7話
「えーっと、結局そのグラファーさんを殺したであろう犯人を突き止めればいいのですか?」
「まぁ……そういった感じになるのかな……」
「……分かりました。じゃあ始めましょうか……」
「何をするんだ……?」
「貴方の記憶の中に行きます」
「?」
「何か?」
「?」
何度目かのやり取りのような気がする。意味が分からないと素っ頓狂のような顔をする。
当然と言うか速攻で受け入れられても困るのが。
「まぁ、そうですよね。ご説明致します……僕の左手のこの懐中時計を使います」
そういいつつ左手に持っていた……もといポケットに忍ばせていただけの懐中時計を取り出す。
「コイツは不思議なんですよね。誰かの記憶内の、記憶してる時間軸のどこかに移動できてしまうんですよね」
「……すまない……私にはちょっと早かったようだ……うん」
説明をし終える前に、冗談だと、冗句だと決めつけたのかアズバーが僕の前から立ち去ろうとする。
しかしここで引き留めなくてはならない。
と言うかのこのこと帰してしまえば仕事がなくなってしまう。
「待って! 待ってくださいって! ……そりゃあまぁ、冗談にしか聞こえないでしょうけど……それでも信じてもらうしかないんですよ」
「……」
「それに貴方だって信じられずとも、僕の元に来ている。ならば少し位は……藁に縋る思いでもないと、こんな子供の経営するところ、シロに言われたって帰ってるでしょう?どうなんですか?」
「確かに……君は年齢にそぐわない思考回路だな」
「でしょうねぇ。よく言われますよ」
アズバー=モウロンは依然として不安感に包まれている。
だがソレが少し緩和されたような、ちょっとばかり安堵した顔つきに変わる。
目が笑っていたのだ。穏やかに。
見る限りでは僕を信用してくれたのだろう。
僕も同じように軽く口元で小さく曲線を描くように、笑い返す。
「それで、御依頼……如何いたしますか?」
「そうだね。藁にもすがる思いだ……頼もうじゃないか。……とは言え私はそんな非科学的なものをこの年にもなって信じ込んでいる訳ではないがな。しかし興味深いのも確かなのだ」
「分かりました。それでは、まずは最初にご契約を」
そう言いながら、引き出しを開いて契約書を取り出す。
既に机上にあるペンを差し出し、サインする部分を指で示す。
アズバーはその紙を受け取り目を通した。
「……メモリアルのタイムパラドクス……?」
「そうです。あなたの記憶の中に入り込んで、色々とやっていくのですから当然です。なので、記憶が色々と混同するでしょうが……」
「成程ねぇ……」
少しだけアズバーは笑っているように見えた。
「そういえば最近、タイムワープ装置の理論が発表されていたな。君達なのかい?その理論を発表したのは」
「いえ……違いますよ。それに僕にだってこの時計の仕組みはイマイチ理解しかねているんですから……」
時計の針を回した分だけ日にちを移動する。
そんな仕組みを逆どうすれば作れるのかと、数多の人に聞きたいくらいだ。
僕らのやり取りを見ていたシロは声には出さなかったが、顔つきが僅かに呆れを伴った笑いがあった。
“最初に”と言ったからだろう。
僕等は子供とは言え営業者であり、時間の浮浪者。
契約書はちゃんと存在するが、最初に決めた決まりとしては昨日の時点で出すはずなのだ。
それが実際に、こういった時間を遡ろうと、時計を直すだけであろうと。
多分その嘘に対して何かしらの御叱りでもするつもりなのだろう。
彼女は説教の途中から目がにや付いてくる。
変だ。
恐らくシロ自身の血筋ではない……のだろうけど。
「書き終わったよ」
ペラ、と紙を差し出される。
一通り目を通して、僕も同じようにペンをとり、容認を示唆するマークをサラッと書いてプラスチックの小さな円柱型の筒にいれた。
「取り敢えず基本情報を知っておかないと、どうにも始められませんから、幾つかご質問させていただきますね?」
「あぁ」
アズバーはコクリと頷いた。
それから、彼の勤め先の会社の名前から場所、また犯人と思わしき人物のリストを分かる範囲で製作した。
彼自身の担当部署等事細かく聞いた。
それから当日の行動スケジュールを記憶している限りだけ聞いて、それらすべてをメモした。
「えーっと……何処住まいですか?」
「この町の13番地だな。だから……この店の玄関から見て西方向にいったところだ。割と近い方だと思うが……」
「ふむふむ。目印か何かあれば……」
「近くに服屋があるな。レディリアスっていう……」
「あぁ、あそこですか……」
一通りの質問を終え、メモした用紙をポケットにしまった。
一回懐中時計を確認する。
「……」
現在時刻、7時13分。
「じゃあ、始めましょうか」
席を立って、客人の方へ行く。詳しく言えばアズバーの横に。
「椅子ごと、僕の方に向けてください」
そういうと彼は何も言うことなく、スッと僕の方に向きを変えた。
「じゃあ、貴方の記憶回路の過去に飛びます。貴方が言う……えーっと」
流暢に言葉を綴るつもりが、止まる。何と言おうとしたのか忘れてしまう。
チラっとシロの方を向いて助け舟を出した。彼女は先程どうよう少しの笑いを浮かべて、
「グラファー=モウロンの死について、先刻仰っていた“見ただけ”と言う証拠の日時をお伺い……でいいのかしら?」
「え、ええ……そうですそうです、はは」
「あれは……今からそうだな……1か月と少し前の……先月の17日だな、昼ごろだった」
「左様で御座いますか」
嘘はついていなさそうだった。シロも無反応である。
昼ごろ、と言うことは日時を一日ずらさなくてはならない。日にちの移動しか出来ないのだ。
つまり17日に移動してもあくまで夜7時の17日でありアズバーの言う見かけた、と言う時間から過ぎてしまう。
今日から数えて48日前……からさらに1日を足す。
その分にさらに2をかけて、懐中時計の短針を反時計回りに回す。
「…………っと、これで完了ですね」
シロを左手でちょいちょいと招く。
「では、It's wander clock(時の彷徨いを)」
カチッ