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不死身の少女を殺す話  作者: 川住河住
第一章【0番街の怪人】
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0の扉

 酔っ払いに絡まれそうになったところを西島の手を引いて全速力で逃げた。そのまま街の外へ出ようかと思ったが、出入口付近に赤いランプの付いた車が見えた瞬間すぐに方向転換する。

 警察の巡回だ。慌てて裏路地に姿を隠すと制服姿の警察官が街の中へ入っていくのが見えた。昨日までは一度も見なかったのに今日に限って運が悪い。

 しかも先ほどまで閑散としていたはずの街にどんどん人が増えている。最初は気のせいかと思ったが、人の数が両手の指以上に増えたあたりで気のせいではないと確信した。

 しばらく裏路地に身を潜めながら通りの様子をうかがう。

 幸い冷たい風は弱まってきているし、今も手をつないだままなので寒さはあまり感じない。

 腕時計を街灯の光に照らして見ると針が0時を指そうとしているところだった。

 僕は以前から気になっていたことを聞いてみる。

「どうして深夜の0番街でないとダメなの?」

 いっしょに0番街へ行くことを了承した時、僕は日が出ている間に行くつもりでいた。

廃れたといっても歓楽街には変わりない。未成年者の僕らが夜の街に訪れてはいけないというのは一般常識だ。また、私立秋功学園は校則が厳しいから昼間に行っただけでも厳重注意されてもおかしくない。

 しかし西島は、警察や近隣住民に見つかる危険性があるにもかかわらず、こうして毎晩のように0番街を訪れている。

 以前聞いた時は口をつぐんだ。あれから一度も0番街を訪れる理由を尋ねていない。

 自分なりに彼女がここに来る理由を考えたり調べてみたが、これという理由は見つけられなかった。

「答えたくないなら答えなくていいよ。今日がダメでも明日も付き合うから」

 口を固く閉ざす彼女にそう伝えてから通りに目を向ける。

 やはり今日は人が多い。異様に、という形容詞がしっくりくるほどに人であふれ返っている。

 なんだか街に嘘をつかれているようで気分が悪い。こんな感覚は僕も生まれて初めてだ。

「……を見つけたいのです」

 西島が何か言葉を発した。

 運悪く風の音に消されてしまったのでもう一度お願いする。

「0番街の怪人を見つけたいのです」

 なんだそれ。アニメや漫画に出てくる悪役か?

「0番街の怪人は、0時0分0秒ちょうどに0番街に現れる正体不明の存在です。怪人と言われていますが、人間の姿をしているのかどうかさえわかりません。なぜなら、誰一人としてその姿を見たことがないのですから」

 それなら、どうして0番街の怪人という存在が知られているのか。

 そういう噂話にツッコミを入れるのは野暮なので黙っておこう。

「0番街の怪人ね。ちなみにその話は、どこの誰から聞いたの?」

「私が愛読している雑誌の記事です。ちなみに筆者は小須戸文哉(こすどふみや)さんです」

 ファッション誌でないことは確かだ。おそらくオカルト雑誌かなにかだろう。

 それにしても、地方都市である秋葉市の駅前の歓楽街限定で現れる怪人がいるとは知らなかった。

「昔はここで行方不明になった人がたくさんいるらしいです。0番街の怪人にどこか知らないところに連れて行かれたという噂もありますよ。あるいは、殺されたとも言われています」

「店で遊んだ分の代金を払えなくなった客が怖い従業員に連れ去られたんじゃないの?」

「そんなことありません。きっと0番街の怪人の仕業です。絶対に見つけますからね」

 考えを否定されたのが気に入らなかったのか、珍しく西島はむきになって反論する。

 少し悪いことをしたと反省してすぐに謝る。それから新たに質問をする。

「その怪人を探す手がかりはあるの?」

 現れる時刻は0時ちょうどで、場所は0番街に限定されているということはわかった。

 しかし怪人は0番街のどこに現れるのかわからない。狭い街とはいえ、0時ちょうどに目の前に居合わせるというのは難しい。

「怪人が現れる直前に扉が出てくるらしいです。その扉は『0の扉』と呼ばれています。その扉を開けて進んだ先に怪人がいるとか、扉が勝手に開いて怪人が顔を出して笑っていたとか、そういう話が伝わっています」

「0の扉か。数字の0の形をした扉なのかな。もしそうだとしたら凝ったデザインだね」

 ネーミングセンスはないけれど、デザインセンスの高さは感じられる怪人だ。

 しかし、どれもこれもいかにもオカルト雑誌に掲載されているような話だと思った。

 胡散くさい話だが、ここまでくると本当にいるのではないかと思えてくる。

 それになぜか、西島の話しぶりから嘘の匂いが全くしないのだ。

 それよりも街の空気に含まれる嘘がどんどん濃くなっていくように感じる。

「0番街の怪人は、0時0分0秒ちょうどに0番街のどこかに0の扉が現れるんだよね?」

「はい。そうですよ」

「それなら0時0分1秒になったら扉は消えてしまうのかな?」

「えっと……」

「その1秒の間に怪人が僕らを襲ってくる危険性は?」

「大丈夫です。危なくなったら私が盾になって騙り部さんを守りますから」

「それはダメだよ」

「え?」

「もっと自分のことを大切にしてほしい」

 言い終えた途端、西島の手に熱がこもったのを感じた。

 おかげで僕も気がついた。自分がどれだけ恥ずかしいことを口走ってしまったか。

 すぐに手を離して腕時計を見る。

「もうすぐ……」

 0時だ。

 その時、通りを歩く警察官の姿を目の端でとらえた。男と女の二人組。

 しかも僕たちが隠れている裏路地に向かってきている。

 ここにいるのを見られたらまずい。

 しかし、今のタイミングで通りに出たら絶対に見つかってしまう。

 それはもっとまずい。

「あの、大丈夫でしょうか」

 僕の動揺が西島にも伝わったのか、心配して声をかけてきた。

「もう少し奥に移動しよう。そうすれば警察に見つからないはずだ」

 西島といっしょに立ち上がる。そして明るい通りに背を向けて、暗い路地の奥へ進んでいく。

 時折、後ろを振り返ると警察官の男女二人組がこちらへ向かっているのが見えた。

 ゆっくりと、けれど着実に近づいている。

「もうこれ以上は……」

 先に気づいたのは西島だった。

 その先には何もない。曲がることもできないし、超えることもできない。もう数歩進んだら壁にぶつかって行き止まりだ。

 しかし僕の目と鼻が教えてくれる。嘘の発生原因がその壁の先にあることを。

 おそらくそこがこの街の中で最も嘘の要素が濃くて強い場所だ。

 もしかしたら……。

「西島さん。僕のことを信じる?」

 彼女の横に立って問いかける。背後から客引きの呼び声や怒鳴り声が聞こえてきた。

「はい。騙り部さんの言葉なら信じます」

 西島は少しも迷うことなくハッキリと告げる。その声には真実しか含まれていなかった。

 どちらからともなく手を差し出してつなぎ、決して離れないように強く握り合う。

 ほのかな温もりが感じられて冷たい風や寒さは気にならない。

 そしてゆっくり前に向かって歩き出した。

「もうすぐ0時です。あと十秒です」

 その声を聞くと同時に頭の中で時計が浮かんだ。そして秒針が少しずつ動いていく。

 頭の中で一秒ごとに時が流れるのを感じる。

 それから長い針と短い針が0の部分で重なり合った。

 その瞬間、僕らの目の前に数字の0が浮かび上がり、全身が嘘に包まれた。


「0の扉です!」


 西島が言うが早いか、僕が動くが早いか、次の瞬間には扉の取っ手をつかんで開けていた。

 扉の中に僕と彼女の体が全て入ったことを確認してすぐに閉める。しばらく戸から手を離さずに様子を見ていたが、消える気配はない。

 一抹の不安を抱えながら思いきって手を離してみると、扉はそこにあり続けた。

 よかった。0時0分0秒を過ぎても消えることはないらしい。

「西島さん大丈夫?」

「私は大丈夫です。それよりも手が……」

「あ、ごめん。もう離しても問題ないよね」

 力強く握り合っていた手を別れさせた。

 すると彼女は、そうではない、と言いたげな視線を僕の左手に向ける。

 同じように視線を向けると爪が割れて血が流れていた。

「うわっ!」

 すぐに患部を右手で優しく握る。幸い床や扉に血は付いていない。どうやらドアノブに爪を当ててしまったようだ。

「大丈夫ですか? 見せてください」

 西島は心配そうな声でこちらに聞いてくる。さらに心配そうな顔を左手に近づけてくる。

「これくらいの傷なら大丈夫だよ。唾でもつけておけば……」

 今度は僕が言うが早いか、西島が動くが早いか、気づけば彼女が血の流れる爪をなめていた。

 鈍い痛みが指に走る。だが、それよりも恥ずかしいという感情で胸がいっぱいになる。

「ちょ、西島さん!?」

 すぐに指を引き抜こうとすると、彼女の両手で押さえられてさらに口の奥でなめられた。

「ほほほほほへふははい」

 多分、離さないでください、と言いたいのだろう。

 恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。

 僕は真っ赤になった顔を見せないため、空いている右手で隠す。時折、聞こえてくる指をなめる音がさらに顔を熱くさせた。

「ん……。これでもう大丈夫です。しばらくハンカチで包んでおきましょうね。子どもの頃から使っている古いものですみません。でも、ちゃんと洗っているから汚くないです」

「ありがとう。ちゃんと洗って返すから」

 それでも感謝の言葉を述べようと思い、右手で顔を隠したまま伝えた。

「ここが0の扉の中ですか」

 僕は顔に当てていた右手を離し、最初に左手に目をやる。

 少し色あせた青いハンカチがしっかりと巻かれていた。

「ここはバーかな?」

 正面には細長いバーカウンターとイスがあり、その奥の壁にはたくさんの種類の酒が並べられている。

 ゆっくりとバーカウンターに近づいて中を覗き込もうとしたら背後で大きな声があがる。

「見てください!」

 振り返ると西島が興奮気味に扉を指さしている。

 近づいて見ると木製の扉の上部が0の形でくり抜かれ、そこに透明なガラスがはめこまれていた。ガラスから外をのぞくと、その先に人がたくさん歩く0番街の通りが見えた。

「なるほど。店内に明かりがつくと0の部分から外に光がもれるようになっていたんだね」

「残念です……」

 その言葉通りの表情を浮かべる西島。

「でも、凝ったデザインで綺麗じゃない? それにお店全体がおしゃれな雰囲気だよ」

 苦笑いを浮かべながら慰めにもならないことを言う僕。

「それはそうですけど」

「それに、まだ0番街の怪人がいないと決まったわけじゃないよね?」

 その言葉を聞いた西島の顔がパッと明るくなった。やはり0番街の怪人を本気で信じているらしい。

「そうです。そうですよね。おっしゃる通りです。きっとおしゃれなバーだと見せかけているだけです。ここは0番街の怪人が作り出した世界なのです。そうやって油断させてお酒を飲ませて酔ったお客さんをさらってしまうのです。そうに決まっています」

 それはつまり僕も西島も0番街の怪人に捕まっているということになる。

 いやいや、それはダメだろう。

 そうでなくても未成年の僕らがバーに入ったら店側に迷惑になる。

 幸い今この店の従業員はいない。

 戻ってくる前にすぐここを出よう。


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