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不死身の少女を殺す話  作者: 川住河住
第一章【0番街の怪人】
3/25

深夜の散歩

 春とはいえ、深夜はとても冷える。

 今日はいつもより気温が低く、風が強いからより寒く感じる。

 なにか温かい飲み物を飲みたい。それよりも早く家に帰りたい。

 高校生が外出していたら警察に呼び止められる時間帯だから。

 しかもこんなところを男女で歩いていたら……。

「そこのカップルさーん。寄っていきませんかー? 一杯サービスしますよー」

「おにいさん、どうですか。いい子いますよ。写真だけでも見てってください」

 居酒屋や風俗店の店員がひっきりなしに声をかけてくる。

 前者はともかく、後者はなんだ。僕の隣を歩いている女の子の姿が見えていないのか。

 そもそも僕たちが高校生であることに気がついていないのか。それとも知っているうえで冷やかし気分で声をかけているのか。

「ガキがこんなところに来るな!」

「早く帰れ!」

 一方で怒鳴って追い払われることもある。どちらかといえばこういった人たちの方が多い。



 隣を歩く西島は客引きの声や鋭い視線、冷たい風や寒さも意に介さず歩き続ける。

 時折、右に左に視線を向けて必死に探している。僕も同じように右に左に目を向けるが、それらしいものは見つからない。

 ここ数日ずっとこの調子だ。今日もまた何も見つけられずに帰ることになるだろう。

 腕時計の針は、十一時半をさしている。これまでは0時を迎えるとすぐにここを離れた。

 けれど今日はいつもより寒いし、警察の巡回があるかもしれない。

「西島さん。そろそろ帰ろう」

「もう少しだけ……」

「このままだと風邪をひいてしまうよ?」

「すみません。もう少しだけお願いします……」

 昨日までは名残惜しそうにしながらも最後は了承していっしょに帰ってくれたのに。

 今日はなかなか首を縦に振ってくれない。

「見つかる気がするのです」

 西島の目はいつになく真剣だった。さすがに僕一人で帰るわけにはいかない。

 仕方ない。もう少しだけ付き合おう。大きなため息をついてまた歩き始める。



「おかえりなさい。騙り部さん」

 玄関先でエプロン姿の西島が出迎えてくれた。

 かわいいと正直に思ったが、口には出さないでおいた。

 きっと彼女にそれを着るように入れ知恵したのがエロ親父だろうと簡単に推察できたからだ。

「騙り部さん。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……」

「ご飯でお願いします。それからその呼び名はやめてくれ」

 ご飯を食べた後にエロ親父をこらしめよう。それから風呂に入って汗や血を洗い流すんだ。

「あの、すみません。ご飯を食べた後、話を聞いてもらってもいいですか?」

「ちょっとやることがあるんだけど……」

「話を聞くと言ってくれましたよね? あれは嘘だったのですか?」

「ごめん。嘘じゃないよ。あれから何も言ってこないから、もういいのかなと思ってた」

「それは私もすみませんでした。いろいろと調べていたら遅くなってしまいました」

「いや、西島さんは悪くないよ。約束を破ろうとした僕が悪いんだから。本当にごめんね」

 深く頭を下げて謝り、顔をあげて様子を見る。少し悲しそうに見えていた表情はなくなり、いつも学園で見せるような顔に変わっていた。何を考えているのかわかりにくい。しかし、いつもより神妙な面持ちをしているように感じる。調べていたと言っていたけれど、何か悩みでもあるのだろうか。学園生活のこと、この家での暮らしのこと、あるいは……自分の体のこと。



0番街(ぜろばんがい)へ行きましょう」

 夕飯を食べ終えてから僕の部屋へやってきた西島が開口一番にそう告げる。

「今なんて言った?」

「0番街へ行きましょう、と言いました」

「いや、そういう意味で聞いたんじゃないんだけど……」

「説明不足ですみません。0番街というのは……」

「それは知ってるよ。秋葉駅の近くにある歓楽街のことでしょ?」

「さすが騙り部さんです。頼りになります」

「そこがどんな場所か知ってるの? 女の子が一人で行くようなところじゃないよ?」

「はい。いろいろ調べました。だから男の騙り部さんに付き添いをお願いしたいのです」

 調べていたってそういうことかよ。なんだか深刻に考えていた自分がバカみたいだ。

「でも、一つだけわからないことがあります。なぜあそこは0番街と呼ばれているのでしょう」

「西島さんは、秋葉市が鉄道の町として発展してきた歴史があることを知っている?」

 この町で生まれ育った人なら鉄道に興味があってもなくても小学校や中学校の社会科の授業で習うことだ。案の定、彼女は僕の問いかけに首を縦にふる。

「秋葉駅には何本も線路が走っているだろ。その中に『0番線』という路線があるんだよ。そのすぐ近くにある街で、そこで働く人たちが遊びに行くから。それが街の名前の由来だよ」

 まだ活気があった昔ならともかく、廃れてしまった今ではその由来を知っている人は少ないだろう。ほとんどの人が『歓楽街』と呼んでいる。今も営業している店があるとはいえ、シャッターが閉まったままの店も多いと聞く。

「でも、秋葉駅には1番から5番までの路線しかありませんよ? 0番線なんてどこにも存在しないのではありませんか? それとも普通の人には見えない秘密の入口があるのでしょうか」

「あはは。秘密の入口といえばそうかもしれない。0番線は、列車の整備をする車両基地へつながっている路線だから、鉄道関係者しか入ることが許されていないからね」

「そうですか。異世界や宇宙の彼方へ通じている幻の路線かと思ってしまいました」

 先ほどまでの目の輝きが一瞬にして曇ってしまった。

「それより、西島さんはどうしてそんなところに行きたいの?」

 部屋に入ってきてすぐに目的地は告げられた。だが肝心の目的そのものは知らされていない。

 この問いにはすぐに答えが返ってこない。彼女は顔をうつむかせたまま黙っている。

 質問を変えてもう一度聞こうかと迷っている時、ようやく顔をあげて答えてくれた。

「どうしても言わないとダメですか?」

「まあ、言いたくなかったら言わなくても」

「じゃあ、私といっしょに0番街へ行ってくれますか?」

「それは……」

「ダメですか?」

 涙をためた女の子に上目遣いで頼まれたら断れるわけがない。

 ましてや彼女の頼みなら……。

「わかった。行くよ」

「本当ですか? 本当にいいのですか? 嘘じゃないですよね? 信じていいのですよね?」

「僕は嘘が嫌いなんだよ。それなのに嘘をつくわけがないだろ?」

「そうでした。騙り部なのに嘘が嫌いなんて変わった方ですね」

 西島の明るい口ぶりは、先ほどまで泣きそうだったとは思えないほどだ。

「でも意外です」

「何が? 言っておくけど、歓楽街へ行くことに納得しているわけじゃないよ。でも、僕が了承しなくても西島さん一人で行くつもりでしょ? それだけは絶対にさせないから」

 僕が念押しするように告げると、西島は大きく首を横にふる。

「騙り部さんなら私の嘘泣きにすぐ気がつくと思っていました。騙り部は、普通の人よりも五感が鋭いから簡単に嘘を見抜くことができると、お義父さんが言っていましたから」

「西島さん。親父に騙されているよ」

「え、嘘なのですか?」

「僕も両親も、亡くなってしまった祖父母も、それから親戚のみんな全員、ただの一般人だよ。それから騙り部の言うことを簡単に信用したらダメだよ。なぜなら騙り部は……」

「騙り部は嘘しか言わないから騙り部、ですよね?」

 なんだ、覚えているじゃないか。

 それなのに、父親の言葉を真に受けていたのだろうか。

 やはり心配だ。

 何が目的か知らないけれど、僕もついていくしかない。


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