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不死身の少女を殺す話  作者: 川住河住
第一章【0番街の怪人】
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奪われた記憶

 僕はこの子を知っている。

 当然だ。彼女といっしょにここに来たのだから。

 しかも今日だけでない。彼女に頼まれて0番街に毎日のようにいっしょに来ている。

 それなのに、全く思い出せない。

 なぜだ。なぜ名前が出てこない。

 これはおかしい。

「立ったままは疲れるだろう。ほら、ここにお座りよ。座ってゆっくり考えたらどうだい?」

 怪人が女の子の隣の席を勧めてくる。

「いいよ。この方が集中できるから」

「時間のことなら気にしなくていいよ。どれだけ時間をかけてもいい。あたしは待ってあげる。何時間でも、何日でも、何年でも、いくらでも待ってあげるよ」

 そしてケラケラと幼女らしく笑う。だが僕には気持ち悪さしか感じられなかった。

 大丈夫だ。落ち着いて。

 思い出せ。ゆっくり、ゆっくりでいい。

 少しずつ思い出せばいい。

「確かこの子は同じ学園に通う生徒。先輩ではない。小柄だけど後輩でもない。多分同じ学年。秋功学園の二年生。最近いっしょに住むことになって……ずっと昔からの知り合い……」

 そうだ。それでいい。

 彼女に関する記憶が少しずつ戻ってきている。

「でも、同級生で家族……? 同級生なのに家族……? なんで……?」

 断片的に思い出せた記憶をつなぎ合わせていくが、同級生と家族という情報がつながらない。

 かすかに僕とこの子が同じ教室で勉強している様子が見えた。

 自宅でいっしょに食事している風景も見えた。

 それから何かを木の下に埋めているところが見えた。

 あれはなんだろう。

 記憶が上手くつながらない。

 どうして同級生と家族になっているんだ。

「君たちは将来を誓い合った恋人同士かな。それともお互いの親同士が決めた許嫁というやつかな。青春だねぇ。甘酸っぱいねぇ。あはは!」

「うるさい! 余計なことを言うな! 集中できないだろ!」

 機嫌を損なって襲われる危険性など気にしなかった。

 先に勝負をしかけてきたのはあちらだ。

 その勝負を無視して僕に襲いかかってきた時点で怪人の負けになる。

 その時には僕の命が奪われているかもしれないが、それで彼女が救われるなら安いものだ。



 あれ? どうして僕はこの名前の知らない女の子のために命を賭けられるのか。

「この子は同級生だけど、家族と同じくらい大切な存在?」

 言葉にしたらとてもしっくりきた。

 ぽっかりと空いた心の隙間を埋めてくれるような安心感。

 疑問と回答がきっちりかみ合ったような納得感。

 そこで僕は家族のことを考えることにした。

 幸いこの子以外に関する記憶はしっかり残っている。

 おそらく彼女に関する記憶だけが抜け落ちているのだろう。その原因は……。

「奪ったな?」

 僕は問う。

「気づくのが遅いよ」

 怪人は答える。

「いったい何者だよ」

「化物だよ」

「名前は?」

「0番街の怪人。さっきそう言ったじゃないか」

 違う。こいつは0番街の怪人ではない。

 0時0分0秒ちょうどに現れるというだけの怪物にこんな芸当ができるはずがない。

「騙り部に嘘が通用すると思うなよ。お前の化けの皮を剥いでやる」

 僕の言葉に対して怪人は、やってみなよ、と口元を歪ませた。



 すぐに思考を整理して家族のことを思い出す。こいつに記憶を奪われないうちに早く。

 父親の名前は古津謙語(ふるつけんご)。職業は小説家。

 小説以外にもエッセイや脚本なども執筆している。

 そして騙り部一門の九代目頭領である。口を開けば嘘と冗談しか言わないような人だ。

 母親の名前は古津楓(ふるつかえで)。職業は公務員。

 秋葉市役所で働いているが、詳しい仕事は知らない。おしゃべりな父親に反して寡黙で、自分のことはあまり話さない。だが怒るとかなり怖い。

 二人は昔からお互いのことを知る、いわゆる幼なじみという関係だったらしい。小学校から高校に至るまで同じ学び舎に通っており、付き合い始めたのは高校一年生からだという。

 その高校とは、現在僕も通っている私立秋功学園である。その後も二人は同じ大学に進学し、卒業してお互い働き始めてしばらくしてから結婚した。

 ちなみに母は良いところのお嬢様だったらしく、実家の反対を押し切って結婚したそうだ。そのため僕は母の実家がどこなのか知らない。けれど実家から縁を切られても父との縁を結びたかったと語る母は、本当に幸せそうだった。

 両親の他に家族はいない。少し前まで父の両親、僕にとっての祖父母といっしょに暮らしていたが、すでに二人ともこの世を去っている。

 そういえば祖父は死ぬ間際にこんなことを言っていた。

「地獄の大王にオイラの嘘が通用するか試してくる。すぐ戻るから心配するな」

 それを聞いた僕は笑った。少し遅れて両親も祖母も笑った。

 みんな笑いが止まらなかったし、止める気にもならなかった。

 祖父が病気で倒れてからしばらく笑っていなかったから。

 病床の祖父はそのことを心配していたのかもしれない。

 だからそんな冗談を言って笑わせてくれたのではないか。

 祖父は僕らが笑っているところをしばらく眺めた後、安らかな顔で息を引き取った。



 それからすぐに祖父を見送るための葬儀の準備が進められる。

 当初は親族のみで見送るつもりだったけれど、にぎやかで楽しいことが好きな人だったから明るく送り出したいという祖母の提案により親交があった人たちも呼ばれた。

 皆一様に涙を流している。僕よりもずっと年の離れた大人たちが子どものようにワンワンと声をあげて泣いていた。しかし、それほどまでに悲しく辛い別れなのだ。

 気づけば僕の両目からも涙が流れていた。笑え笑え、と念じても涙が止まらなかった。止められなかった。

 そこに、喪主を務めていた父が手に何かを持って現れる。ボイスレコーダーだ。

 そして式場に設置されたマイクの音量を最大にしてレコーダーを押し当てて再生する。

 流れてきたのは……。

「地獄の大王にオイラの嘘が通用するか試してくる。すぐ戻るから心配するな」

 紛れもなく祖父の肉声だった。

 祖父が録音を頼んでいたのか、それとも父親が勝手に録音していたのか。

 どちらでもいい。なぜなら、一瞬にして会場中のみんなが笑い出したから。

 先ほどまで泣いていた人たちが今度は大きな笑い声をあげている。

「騙り部がつくのは人を幸せにする嘘。人を不幸せにする嘘ではない」

 祖父と父親から耳にタコができるほど教え込まれた言葉。

 その言葉の意味が、騙り部というものが、この時初めてわかった気がする。

 かくして騙り部一門八代目頭領は死ぬまで嘘をつき続けた。

 口上の通り、命尽きるまで騙ってみせたのだ。

 いや、正確には死んでからも嘘をついている。

 きっと今も地獄の大王を相手に騙し合いを続けていることだろう。

 死後の世界でも嘘をつき続けた騙り部は、おそらく八代目の祖父だけだとみんなが笑っていた。

 未だに祖父が現世に帰ってこられないのは決して大王に負けて舌を抜かれたからではない。

 きっと相手が強力なので長期戦になってしまっているのだ。

 そうでなければ祖父が祖母を悲しませるような嘘をつくはずがないのだから。



 それから半年ほど時が経ったある日、祖母が祖父の後を追うようにしてこの世を去った。

 朝になってもなかなか起きてこないことを心配した母親が様子を見に行った時、布団の中で冷たくなっていたらしい。前日まで元気な姿を見せていたから戸惑いを隠せなかった。

 あまりに急な別れだったので葬儀に参列している時も涙を流さなかったほどだ。

 それは僕だけでなく両親や親族も同じだった。祖母の死という現実を受け入れられなかったのである。

 それから遺品を整理している時、祖母が書いたと思われる遺言書を二枚見つけた。

 一枚には、震える手で書かれたような文章が載せられていた。


『早く帰ってきてください』

 地獄からなかなか帰ってこない祖父を信じて待ち続けていた祖母からの最期の願い。

 見ただけで胸がしめつけられた。


『迎えに行きます』

 もう一枚はしっかりとした字で書かれていた。


 けれど涙で目がにじんでしまって読みづらい。気づけば両目から涙が落ちていった。

 その時になってようやく祖母の死に現実味が帯びたのだ。

 僕はその二枚を茶封筒に入れて仏壇に供えた。そこには祖父の位牌と祖母の位牌が仲良く隣同士で並べられている。

 僕にはそれが遺言書とは思えなかった。むしろ恋文のようだと思った。

 だからこれは、遺族が持っているよりも想い人に渡すべきなのだ。

 後から聞いた話によると祖母は重い病気に侵されていたらしい。それも祖父が亡くなるずっと前から。

 手術しても助かる見込みはなく、余命が数か月延びる程度の効果だったという。

 そんな時に祖父が病気で倒れてあの言葉を聞いて決心したのかもしれない。

 自分も愛する夫と共に逝こうと。

 そして毎日のように全身を襲う激痛を誰にも気づかれまいと平然と過ごしていたのだ。

 だが何ということはない。

 騙り部一門八代目頭領の妻もまた、大嘘つきだったのだ。


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