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不死身の少女を殺す話  作者: 川住河住
第三章【ゴーストライター】

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真実

 翌日。僕と西島は秋葉駅東口の広場であいつを待つ。

 不死身の化物以上のネタは一晩で用意した。

 手間はかかっていないが、その分たくさんの嘘をかけておいたから問題ない。

「騙り部さん。大丈夫です」

 僕の隣に立っていた西島が声をかけてくれた。

 そうだ、彼女の言う通りだ。これは僕一人で作ったものではない。彼女といっしょに作り上げた奇跡を起こす本、奇本なのだから。

「すみませんすみません、お待たせしました。どうもどうも、すみませんねぇ」

 遠くから同じ言葉を二度繰り返すあいつの口癖が聞こえてくる。

「お待ちしておりました。どうぞ」

 僕は持っていたポリ袋を持ち上げて相手によく見えるようにする。

「ええ~。ちょっとちょっと……なんですか、それ? ゴミですか?」

 僕らのもとへやってきたゴーストライター、小須戸文哉が開口一番にそう言った。

 自分から仕事を依頼しておきながら失礼な物言いだ。こちらは学校を休んでまで仕上げたというのに。

 しかしここで怒ってはいけない。冷静さを欠いたら選択肢を間違えることになる。

 西島を救うための、彼女を幸せにするための選択肢だ。絶対に間違えてはいけない。

「ご依頼の品ですよ。不死身の化物以上のネタ……。騙り部一門に伝わる家宝、奇本です」

 小須戸の目つきが変わり、ポリ袋の中に入っている奇本を取り出す。

 奇本は古い木の箱に収められている。

 そのうえ頑丈な鎖でぐるぐる巻きにされているので簡単には開けられないようになっている。

 だがそれでいい。

 奇本とは中身を読むための本ではない。奇跡を起こすための本なのだから。

 たとえどんな内容が書かれているか知らなくても奇跡を起こすという想いがあればいいのだ。

 そして想いは強ければ強いほどいい。

 そうすれば奇本は、持ち主の叶えたい奇跡を起こしてくれる。

 僕は小須戸にそう説明してやる。

「泥だらけじゃないですか」

「地中に埋められていましたからね」

「変な臭いもしますよ」

「何百年も昔のものですからね」

「これが本当に騙り部一門の家宝なんですか?」

「ええ、そうですよ。心配なら騙り部一門の頭領、古津謙語に確認したらどうですか?」



 昨日、僕たちはずっと昔に埋めた奇本を掘り起こした。

 西島の不死性をなくすという奇跡は起こせなかったが、別の奇跡を起こすために使おうと思ったからである。掘り起こされたそれは、まるで時が止まったかのような状態でそのまま残っていた。

 しかし、ガラス容器に入ったままでは中身がすぐにバレてしまう。

 そこで旧家の中で見つけた古い木の箱に中身を移し替えることにした。

 中の本も状態は良く、幼い頃の僕が表紙に書いた奇本という題名もしっかり残っていた。

 西島は懐かしそうに見ていたが、僕は恥ずかしくてすぐ木箱の中に入れてしまう。それから絶対に開けられないように釘を打ち付けて錆びついた鎖も巻きつけた。

 そして僕と西島はありったけの想いを奇本に込める。

『ゴーストライターが僕たちの前に二度と現れないように』と。

 小須戸は鎖をどうにか外そうと試みているが、そう簡単には外れない。

 しかし工具などを使って無理やりこじ開ければ中身がないことがすぐにバレてしまう。

「やめてください。先ほど説明した通り、奇本とは中身を読むための本ではありませんよ。あなたが起こしたい奇跡を頭の中で念じ続ければ奇跡を起こしてくれます。逆に無理やり中身を見ようとすれば奇跡は絶対に起こりません。それでもいいんですか?」

「わかりました。あなたの言うことを信じましょう」

 小須戸は泥まみれの奇本を大事そうに抱えるとどこかへ行こうとする。

「ちょっと待ってください。これで本当に記事に書かないんですよね?」

 確約を得られないうちに帰すわけにはいかない。

 誓約書を書けとは言わないが、しっかりと本人の口から聞きたい。

「ええ、ええ、もちろんですよ。不死身の化物以上のネタを手に入れられたんですからね」

 その言葉に嘘はなかった。ただし、感謝の念もない。

「ビデオカメラの映像。今、僕たちの目の前で消してください」

「はいはい。わかりましたよ。これでいいですか?」

 ぐちゃぐちゃのカバンからビデオカメラを取り出して録画データをすぐに消した。

「データはこれだけですか? 他に複製していないでしょうね?」

「ええ、ええ、これだけですよ。信用してください」

 お前のような言動も行動も薄っぺらい奴を信用できるわけがない。

 だが、その言葉に嘘がないことはわかった。

「これであなたの依頼は終わりです。今すぐ僕たちの前から消えてください」

 僕は悪意と敵意を込めた言葉を奴に突き立てる。

「ええ、ええ、もちろんですよ、ああ、でも、そうですね。これだけは教えておきましょうか。どうして私が、この町に不死身の化物がいることを知っているのか」

 まずい。笑みを浮かべているのになにを考えているのかわからない顔をしている。

 なにか知らないが、こいつはなにかやらかそうとしている。それだけは止めなければまずい。

「もう何年前になりますかね。ある日、オカルト雑誌の編集部あてに読者からのお手紙がきたんですよ。差出人は秋葉市在住のご夫婦から。ご夫婦には、かわいい一人娘がいました」

 短髪でさわやかな見た目とは裏腹に、人をバカにするような語り口だ。

「ご夫婦は大切な娘が『不死身の化物』かもしれないと相談のお手紙を送ってきたのです」

「やめろ!」

 これ以上話をさせないために声をあげる。

 だがあいつは、それを聞かずに話し続ける。

「ご夫婦は何年にもわたって何百通もの手紙を編集部に送ってきました。娘が転んで足を傷つけたがすぐに治った。刃物で指を傷つけたがすぐに治った。そんな内容の手紙を何通も。オカルト雑誌に届く読者投稿のほとんどが作り話なので最初は気にも留めなかったのですが、ある日を境にパッタリと手紙が来なくなったんですよ。それが今年の三月のことなんですがね」

 こいつは本当に人間か? 

 どうして人間がそんな顔をできる?

「気になって手紙をちゃんと読んでみたんですよ。そしたら差出人のご夫婦の名前は西島。そして娘の名前は……ふじみ。古津謙語先生のところでお会いした時、珍しいお名前なのでピンときたんです。あなたとそのご家族、今年の三月に事故に巻き込まれましたよね?」

 呼んでもいないのに突然現れて付きまとう迷惑な存在ゴーストライター。

 そう呼ばれる意味を僕は軽く考えすぎていたかもしれない。

 こいつは人でありながら人でなしなのだから。

 こいつの言うことをこれ以上聞いてはいけない。

 こいつにこれ以上話をさせてはいけない。

 そのためには僕が……。



「ダメです……騙り部さん……」

 もしかして僕がなにをしようとしたのか気づいたのか。

 隣に立つ西島が僕の手を握ってなにもさせまいと足止めしていた。

 けれど力が全くこもっていない。こちらが力強く振り払えば倒れてしまいそうなほど弱々しい。

「騙り部は人を傷つけたり悲しませたりする嘘はつかないって言いましたよね」

 言った。確かに言ったが、今回は例外だ。こいつに、こんな奴に、優しくする理由はない。

「そんなことをしたら騙り部さんが傷つきます」

「西島さん……」

「騙り部さんが傷ついたら私が悲しみます」

「……」

「私は騙り部さんの優しい嘘が好きです。だから、そんな醜い嘘はつかないでください」

 西島には助けられてばかりだ。僕はまた冷静さを失い、選択肢を間違えるところだった。

「早く帰ってください。これ以上話さないでください。西島さんを傷つけないでください」

 しかし目の前にいる人でなしは、人の心を持たず、人の心の痛みというものを知らない。

 そんな奴に人間の言葉が通じるわけがなかった。

「西島さん。あなた、ご家族から化物と呼ばわりされていたことは知っていましたか? ご両親は事故で亡くなってしまいましたが、本当に事故だったのでしょうか。本当は事故に見せかけてあなたを殺そうとしたのではありませんか? なぜならあなたは化物ですからね」

 こいつの口を黙らせるためには警察を呼ぶべきか。すぐ近くの交番に駆け込んでやろうか。

 その時、僕の手から西島の手が離れる。

 そして彼女が前に出て、しっかり立って口を開く。

「知っています。最初に私を化物と言ったのは……両親ですから。でも、仕方ないですよね。だって私はどんなに傷ついても死ぬことができない不死身の化物なのですから」

 西島の告白に小須戸は驚いた表情を見せる。だが僕は驚かなかった。

 その可能性については予想していたから。

 初めて会った時から彼女は自分のことを化物と言っていた。けれど幼い女の子が『化物』や『不死身』といった言葉を自分で考えて付けるとはとても思えなかった。だからいじめっ子の同級生か、もしくは……と思っていたのだ。

 だがその予想は外れていてほしかった。嘘であってほしかった……。

「そうですか。知っていたんですか。残念です。まったく残念です」

 その言葉に嘘はなかった。こいつは心からそう思っている。

「そういえばこの近くには0番街の怪人がいるんでしたっけ。まあ、それも私が作った架空の存在ですけどね。そうそう、お二人は実際に行ったんですよね? どうでしたか?」

 これもまた、取材の一環なのか。こいつは雑誌を売ることしか考えていないのだろう。

「気になるならご自分で取材したらどうですか? あなたの依頼はもう終わったはずです」

 僕らには関係のないことだ。これ以上こいつに付き合ってやる義理はない。

「……それでは取材のご協力ありがとうございました。またなにかありましたら連絡します」

 小須戸は腰を低くして、頭を何度も下げて去っていく。

 しかしその言葉にも行為にも感謝や敬意の念は一切感じられなかった。

 当然だ。人でなしが人間らしく行動できるわけがない。

 その場に立ちつくす西島の背中になんと声をかけたらいいか、全く思いつかない。

「騙り部さん……。最期のお願いです……」

 こちらに背を向けたまま言葉を発した。彼女の肩も声も震えている。

「どうか……どうか私を……殺してください……」

 悲しいことに、その言葉には一切の嘘も含まれていなかった。

「わかった。約束するよ。僕は君を……殺す」

 僕も嘘をつかないで承諾する。

 それが彼女にしてあげられる唯一の救いだと思ったから。



 小須戸文哉とは、あれから一度も会っていないし連絡も取っていない。

 父は仕事の件で連絡したが、音信不通でどこにいるかもわからない状態らしい。

「0番街を取材してくる」

 最後に会ったとき、あいつはそんなことを言っていたそうだ。


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