだけだし。こんなちっちゃい画像だとわかりづらいしね」

 また葵里は空気も読まずにぶっ込んできたなぁと、私はひそかに思った。しかもそれは、私が言おうとしてたことと全然違う、完全な顛末。

 つまりは、全部亮子の仕込みだった。そう言いたいわけである。すなわち『FCaT』と『魎呼』の一人二役。『Flower Cat』は亮子ン家の店名だ。まわりくどい。

「……ホ、ホンマか?」

 環の追求に、亮子が目を白黒させている。

「チ、チガウよ?」

「目ぇ見て言うてみい」

「ミテルヨ、イエルヨ、チガウヨ」

「見てへんやないか。それより、なんだな。もうちょいエエ声で鳴いてみたくないか?」

「あー、うっさいわね!」

 亮子は立ち上がる。逆ギレだ。

「いいじゃない、べつに。ちょっと軽いエンターテインメント提供しただけじゃん! おもしろかったでしょ? ぞくぞくしたでしょ? 世の中のホラーなんて、全部が全部ホンモノなわけないでしょ! 心霊番組だってヤラセだし、あからさまな合成動画も転載だし! あたしが叩かれるのおかしくない?」

 オカルト少女のセリフとは思えない。彼女は彼女なりに、現実とフィクションをしっかり線引しているということか。

 意外だった。そもそも認めない環、冷静に裏をさぐる葵里。できていないのは、私だけなのだろうか。

「でも、本物もあるでしょう……?」

 おそるおそるたずねると、亮子はまっすぐにこちらを見すえた。

「それを見るのが、あたしの夢なんだ。なにが本物か、なにが偽物か、それをちゃんと見きわめられないと本当の本当を見逃すから。みんな、イイ線いってんじゃない?」

「この。減らず口をたたきおって。よう言うわ」

 環はあきれたようにため息をついた。

「それよりアオリン。謎かけの正解はなんなんや? この不届き者に、トドメでぎゃふんと言わしたってや」

「ん。知らない」

 葵里は笑う。

「なんやねん、ハッタリかいな。しゃあない亮子、白状しいや」

「ところがどっこい。残念ながら、知らないんだなぁ」

 亮子は肩をすくめた。

「……は?」

「いや。本当に知らないのよ。あたしもどこかから聞いた話だから」

 環の顔色が変わる。

「なんやて。それじゃあ、もし今夜にでもそいつが訪ねてきたら、なんて答えたらええねん!」

「や。だからりょっぺの作り話だって。来るわけないよ」

 葵里がしょうがないなぁみたいな顔で手を振る。

「いやいやいや。そんなんわからへんやん! 来るかも知れへんやん! そしたら、なんて答えたらええねん! ごっつ怖いやん!」

「ほんと環からかうとおもしろいなぁ」

 張本人が懲りもせずそんなことを言うものだから、また容赦なくぶん殴られていた。

「で。なんて答えたらいいの、マイ」

 ふり向いて葵里がたずねてくる。すがりつくような環の目。不機嫌そうな亮子。

 そう、これは私が思いいたったわけではない。残念ながら現実でも、私はミステリの読者なのかもしれない。


     *


「ああ、それ『カシマさん』じゃない?」

 リビングで姉さんのスマホが光っている。気づかなかった。キーケースと一緒に忘れていったらしい。

 それで私に返信できなかったし、連絡もできなかった。ついでに、カギもなかったので家に入るときどうしようかと困っていたそうだ。

 ただ、たまたま私がトイレに起きて、ちょうど玄関の外にいた姉さんが、ちょうどのタイミングでドアをノックした。夜中だったのでさすがに非常識だろうと、インターホンを避けたんだそうだ。

 ――舞子いる? 開いている?

 ドア越しで、声も小さかったせいでよく聞きとれなかった。

 疲れているだろう姉に、せめてもと紅茶を淹れる。

 私の話をひと通り聞いたあと、姉さんはこともなげに答えたのだ。

「『カシマさん』?」

「そう、知らない?」

 もともと開いてるのか判別のむずかしい目をこすり、小さくあくびを噛み殺している。こんな時間にこんな相談するのが申し訳ないような気になった。

「都市伝説よ。この話を聞くと、夢に出てきて謎かけするの。それに答えられないと、手足が奪われちゃうってやつ。その派生なのかしら、そっくりよ」

 まあ私の顔を見るなり、「悩みごと? お姉ちゃんに話してごらん?」なんて言うものだから、ついつい話してしまったわけだが。なんだかんだ言っても、やっぱり大人な姉さんに頼ってしまう。

「謎かけ? どんな?」

「『手をよこせ』あるいは『足をよこせ』だったかな」

 たしかに似ている。

「それじゃあ、なんて答えたらいいの?」

「『いま使ってます』とか『いま必要です』だったかな?」

 メールチェックをしながら、姉さんはマグカップでくちびるを湿らせた。

「え。それでいいの?」

「たしか」

 姉さんはいろいろ知っているが、時々変なことも知っている。それはきっと、彼女も数年前までは現役の学生であったのと、あとはやっぱり姉妹なんだということだろう。

「舞子」

 姉さんは心配そうに顔をあげた。

「もしかして、それで怖くて寝れなかったの? あなた、昔っから怖いテレビ見ると寝れない子だったわよね」

「やめてよ、子ども扱いしないでよ。……ありがとう」

 声もださずに姉さんが笑った。私ははずかしくなって、あわててぶんぶんと手を振った。

 でも。

 たしかにこの話は、姉さんのいう『カシマさん』とよく似ている。『赤マント青マント』と『赤い紙青い紙』のように、派生あるいはその発展形と考えるのが自然だろう。

 けれども、たとえば仮に訪問販売の押し売り業者を想定して、「こちらの商品いりますか?」と聞かれて「いま使ってます」「いま必要です」と答えるのは、ちょっと噛み合わない。

 やはり、「イエス」か「ノー」ではないだろうか。

「またむずかしい顔してるわねぇ。夜更かしは体に毒よ。付き合ってあげたいけど、私明日も早いから、お風呂入って寝るわね」

 姉さんは立ち上がって、マグカップを洗いだす。時計は二時をすぎた。

「あ、うん。あの……、姉さん」

「なに?」

「うん、ごめんね。一個だけ。あのさ、もしさ、押し売りが家に来て、『これいりませんかー?』って言ってきたらどうする?」

 姉さんはちょっとだけ笑って、「招かざる者に答える必要なし。だまってドア閉めちゃえば?」と言った。

 なるほど、それが答えか。と思った。

 なんでもかんでも受け止めていては持たない。イエスでもノーでもなく、時には無視して相手にしないことも、きっと必要なのだ。

 私はなんだか、少し体が軽くなったような気がした。

「それじゃあ姉さん、おやすみ」

 姉さんにはわからなかったと思うが、それでも私の表情を見て、またゆったりと微笑んだ。

「おやすみ。良い夢を」

 部屋に戻ろうとリビングを出たところ、玄関からインターホンが鳴った。

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