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セクション5

 いつだってこうなのだ。おかしなことを持ってくるのは亮子で、そのおかしなことに巻き込まれるのはいつも私たち。

 さっさと亮子が逃げだし、半狂乱になった環をなだめながら葵里が帰り、私はなんとも言えない複雑な気持ちで取り残されていた。

 時計を見ると、十八時半を少し回ったあたりだ。

 夕食の準備をしようと冷蔵庫を開けたが、今日は姉さんが遅くなるからと、朝のうちに準備してくれていったことを思い出す。

 食事を作らなくていいので助かったが、何時に帰るともしれぬ肉親が恨めしくもあった。

 姉さんは雑誌の編集の仕事をしているので、日付が変わるころに帰ってくることもよくあったから。

 レンジをかけている間にテレビをつける。

 日常の行動なのに、なぜか今日は落ち着かない。

 別にひとりでいるのなんてめずらしいことじゃない。今日にかぎってということでもない。

 なんというか、胸さわぎがする。

 たとえば今夜にでも、この家に、私ひとりしかいない我が家に、やって来そうな気がするのだ。

 それがなにかはわからない。自分には霊感はない。虫の報せめいたものかもしれないが、ただ臆病になって、疑心暗鬼になってるだけだと思う。そもそも、そんなことが起こるわけがないではないか。

 そうは思いながらも、心のどこかでは「ひょっとしたら、あるのでは……」とくすぶる。

 それは、きっと恐れゆえだ。素直に認めるのは、なんだかくやしい気がするけど。

 安全をおびやかされるから恐怖するのだ。その危険をいち早く感じとることで、回避し、生存確率が高まる。これは生物の本能だ。

 この場合の恐怖に質はない。そもそも未知であるがゆえに恐れを感じるのだから、正体がわからないのならば、みな同じである。

 少し寒い。

 ご飯を食べたら、さっさとお風呂に入ろう。そして、悪いけど姉さんを待たずに寝てしまおう。

 あとで環に電話して、バカ話でもしよう。それから明日、なんでもなかった、なにも起こらなかったということを亮子に見せつけて、葵里と一緒に笑ってやろう。明日もみんなで遊ぶんだ。

(でもね、こういうものにはちゃんと回避方法もあるの。だって、理不尽でしょう)

 亮子の捨て台詞だったが、返答しだいで手や足がなくなったり増えたりするのを、はたして理不尽と呼んでよいものか。

 あまり味わえなかった夕食を終え、申し訳ない気持ちで食器を洗っていると、何気なしに戸棚の果物に目が行った。バナナだった。

 たしか、小学生のころに似たような話が流行ったのを思い出した。

 さちこという名前の女の子が、バナナを半分しか食べられないという童謡にまつわる怪談。

 さちこちゃんは事故で体が半分になったから、大好きなバナナも半分しか食べられない。なんであんな不謹慎な話が流行ったんだろう。

(この話を聞いた人は注意してね)

(今夜、さっちゃんが行くかもしれないから)

 上級生だったと思う。怖がる下級生の様子を楽しんでいたのかもしれない。

(どうしてもバナナを食べたいさっちゃんはね)

(布団から出てる、腕や脚を)

(バナナだと思って)

(――切り取って持っていくの)

 この話の結果も、『失う』だ。

 聞いたら呪われる系の、やってくる系の、失う、怪談。

(だから)

(布団から出しちゃダメだよ。手も、足も。絶対に)

(さっちゃんに見つからないように)

(もしくは)

(枕もとにバナナを置いて寝るといいよ。だめなら、バナナの絵でも大丈夫)

(バナナが大好きなさっちゃん。うれしくてさっちゃん、持って帰るそう)

 こんな感じだったと思う。

 怖がりな環は、何度描いてもバナナに見えないのではないかと不安になり、親に描いてもらった絵を枕もとに置いて、真夏なのに布団をかぶっていたそうだ。翌朝はひどいげっそりしていた。一睡もできなかったらしい。ちなみにいまだに彼女は、夏でも手足をだして寝ることができない。

 たしか私は強がって、「そんなことあるわけないじゃん」と突っぱねて、それでも一応家にバナナがあるか確認して(なかったんだけど)、迷ったあげく姉さんと一緒に寝てもらったのだ。

 やっぱり私も理由を言えなくて、あきれられながら布団をかぶった。夜中にタオルケットを蹴っていたみたいで、朝起きて愕然としてしまったけれど、手も足も無事だったことにひどく安堵していた。

 小学生の話だ。そして、いまは高校生だ。信じるほうが笑ってしまう。

 おかげで環と話すネタができた。彼女はきっと、またバナナの絵を描く。私は枕もとにバナナを置こう。


     *


 そもそも、私は夢のない子どもだった。

 たとえばサンタクロースが、たった一晩で世界中の子どもたちにプレゼントを配れるわけがないから、そんなものは存在しないのだろうと考えていた。でもプレゼントはほしいので、サンタクロースの存在は都合よく信じていたりもした。

 ただ、神様だって信じる者にはいるわけだから、オバケの類だってそうだろう。信じてない人には見えない。見えないのなら、いてもいないことと同じ。

 だから、本当はちっとも怖いことなんてないのだ。

 部屋の電気を落とし、布団に入り、もう時計は深夜をさそうとしていた。

 眠れない。姉さんはまだ帰ってこない。

 泊まり込みになることもあったから、たまたま今日がその日なのかもしれない。一応メッセージを送ってみたが、いまだ既読はつかない。

 目をつぶる。眠れない。

 サンタの正体を見てやろうとしていた、クリスマスの夜みたいだ。

 結局、サンタさんは親だった。親でよかった。知らない、見たこともない人でなくて。知らない人が夜中部屋に入ってくるのは、いくらなんでも恐ろしいではないか。

 私はたぶん、期待している。怖いと思いながら。怖がりながら。

 ――見たいと願っている。

 そしたら私は、きっと「特別」になれる。平凡な日常が、きっと「特別」になる。

 けれども、その刺激は危険だった。

 見たこともないのに、想像のなかで大きなカゴを背負った影がうかぶ。そこにおびただしい数の、血なまぐさい手足が入っている。

 問いかけに答えねば、手足を失うか、得るのである。

 襤褸をまとったそれは、きっと「ノー」と答えた人の手足をちょん切って、「イエス」と答えた人に植えつけるのだろう。

 月の光を浴びて、深夜の街を音もなく、この家に向かってくる。私を求めてやってくる。そうして乾いた指がインターホンを押すのだろう。いますぐにでも起こりそうな、そんな妄想。その答えも、まだ持っていないのに。

 怖い想像は、いつも闇の中で育てられる。頭を洗ってるとき、目を閉じてると生まれる不安と同じだ。

 眠れない。

 私は何度も姿勢を変えた。布団のなかでまるまって、手も足も出さずに。

 なのに、こんなときにかぎってトイレに行きたい。出したくない。

 無駄な抵抗なので、あきらめてベッドから身を起こす。時計を見ると、深夜の一時をまわっていた。部屋を出る。廊下は窓から差し込む月明かりに、不気味なぐらいあかるかった。足裏はひんやり冷たい。

 玄関を見る。暗い。

 背を向ける。トイレは反対だ。

 なのに――、足が止まる。

 トン、トン、と。

 ふり向けない。

 なにかが小さく、ドアを叩く音がした。


  ……い、る。


 細く。玄関からの声。家の外。誰かがいる。


  ……る、あ……いる。


 いや。私は会いたかったのだ。

 ひるがえり、玄関に向かう。

 なんと答えたらいいのだろう。

 震える指でカギをあけ、ドアを開く。

 黒い影がすっと家のなかに入ってきた。

「……お帰り、姉さん」

 私が言うと、彼女は眠そうな目でもう一度言った。

 ――舞子いる? 開いている?

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