2話
小さな部屋。その小さな部屋に取り付けられたこれまた小さい窓から光がさしている。窓から這い出た蔓は邪魔くさいもののしかし僕の睡眠を邪魔まではしない。操られてでもいるかのような具合を見せている。
隣接された時計塔は相も変わらず正確に時を刻み、街のシンボルとして今日も鐘を鳴らしていた。
リーン、リーン。
重く、内臓に響くような鐘の音。
ゆらゆらとゆっくり鐘の外側が揺れ、中にある細い部分が触れて大きな音を発する。これはこの町において昔から変わることのない立派な建造物であり発明品であった。この時計目当てだけに観光に来る人も少なくない。
お陰で街中では案外色んな地方の人が入り乱れている。
とは言え定住する段階になる人は一握りなのだけれど。
時計塔は毎回決まった時間に鳴る設定になっていて、今はどうやら7時らしい。結局この数字は時計を見た結果なのだが。時計塔と同じでこの手中の時計も寸分くるわず違わず秒針の音を刻んでいる。
微々なカチカチ、と言う音が心地良い。
「ふぁ……」
寝ぼけ眼のまま近くにある時計の一つを手に取った。
タイマーがセットしてあったわけではないのだが、日課としていつも起きたら時計は見るようにしている。
さっきも見た……が、これは時計の時間が狂っていないかを確認するためだ。ちょっとでもずれていたら個人的に困る。部屋の周りには彼方此方時計が並べられており、それは電波式だったり電池式だったり、はたまた丸型や四角型と種類様々三者三様、十人十色であり多種多様。
予備知識の一つとてない時に見たとすれば圧巻と言わざるを得ない光景だった。寧ろ呆然としてしまいそうになる。
小さな部屋を出た先もやはり時計が所狭しと並んでいる。
勿論こんなにも時計が存在するのにはちゃんとした理由がある。
ほぼ全部が全部、カチカチと秒針の小さな音を立てて動いている。
「クロ?起きたの?」
多少しか物音を立てていないのに速攻で気付かれたようだった。
「あぁ、シロ。すぐ着替えて行くから」
シロ=アルティル。この声の主である彼女の名だ。
確か年は僕より3つ上だったと思う。紆余曲折の訳があって僕らは二人でこの場所に住んでいる。
一つ屋根の下で女の子と二人きりと明記すれば一瞬聞こえがよくなるのかも
しれないけれどしかし僕ら二人の間柄はその程度のものじゃあない。
家族めいた何かの方が近いだろう。
とは言えシロ=アルティルが姉だなんて嫌なのだけれど。
目をこすって取り付けられたクローゼットの中を開ける。何時もの制服を探し出しては着用した。
カッターシャツを中にきて、上には黒いボタンのベストみたいな服を着る。正直言って御洒落には点で疎い僕なので詳しい名称は分からない。
依然として瞼が重いまま、服を着てシロの前に姿を現した。
そうして放たれた第一声……いや、第二声だろうか。
兎にも角にもその言葉が
「クロ=ヴェルトリーブ、髪の毛……立ってるよ」
というものだった。
何を意図しているのか何を考えているのか、僕の名をフルネームで呼んだかと思うと寝ぐせを指摘された。すぐさま、しかし足取りは重いまま鏡へと向かった。鏡のある部屋は時計が一つもない。
と言うか無尽蔵なほどに時計が並べられている、僕の部屋の方が異常だという話かもしれない。
「あぁ……本当だ、大分髪の毛が逆立っている……」
霧吹きを手に取り、シュッ、っと何回か髪に向かって行う。
少しばかりその水分が頭皮かどこかの肌に触れてひんやりした。一瞬肩をすくめるような動作をしてしまう。
今度は櫛を手に取りスー、と髪をとかしていく。
薄茶色の髪色に水滴がほんのり且つ強く光った気がした。
女の子であるわけではないので、勿論髪は短い。かといって寝癖がつく程にはあるわけで、男の子で見れば少し長いのかもしれない。
僕の髪は別段整えるのが難しい髪質はしておらず、櫛を一、二回通すだけで纏まる。有難い限りである。
髪を整え、再びシロの前に現れる。
「これで文句は無いだろう、シロ」
「そうね。ちゃんと治ってる、兎に角ご飯食べようか」
リビングにあるちょっと高いテーブルを見ると既に、ハムエッグが作られていた。隣にはお椀とおいう名の器に盛られた白い物。彼女のルーツであった地域ではご飯、若しくはライスと言って主要な物らしい。
「シロはライスが好きだよね」
「ご飯って言ってよ、この地方じゃライスなのはわかるけど奥歯に物が挟まった言い方みたいで……」
名前がシロと言う割には髪色は黒い。
彼女が言うには僕のクロと言う名前も合わないと言う。なんでも彼女の髪色にこそ相応しいとか。
名前を取られた気分で言われた日はむず痒い気分になった。
しかし僕の名前は……まぁ彼女もだが本当の名前ではないから、そこに関して水掛け論を行ったところでそれは無意味であるし何よりどうということもないのだ。
さっきも言ったようにシロ=アルティルの血筋はここではない。
名前は確かに郷に従っているのだけれど、しかし彼女の大本の地域ではこのような名前は変らしい。
正直言ってライスは何か苦手だ。
味は嫌いじゃないけれど。歯に浮くみたい。
本来は二本の細い棒で掴むというのだが難しいからずっとスプーンやフォークで食べてる。
まぁこれは僕は変だと思ったことは無いのだけれど彼女曰く変とのことだ。
郷に入っては郷に従えと言うのに。
「正直、この地でライスを食べる方が珍しいと思うけどね。旨いけどさ……」
「おいしいならいいじゃない」
「まぁ……ね」
フォークでハムを刺して口に運ぶ。普段通りの味付けで何と無しに落ち着きを感じる。
「そういえばクロ、今日依頼あったの?」
「一つ。ただの時計修理だってさ」
「ふうん」
僕らはここで時計屋を営んでいる。
【時計屋・ワンダークロック】と書かれた看板は時計塔のお陰もあってか皆の目につき、繁盛している。と言うか時計塔が目立ちすぎているから、僕らの店も必然的に目につくらしい。
これで喫茶店でもやっていたら多忙を極めていたことだろう。
今こうしてゆっくりと朝御飯を食べる暇すら与えて貰えないのは間違いない。
何かサイト確認したらわけわからん改行しまくってるので修正が大変ですね。コピペで済むと思ってたのになぁ。