9話
翌朝。
起きるとシロの姿が無かった。
しかし彼女の方に引かれた毛布は起きたのであろう形跡が見られた。寝ぼけ眼のままベッドから出る。
ドアをゆっくりと開けるとそこには既に起きたシロの姿が見えた。
「おはよう、シロ……」
「おはようクロ。相変わらず遅いわね」
「シロが早いんだ……」
「取り敢えず何か食べましょう?どこかで」
恐らく時間帯的にもこちらの時間軸の僕らは、朝食をとっている事だろう。ふと、今日は何を食べたっけかと考え込む。
何故覚えられないのだろうか。
3日前の朝御飯すら曖昧だと言うのに、1年前にあった人は何となく覚えている。
それが不思議で仕方ない。当所もないもどかしさだ。
しかしこのパラドクスを僕らは発生させるのだ。そこも矛盾を感じる。
「ぼやっとしてないで、ほら」
考え込んでいた僕を覗きこむ様に彼女は声をかけてきた。
「そうだね」
近くの店で朝食をとることにした。アズバー=モウロンを探すのはこれからである。
時計塔から西に少し歩いたところの喫茶店に入った。
「いらっしゃいませー」
「えーっと……」
メニューを見る。すると後ろからひょいっとシロが顔を出して、
「このベーグル二つで」
とだけ告げた。
何故勝手に頼むのか。とは言え母国の料理を無理やり頼もうとしないだけましなのかもしれない。
財布からお金を払い支払った。
総計幾らだったかはあまり覚えていないし気にしない。
お釣りのせいで財布が膨らんだことだけは鮮明である。
まぁたった今の話であるし順当だろう。
外の席に案内された。
丸いテーブルと椅子が二つに日よけ用に真ん中にパラソルが取り付けられている。外の席は5つで基本的に二人か三人で座ることを想定しているらしく主には二つ椅子が並べられている。
建物側の壁に三人用として椅子が幾つか積まれているのが見えた。
それなりの繁盛を見せているようだ。時計塔から近い事はある。
一番いい立地条件を僕らが貰っているのも何だか忍びない話だが、しかし仕方のない事なのだ。
まぁ譲る気の方も毛頭ないのだけれど。
朝の天気は曇り。
そういえばこの日は太陽を見れなかった気がする。とは言えこの記憶も曖昧なので、今こうしてみている過去を無理やり記憶していたと形容しているだけなのかもしれないが。
少し待っていると店員がプレートの上に二つのベーグルサンドと飲み物の紅茶を持ってきてくれた。
「お待たせいたしました。ベーグルサンドになります」
「どうも」
シロは店員に笑みと共に軽く会釈した。
笑み、なんて形容したがしかし彼女の表情は変わりこそすれど、僕からしたら全体的に無愛想と言うのか、なんだか淡泊さを感じてならない。
店員が後ろを向き、店内に戻るのを意味もなく、ぼんやりと見つめる。
無意識下でベーグルを左手で掴んだ。
口に運ぶ訳でも無く、ただ皿から少し持ち上げる。
そうして今度はゆっくりと目線の先を顔ごと、反対に……つまりは外の方向にやった。
歩く人々と幾らかの車。風に揺れる街路樹。朝の風景は時間移動をする度に見たが、何か心地いいものだ。
時計屋での朝食だって別に悪い訳ではないのだが新鮮さに包まれている気がする。
すう、っと左手を口元まで持ってくる。ベーグルを一口齧った。美味しい。その左手のベーグルを一旦さらに戻し、今度は紅茶の取っ手に手を掛ける。
外を依然として眺めながら一口飲んだ。仄かな温かみを帯びて、体内に入り込んだ。やはり美味しい。
「クロ、ぼーっとしすぎじゃない?零すよ?」
「え……あ、うん」
少し現実に引き戻された気がした。シロの方を見ると大方食していたようで僕が遅いのか彼女が早すぎるのか時間的感覚が乱れた気がした。
「食べるの早くない?」
「クロが遅いの……て言うか、早くアズバーさん探さないと」
「あぁ……そうか」
少し意識を現実に寄らせる。そうしてちょっと食べるペースを速めた。
朝食を終えた後は、メモに沿ってアズバー=モウロンを探した。
メモによると朝食をとうに終えて、会社に向かっているところらしい。
僕らも地図に従って向かうことにした。
「えーっと……隣町かぁ……」
「でも……会社なんでしょう? 私たちが干渉できるのかしら」
「……そうだね……」
でも、仕事を放り出すことはできない。
それに僕らはいままでこのやり方を貫き通してきた。今回だって、同じ行動するだけである。
「取り敢えず、向かうしかないでしょ」
「そうね」
そっけない返事だった。
トレイを店に返して僕らは出発した。
時計屋から東方向。つまりアズバーの家から反対方向らしいそのところ
に会社は位置しているらしい。車を拾おうにも難しいと判断して僕らは結局徒歩で向かった。
辿り着いた先の会社。
時間を見る限り彼はとっくに会社の中にいるのだろう。
時刻は10時39分。
昼ごろではないがしかし急がなくては、下手すれば間に合わなくなるからまた戻る作業を繰り返すことになってしまう。
景観は別段豪勢でも、とりわけ目立つものでもなかった。
ビルであるので高さこそあるが周りにだってこのようなビルは幾つか見受けられる。
「さて……と、どうやって入ろうか……」
ビルに潜入するのは初めてだった。
今までは精々侵入することになってもそこまで高い場所ではないので、ロープでも梯子でも最悪強行突破もできた。
しかしビルとなると……。
しかも運よく入れたとしても、アズバー=モウロンを探さなくてはならない。
更にそこには条件があって、呼びつける訳ではなく、例の現場に居合わせる必要がある。
指をくわえて待つ訳にもいかない。それは職務放棄であるし。
僕らはまだ子供である。
大人だったらもしかしたら、が存在するかもしれないが子供であれば笑いと一蹴しかされないだろう。
アズバー=モウロンは何処、と聞いたとて彼を呼びつけられるだけだ。
当然ここの彼は僕らを知る訳がないので取り合ってくれすらしないだろう。
せめて上手い嘘か子供と言う事実がなければいい物を……。
「まぁ、何にしても受付を通らないと入れ無さそうだし……」
シロが深く考え込んだ。僕も同じようにビルの前の歩行者道路のところでしゃがみ、思考回路を働かせた。
子供……子供。
「……」
不可能か可能か。
少しばかりの方法。
とは言えこれは大分難しい。
「これをクリアするには……時間もそうだし……」
「??」
訝しい顔をする僕をシロが不信がって覗き込んだようだ。
しかし僕はそれに構う暇はない。
チラッと左のポケットにある懐中時計で時間を確認した。彼の目撃時間が具体的な数字が分からないのだ。
だからどうにか割り出してそれまでに調べる必要性がある……。
此処まで考えた所で、僕は体を仰け反り、笑った。
それは頭の処理落ちなどではなく、とても単純で端的な方法を見出したから。スッと立ち上がり、シロの方を見て言う。
「一回記憶から出よう」
「?……え?」
言うが早いか僕は時間をセットして彼女の手を取った。
「It's wander clock!!(時の彷徨い)」
カチッ。