5話
ドライバーを使い、中身を開ける。見ると端の方歯車に埃が絡まっているようでそこを根源に動きがストップしていた。割とよくあったりする事である。
カバーのどこかか若しくは時計の裏側から埃が入って溜まっていったのだろう。
恐らくこれをとって金属部品を一部交換すれば戻るだろう。だがしない。
修理代が欲しい訳ではなく、気になったのだ。あの男が吐いている嘘と言うものを。
先程のシロの眉の動きからして嘘を見抜いたのだろう。
とは言え嘘を見抜くたび毎回眉が動く訳でも無い……と言うか嘘塗れの世界で毎回動いていたら敵ったものではないだろう。
コンコン。
自室に僅かに響くノック音。
勿論それは客人ではなく、シロのものだった。振り返り、シロに尋ねた。
「で、どんな嘘だったの?」
「なんていうのかな、直感って言うか、感じたのは一瞬だったし具体的には私も分からないけど……少なくとも、寿命で死んだっていうことは嘘みたいで……恐らく殺されでもしたんじゃないかな……」
「オッケー。それが分かれば充分だよ、及第点。揺さぶりに掛けよう……」
時計のカバーを閉じて、抱える。
一応細工を施して、止まったままにしてある。
細工と言うよりは、歯車を一個取り換えるついでに除いた。
確認したところ、埃をとっただけで動き始めた。
あとは時間を正しくセットして、外観さえ取り繕えば遜色なく使える。
どころか普遍的な高級時計となる事であろう。
シロは客にお茶を出すといってあの部屋を出てきたらしい。折角なので本当にお茶を淹れるように指示して僕は時計を持っていく。
「あぁ……どうも。シロはお茶淹れに行ったんですね」
シロに言う訳でも無いし余裕の嘘をついた。だが幸運な事にばれなかった。
僕は嘘を吐くことに長けている訳ではない。寧ろシロに嘘を見抜かれる生活なので、そこに関しては全体的に潔くなっていたのだが。
「そうですか」
「ええ……それで時計なのですが……、まぁ少々時間がかかりそうでして」
「なに?何時ぐらいだ?」
「ほんの1、2日程度ですよ。丁度部品を一部切らしていましてね……」
やはり嘘で言葉を装飾し、塗り固める。
しかしこの嘘は必要悪だしあくまで前座のようなものだ。
必要な物と必要な情報を手に入れるための。
そうしたやり取りをしているとシロが帰ってきた。
「紅茶です……」
スッと客の前に出した。
「早いね?」
客人が紅茶を持ってきたシロに尋ねた。
「紅茶を淹れる用意自体はしてあるんですお客様が前もって来られることを知っていたら
いつもこうして前もって準備していますよ」
その口調はいつも通りの平坦さを保っていた。客はそのカップを手で握り、一口啜った。
「それにあたりまして……ご連絡用に、何か電話番号か何かをと思いまして……名刺お持ちですか?」
にこやかに問いかける。
因みにこの質問にNOと答えられたら随分と面倒な事になる。
その言葉に男はさっと、名刺を左の胸ポケットから取り出した。
同じように僕も机の引き出しから名刺を取り出して男に渡した。
子供と言えど時計屋オーナーである。名刺の一つや二つは当然持っている。
「有難う御座います。それでは……直り次第、ご連絡致しますから……」
名刺を受取りながら軽く名前を見た。
その名刺には“アズバー=モウロン”と書かれていた。名前を確認してから男を家に帰す。
さてここからこそが本題である。嘘も名刺も全て布石の。
どうやら彼はモウロン社……という会社の部長らしい。年齢を考えたら妥当なのだろうか。
名前と一致している辺り、何かしら一枚かんでいる可能性がある。
他の記載情報としては電話番号くらいのものだった。
僕自身店の名前と自分の名前と電話番号と住所位であるからまぁ普遍的である。
「さて……と、調べよっか」
一先ずはその名刺に記載されてる情報に関する事を片っ端から調べていく。
「そういえば名前を聞いてなかったんだよね。この人の名前初めて知ったよ」
「そうね……」
ひとまずとして時計屋内の資料室をあさった。
時計屋ワンダークロックには地下室が存在する。
特にこれと言った隠し要素とかではなく、平然と地下室への扉が存在している。万一の事を考えて地下室を作ったのだが、そこに折角なので資料を整理しておいたのだ。
その地下の資料室過去の特殊な依頼人たちの情報は殆ど保管している。
たまにこの中に同じ会社であったり、他の人達との話と繋がっていることもある。
アズバー=モウロン本人やモウロン社との関連性は見つからないものかと漁った。
「無いわね……」
「まぁ……殆ど見つかることないしね……」
「モウロン社……ねぇ」
ふと、シロが何か意味有り気に呟いた。
それが気になり問いかけてみると、曰く
「どこかで見た気がするのよ。その名前……」
そう言いながら彼女は資料をパラパラと捲った。
作業は続いた。
「んー……情報売りに新聞社に……どれもこれもモウロン社とは
関連が遠そうだな……」
意味もなく適当にピックアップした資料の独り言を呟く。
しかしその独り言を聞いたシロがソレを意味のあるものと捉えた。
「……!」
何かに気づいた表情だった。
それは勿論嘘ではなく、恐らく記憶上の何かと繋がったのだろう。
「新聞社……それだ!」
ふっと、彼女は資料室から足早に出ていく。
モウロン社は新聞社だったのだろうか?と考えたが、そういう訳ではなかったらしい。
再び資料室に戻ってくるとその手には新聞が供えられていた。よく見るとそれは今日の新聞だった。タイムワープの理論が発表されたとかいうその新聞である。
どうしたのかと尋ねる。
「この記事よ」
誇らしげに差し出したその新聞記事には小さいスペースではあるが、モウロン社の社長が逝去したというニュースがあった。
「ああ……こんな記事あったね……うわぁ、気づかなかった!」
左手の握り拳を口に当て唸るように言う。
「名前も一致しているしもしかしたらこの死去した社長が彼の親戚なんじゃないかしら?」
「成程……有力そうだね……」
「それじゃあ、明日にでも尋ねましょう?新聞、取っておいてよかったわね」
「……そうだね」
そう言うシロ=アルティルの誇らしげな顔は何か一段と輝いて見えた。
それに伴うように何か可愛さが垣間見えた。
そして、就寝。
日次は巡り朝となる。
起きてすぐに声の調子だけを整えて記載されている電話番号に掛けた。
『はい?もしもし?』
「もしもし、アズバー=モウロン様で御座いますでしょうか?」
『あぁ、そうだけど?』
「私、昨日の時計屋の者です……えー、時計の方の御修理完了いたしましたので、
取りにきては貰えないでしょうか?」
『あぁ……時計屋さん! 分かった……だけど仕事があってね……。其方に訪れるのは夜頃になりそうなのだが、大丈夫かね?』
「えぇ、勿論……では、お待ちしておりますよ」
寧ろ客でゴタつく昼間に来られると少し困る。
昼間に何人かやってきた依頼の客を片づける。
時計修理ばかりだったので助かったと言うところだ。
夜。
夜、と明記したもののしかし時間としては6時過ぎ頃で季節を考えればまだ若干明るい。太陽が沈むのが遅いから、空も黒ずんだ橙色のようなコントラストになっている。夕飯前のその時間にアズバー=モウロンは訪れてきた。
社員だから云々と言う割には来るのが早かった。この前と同様な若干の老齢さである。
「あぁ、アズバーさん……どうもどうも」
昨日とは違い、ちゃんと本やら書類やらは整理してある。
「昨日と大分……景観が違いますね……」