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不死身の少女を殺す話  作者: 川住河住
第一章【0番街の怪人】

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10/25

決着

「騙り部一門の頭領は元気かい? 今はたしか……八代目だったか」

 怪人が問いかけてきた。

 そんなことを聞いてどうするつもりだろう。

 こいつの目的が復讐だとしたら絶対に話せない。

 しばらく不審に思って観察していたが、不思議なことに今のこいつからは嘘も悪意も感じられない。

 むしろ昔を懐かしむような視線を向けてくるのでつい口を開けてしまった。

「今は僕の父親が九代目頭領をやっている。八代目は……」

 僕の答えを聞き終える前に怪人の顔が曇り、次第に悲しみの色を帯びていく。

「そうか。亡くなったのか……」

 幼女のつぶらな瞳に涙がたまる。

 鬼の目にも涙。いや、化物の目にも涙といったところか。

 しかし、どうして化物のお前がそんな顔をするのだ。

 そんな家族が死んだような悲しい表情を。

 だが勝手に悲しまれるのは困る。



「死んでない」

 僕は嘘が嫌いだ。

 だから、八代目が死んだなんて誤解されたまま別れるわけにはいかない。

 たとえそれが化物相手であっても同じだ。

「はぁ? どういうことだい?」

 怪人の顔に困惑の色が帯び始める。ようやくやり返すことができて少しスッキリした。

 嘘は嫌いだし、騙し合いも嫌いだが、やられっぱなしが好きというわけではないから。

「八代目は地獄の閻魔様に自分の嘘が通用するか試しに行ってくると言った。そしてすぐ戻るから心配するなとも言った。だから僕たちは八代目が戻ることを信じて待ち続けている」

 祖父がそう言ってからもう二年近く経ってしまったこと、その遺体は火葬されて骨になって墓の下で眠っていることは黙っておこう。

 これは嘘ではない。事実を隠しているだけだ。

「あはは! あは! あははは! やっぱり騙り部はおもしろいねぇ! 最高だよ!」

 怪人は先ほどよりもずっと大きな笑い声をあげている。

 すでに幼女の顔の皮は剥がれ、化物の顔が少しずつ出てきている。

 なんとも言い難い顔だが、あまり恐ろしくはない。

「おい、化けの皮が剥がれてきているぞ」

 僕が指摘してやるとすぐに幼女の顔の皮を被り直した。なかなか器用なものだ。

「ところで、0番街の怪人と騙り部にはどんな因縁があるんだ?」

 大きな声で笑い続ける怪人にしびれを切らした僕は尋ねる。

「因縁? なんだいそれ?」

「だってお前、騙り部に会いたがっていただろ」

「会いたかったよ。だから会えて嬉しいと言ったんじゃないか」

「復讐したかったからじゃないのか。さっきの話に出てくる化物がお前なら、そう考えてもおかしくないだろ。住処の山を追い出され、名前を奪われて0番街に来たんじゃないのか?」

「勘違いするんじゃないよ。さっきの昔話はただ語りたかったから語っただけのこと。その化物があたしで、その人間が騙り部だと言った覚えはないよ」

 怪人は妙な声色ではぐらかしている。嘘をついているのが丸わかりの口調だ。まるで嘘を見破ってごらん、と挑発しているようだ。

「本当のことを教えてくれ。頼む。僕は騙り部のことをもっと知りたいんだ」

 僕はその挑発に乗らず、丁寧に頭を下げてお願いすることにした。

 人間が化物に対して礼儀を払うのは別におかしいことではない。

「それなら逆に聞くけど、あんたの知る騙り部は化物相手なら強奪や迫害をするのかい?」

「しない」

「本当にそう思うかい? どうしてそう言い切れるんだい?」

 怪人がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて聞いてくる。

「騙り部は人を楽しませる嘘をついても人を傷つける嘘はつかない」

「それなら、あたしの答えも同じだよ。騙り部の嘘の前では人間も化物も関係ない。皆平等に舌先で転がされてしまうのさ。飴玉のようにコロコロとね。あたしは騙り部から強奪されたことも住処を追い出された覚えもない。だから騙り部に復讐するような因縁もない」

 怪人の表情は、今までに見たことがないほど優しいものに変わっていた。

 じっと観察しても偽りや胡散くささが感じられないほど自然な表情をしている。

 だが、それなら……。



「どうして僕たちから奪おうとしたんだよ。意味のわからない勝負なんかふっかけてきて」

「あはは。バカだねぇ。そんなの嘘に決まっているじゃないか。気づいてなかったのかい」

「はぁ?」

 今度は僕が困惑する番だった。

 あの言葉が、あの顔が、あの殺気が嘘だったと言うのか? 信じられない。

「八代目ならすぐに見抜いたよ。あんたはまだまだ嘘を見破る修行が足りないねぇ。感覚はそれなりに鋭いようだけど、圧倒的に経験が足りていないよ。もっと場数を踏むことだねぇ」

 怪人は憐れむようにささやいてくる。

 やはりこいつの騙しの技術は僕よりもはるか上だ。

 試合に勝って勝負に負けたとはこういう時に言うのだろうか。

「うるさいなぁ。いいんだよ。僕は嘘が嫌いなんだから」

「そのおもしろい嘘だけは褒めてあげるよ」

 嘘ではない。本当に嫌いなのだ。だが何度言っても怪人は聞く耳を持たなかった。

 それでも聞いておかなければならないと思うことがまだまだある。

「この街で行方不明になったという人たちからも全てを奪ったのか?」

「さあねぇ。この街はなにが起こってもおかしくない場所だから人が消えることもあるさ」

「さっきの昔話に出てきた化物は秋葉山を住処にしていたんじゃないか?」

「それも……さあねぇ。あたしとは縁もゆかりもない化物の昔話さ」

 だから嘘つきは嫌いなのだ。まったく信用できない。人間でも化物でもそれは変わらない。

「僕たちはそろそろ帰るよ。聞きたいことも大体聞けたからね」

 このところ毎晩、西島といっしょに家を抜け出してきてしまっている。

 自宅から0番街までさほど時間はかからないが、それでも夜が明けないうちに帰らなければ家族にバレてしまう。

 特に母親には気づかれてはいけない。絶対に気づかれてはいけない。

「もっと上手く嘘をつけるようになったらまたおいで。その子といっしょに可愛がってあげる」

 幼女の見た目をした店主がその容姿に合った声で話す。。

「最後にもう一つだけ聞いておこうかな。お前はどうして嘘をつくんだ?」

 人を食べるため? 人を殺すため? それとも生きるため? どれも違う気がする。

「そんなの決まっているじゃないか。おもしろいからだよ」

 怪人は満面の笑みで言った。その表情と言葉に嘘はなかった。

「一つだけ忠告しておこうか。その扉を一歩でも出たらこちらを振り返ってはいけないよ」

 僕は適当に返事して西島を背負う。彼女は小さな寝息を立てて眠ったままだ。

 落ちないように背負い直すと『0の扉』まで歩いていく。

 それから大きく息を吸って吐いてから左手でドアノブを握る。

 大丈夫だ。やはり痛みは感じない。

 ゆっくりドアノブを回してから引くと扉が開いた。

 外に出るとまぶしさで思わず目を細める。明るさに慣れて少しずつまぶたを開けていくと朝だった。

 一瞬自分の目を疑ったが、これは紛れもなく事実である。



「そんな……どうして……?」

 僕と西島がバーに入ってから長くても一時間程度のはずだ。

 それなのに、どうして僕たちは太陽を拝んでいる。まるで意味がわからない。

 街全体を覆っていた嘘はすでになくなっている。

 怪人の嘘によって幻覚を見せられているわけではない。

 だからこれは本物の光景だ。



「千と一夜を明かしてみれども騙り尽くせぬこの世の嘘なら騙ってみせよう命尽きるまで。

 舌先三寸、口八丁手八丁、この世に騙れぬものはない。騙り部一門ここにあり」

 背後から騙り部一門に伝わる口上が聞こえてきた。

「騙り部一門の人間だという証明、そして騙り部一門同士の符丁としても使われている。知ってるかい? これはねぇ、あたしと初代騙り部の言語郎がいっしょに考えたんだ」

 それを聞いて危うく振り返るところだった。だが、なんとか静止することができた。

 怪人の言ったそれは嘘だと思ったが、事実のようにも聞こえる。

 ダメだ。判別がつかない。

 耳から聞こえる情報だけでは嘘と真実があいまいでわかりづらい。

「これはねぇ、騙り部一門の婚姻の儀に使うために作られたんだよ」

 それは知っている。今でも騙り部一門の結婚式で口上が披露されているから。

「その子のこと、大切にするんだよ。あんたがしっかり守ってあげな。半人前の騙り部」

 僕はしっかりうなずいて見せた。

 それからゆっくりと歩き出してから小さな声でつぶやいた。

「守るよ。不死身のふじみは僕が騙り継ぐと決めたんだから」

 しばらく進んで背後で扉が閉まる音が聞こえてきた。

 そろそろ振り返ってもいいかと一瞬思ったが、またすぐに前を向いて歩く。

「ありがとう西島さん。助かったよ」

 彼女が背中にいてくれたおかげだ。

 眠っていることがわかっていても感謝の言葉を伝えずにはいられなかった。

「ん」

 返事のような寝息が彼女の口からもれた。



 翌日、僕は一人で0番街を訪れてみた。

 店があったはずの場所には――なにもなかった。


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